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中東と世界をラジオで聞く ~店主の独り言~

7月15日(月曜日) SHIDAX閉店…

 日ごろの仕事などのストレスなどを解消するために、みなさんは何をしていますか。仕事終わりの後に飲みに行く方も少なくないと思いますが、最近私は一人でカラオケBOXに出かけて1時間半ノンストップで好きな歌を歌って発散することが多いです。

 その昔、カラオケが初めて登場した70年代後半は、カラオケといえばバーなどで酔っ払いが愉しむもの…というイメージがありました。当時は8トラックカートリッジを機械にガチャン!とはめ込んで演奏していたので、当然のことながら楽曲のラインナップも限られていましたし、何よりも選曲は「うた本」を頼りに探すという古典的な手法(これが長く続いていたのですが)。しかも、確かキーを上げ下げするのもあまりうまくできなかったような記憶があります。なぜ8トラックのことを知っているかというと、確か就職した当初、80年代半ばでしたが、当時の上司に連れられて東京の飲み屋に出かけたときに、そのような機械を見た記憶があるからです。いま考えてみると、8トラックデッキは、もはやその時代「残党」だったわけですが。

 80年代の半ばには8トラックは廃れ、カセットテープ(短命でした)シリーズを経て、レーザーディスク・VHDの時代、さらにDVDの時代、通信カラオケの時代へと進化を遂げていくことになります。

 わたくしは当初、カラオケなんて邪道だ…などという先入観をもっておりまして、ほとんど気にもしていなかったのですが、その考えが変わったのが海外留学中にある駐在員の方のお宅に招かれた際に出会ったカラオケでした。カセットテープが確か100本ぐらい、プラスチックのケースに収められていて、専用のプレーヤー(自宅用の小さいサイズ)とセットになっていました。当時の北アフリカ地域では、日本人の娯楽というと、マージャンだとか草野球のようなスポーツだとか、あまり幅広い楽しみはありませんでした。そこでのカラオケの存在感はとても大きなものがありました。最初は人前で歌を歌うなんて恥ずかしくて躊躇したものの、やってみたらそれなりに面白く、それがきっかけで時々愉しむようになりました。

 就職したあとも、頻繁にカラオケに誘ってくれる先輩がいたおかげで、楽しい時間を過ごすことができました。仕事のストレスもある程度発散しつつ。カラオケの進化とともにわたくしも楽しみ方を変えながら、こんにちに到ったという感じです。

 そして、ことしに入って、「お一人様」カラオケを愉しむ機会が増えました。いまさらながら、という感じですが、一人で土曜の深夜に1時間半だけ歌を歌うというのは悪くないものです。ただ、ひとつ、深夜、寝る前に熱唱すると、寝つきが悪くなるというデメリットがありまして、あまり遅い時間帯に爆裂するのはよろしくないかもしれません。

 深夜の一人カラオケはもっぱら我が家からクルマで10分弱のところにある、駐車場を備えたSHIDAXと決まっておりました。適度にきれいだし、ガキどもがいないので落ち着いた雰囲気だし… でも、この「静かで落ち着いた雰囲気」が実は大きな問題だったのです。つまり、土曜日の深夜であるにもかかわらず空いていて、すぐに部屋に入ることができた = 客が減っていた ということに穂からならないからです。2か月に3回ほどの割合でSHIDAXにでかけていたのですが、いつも「経営は大丈夫だろうか」と心配していました。

 心配が現実となったのは6月半ばのことでした。フロントに「7月7日で営業を終了します」という貼り紙が… SHIDAXは東京都心でも大規模店舗を相次いで閉店してきました。それが地方の小規模店舗にも及んできてしまったわけです。せっかく秘かな楽しみの場所を確保していたわたくしは、いきなりその場所を失うこととなってしまいました。残念です。

 SHIDAXの代わりがあるかどうか調べてみたところ、駅前にJOYSOUNDとBIG ECHOがあることがわかりました。ただ、両方とも駅前なので駐車場がありません。深夜に自転車で駅まで行くのは面倒です。雨が降っていたらそれこそダメです。だからといって郊外には意外なほどカラオケ店がありません。隣町も似たような状況で… 当面は代わりの場所を物色する状況が続くことになりそうです。

7月14日(日曜日) いつまでも雨が

 関東地方では、去年は梅雨明けが6月末だったというのに、ことしは一体どうしたことでしょうか。殆ど日差しがありません。毎日曇り空、そして雨。梅雨とはそのようなものなのだといえばそれまでですが、さすがにこれだけ暗い毎日が続くと気分もパッとしません。しかも気温がなかなか上がりません。蒸し暑いのはゴメンですが、ここまで涼しい7月も珍しいかも。

 こうなってくると、日照不足(&気温が低いのもある)のため、野菜が値上がりし始めています。ただでさえ4月以降、値上げラッシュでいつのまにかパン、牛乳、ヨーグルト、袋麺などをはじめ、さまざまな食品が20円だとか30円だとか、酷いものになるといきなり100円も値上がりしているのに、ここにきて天候不順はかなり痛いです。

 天候不順のせいなのでしょうか、我が家の近所ではまだ蝉の声をきいてもいないのに、すでにコオロギが鳴き、トンボが大発生しています。駅前の広場の空を群れをなして飛んでいます。季節を間違えて出てきてしまったのでしょうか?

 地球温暖化の仕業なのかどうかはわかりませんが、ことしもこのようにいろいろとおかしな現象が起きています。天変地異とまではいえないものの、我々人類の悪行にたいして天が警告を発しているように思えてなりません。

7月7日(日曜日) 久しぶりのアメリカ

 7月1日から2泊4日という弾丸スケジュールでアメリカ西海岸に仕事で出かけてきました。目的地はシアトルとサンフランシスコ。1日の午後4時台のフライトでシアトルに到着すると到着するのは1日の午前9時過ぎ… 時計の針が逆戻りするという不思議な感覚でした。天候は晴れ。7月とはいうものの、夜は18度ぐらいまで気温が下がり、しかもカラッとしているのでとても過ごしやすい陽気でした。

 シアトルでの仕事は午後まで続いて、夕方6時台のフライトでサンフランシスコに移動しました。ということは機中泊の時間はあったものの、殆ど寝ていないのに、シアトルでも仕事という、最悪の状態で一日を過ごしたことになります。

 サンフランシスコはシアトルよりももっと気温が低く、夜は寒いぐらいでした。サンフランシスコに到着したのが午後8時半過ぎ。ホテルに移動して、夕食をとって、そこでやっと7月1日が終わりました。長い一日でした まったく。

 サンフランシスコでの仕事は7月2日いっぱいかけて。でも、ここでふと思ったのが、そういえばサンフランシスコといえば昔KGEIが日本語放送を実施していたな、ということでした。KGEIはもう1994年に閉局してしまったので、放送局を訪問するチャンスはないわけですが、空き時間にどこかラジオ局を訪問できないかと考えました。幸い、知人の伝で現地のNPR系列のFM局KALWの訪問ができることになりました。このラジオ局は大学ラジオ局で、ラジオジャーナリズム、番組制作などの研修のプログラムを持っており、アメリカ全土から学生を受け入れています。

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 深夜時間帯はBBC World Serviceをそのままスルーでキャリーしているほか、カナダのCBCの番組を一部放送していたりします。サンフランシスコが西海岸のマルチエスニック地域であることなどから、アジアの文化にも理解が深いラジオ局です。印象的だったのは、このラジオ局がとにかく「ラジオ」を大事にしていること。そして「ラジオメディア」に誇りを持っていることです。局の入り口には、1940年代から70年代にかけて使われたトランジスタラジオが飾られています。なかにはわたくしたちの興味をひくようなオールバンドラジオも含まれていて、思わずダイヤルに手を伸ばしてしまいました 笑

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 KALWには1時間ほどお邪魔して、その後、サンフランシスコ空港から羽田に舞い戻りました。

 とにかく疲れる旅ではありましたが、仕事だけでなくラジオ局訪問も叶い、それなりに充実した時間を過ごすことができました。2003年の9月以来久しぶりのアメリカ訪問でした。

6月18日(火曜日) 1978年のきょうのLOGから

 久しぶりに昔のLOGを覗いてみます。きょうは1978年6月18日、つまり41年前のきょうの記録です。いつものとおり、時間はJST(日本時間)、周波数(kHz)、局名と使用言語、受信状態(SINPO)の順で記述します。

1130 21590 Radio Pakistan Slow speed news in English 44444
1200 15405 Radio Yerevan English 44433
1230 83.75MHz Vladivostok Television (audio) Russian 35433
1400 21575 ORF Vienna German 25332
1400 21500 IBA Israel English 45444
1420 21540 Radio Kuwait English 35443
1500 21500 ORF Vienna German 34433
1500 21630 ORF Vienna German 34443
1530 9715 Radio Netherlands Dutch 24332
1545 21465 Radio Berlin Intl. English 35343
1545 21540 Radio Berlin Intl. English 34433
1625 21520 Swiss Radio Intl. English 44443
1625 21695 Swiss Radio Intl. English 44444
1630 21700 Radio Prague English 33443
1630 9520 NBC Port Moresby English 44443
2230 21535 Radio RSA English 44444
2230 21685 Radio Kuwait Arabic 44443
2230 21665 Radio Free Europe Polish 33433
2235 21530 BSKSA Jeddah Indonesian 43433
2320 21590 BSKSA Riyadh Arabic 44443
2430 15240 Radio Yugoslavia English 33433
2430 15300 Radio Yugoslavia English 43443

ハイバンド全開、といった感じでした。なつかしいです…

6月17日(月曜日) どうでもいい話ばっかりが 

 ネットを眺めていると、事件や事故、果ては政治問題に到るまで、どうでもいいような連中があれこれと自分の意見を発信し、それをメディアが取り上げて、あたかも何か権威があるコメントのように扱っていることに違和感を覚えます。ネットという世界では個人レベルでの意見や情報発信が大規模メディアと同様に行えるので、一度Headlinesの中に並んでしまうと、あたかもすべてが同じようなバリューを持っているかのように見えてしまうところもきわめて問題だと感じます。

 ある問題に対して、元●●知事のなにやらだとか、売れない物書きの誰々だとか、芸人の何とかだとかがそれぞれ持論を展開するのは勝手ですけど、大手メディアまでがそのような連中のことばを時に大きく取り扱うのは一体どういうことなのか。大手メディアも自分たちの情報発信力が乏しくなっていることを、さまざまな連中による無責任な発言で補おう、あるいはそれらに阿ることで読者を確保しようと考えているのではないかと思ってしまいます。そして、そうした記事は、新聞社や雑誌社がカネを払うことで、検索サイトのニュースラインナップの上位に表示されることになります。これを読んで、情報を鵜呑みにする人たちが多ければ多いほど、扇動作戦は効力を発揮します。悪意をはらんだ無責任な意見や発言が力を得てしまいます。

 個人による発言が記事になるほどニュースが枯渇しているかというと、決してそうではありません。国会をめぐる動き、外交の動きなど、きちんと伝えるべき情報は山ほどあります。大阪での警察官襲撃事件も大事ですが、だからといって犯人がつかまったのにダラダラとその話題を垂れ流し続けるワイドショー。一国の総理大臣がお笑い劇場で媚を売っているさまを何の批判精神も持たずにタレ流すニュースショー。ほかに時間を割いて伝えるべきトピックがあるのに伝えない。日本は世界でも有数のメディア後進国だといわれていますが、最近の状況を見ていると目を覆いたくなるような体たらく。あまりにも視聴者、ネットユーザーをバカにしていると感じるのですが、所詮この国の民度にはこの程度のメディアクウォリティーが合っているのかも。

6月16日(日曜日) 古い名刺を整理していたら 驚きの事実が…

 身の回りの紙類を整理していると、自分が就職した当時に出会った人たちと交換した名刺がたくさん出てきました。一度整理した記憶があるのですが、おそらく重要なものは捨てずに残したのだと思います。

 その中で、就職してから数年後、つまりいまからおよそ30年ほど前にいただいた一枚の名刺を目にして、驚きました。その名刺にはجمال أحمد خاشقجي と書かれています。裏面の英語表記は Jamal Khashoggi です。そうです、2018年の10月にイスタンブールのサウジアラビア総領事館で殺害されたとされるサウジアラビア人のジャーナリスト、ハーショクジー(カショッギー)氏です。名刺に書かれている肩書きはDeputy Editor-in-chief of Arab Newsとなっています。

 当時、名刺を交換しても会った日付や相手の様子を名刺にメモするという習慣を身につけていなかった(社会人としてはまずいです)ので、正確にいつ会ったかは記憶がないのですが、おそらく日本政府がアラブ世界の若手ジャーナリストを定期的に日本に招聘する、交流プログラムの一環として来日していたグループの一人だったと思われます。会った場所までは記憶にありませんが、サウジアラビアだけでなくパレスチナやヨルダンなどのジャーナリストも一緒だったような…

 人と人との出会いというのは本当に不思議なもので、ハーショクジー氏がおととしあのような大事件の渦中の人物となるとは、名刺を交換した際には想像だにできなかったことでした。古い名刺を見返してみると、意外な人に出会っていたことがわかります。逆に言うと、多くの人たちに出会っても、それがたった一度で終わってしまうケースが多いということでもあります。仕方がない面もありますが、もったいない話ですね。

6月15日(土曜日) 情報を鵜呑みにしてはいけない

 また更新が滞ってしまいました。公私共に何かと週末が忙しく、ついつい書き込みがおろそかになってしまいました。

 さて、ここのところイラン、アメリカ、日本をめぐるニュースが乱れ飛んでいます。日本の首相がイランの首脳と会談したかと思えば、アラビア湾(ペルシャ湾)で日本の船舶が何者かに攻撃されるし、アメリカはイランが犯人だと言っているし… きな臭い話です。

 この手の話が出るたびに思うのは、2001年のいわゆる911事件とアフガニスタンへの米軍主導の武力攻撃、その後2003年のイラクに対する米軍などによる攻撃を思い出さずにはいられません。

 ご存知の通り、2001年の9月11日にニューヨークのツインタワーに航空機が突っ込んだ事件後、犯人グループとされるアル・カーイダのメンバーを引き渡さなかったという理由などで、アメリカなどがアフガニスタンのターリバーン体制を武力で攻撃しました。2003年にはイラクが大量破壊兵器を所有しているという理由で米軍などがイラク攻撃を行いました。2011年には化学兵器疑惑やシーア派とのつながりなどを理由にシリアを空爆。そして今回は、アメリカが「イランが中東地域の不安定を煽る脅威だ」と盛んに宣伝をしています。

 アフガニスタンのターリバーン体制については、犯人グループをかくまっていたのかどうか(アフガニスタン国内にいたかどうか)ははっきりしないまま、武力攻撃が行われたわけですし、イラクに到っては実のところ大量破壊兵器は存在しなかったという結論が後になって出てくる始末。シリアについても、結局何が何だったのかがわからないままいまだに混乱は収まらない状況です。ではイランはどうでしょうか。

 アメリカは、中東の不安定要因をイランが作り出していると繰り返し述べています。アラビア半島のイエメンの反政府グループ「フーシー派」はイランの支援を得てイエメンのみならず隣国のサウジアラビアに対して武力攻撃を繰り返しているとも述べています。核兵器をひそかに開発しているのではないかという疑惑も取りざたされています。そして、今回のアラビア湾(オマーン湾)での船舶への攻撃もイランに責任があると…

 事実はどうなのか、実際に現場を見たわけではないので断定的に話をするわけにはいきませんが、アメリカ側の主張に必ずしもすべて信憑性があるわけでもないようです。たとえばイエメンの反政府グループ「フーシー」によるサウジアラビアなどへのミサイル攻撃一つとってみても、現時点では周囲をサウジアラビア、オマーン、イエメン南部には反フーシー勢力…と事実上周囲を囲まれた状況にあって、アメリカなどが主張するようにイランから大量の武器をどうやってイエメンまで運べるのかは疑問です。イエメンの首都サヌアとイランの地方都市を結ぶ民間航空便があるとの情報もありますが、とはいえそのような民間機で武器の部品を大量に輸送することはなかなか現実的でもなさそうですし、万一そのような事実があるとして周辺国が見逃すはずもないと思うのです。

 オマーン湾での船舶への攻撃にしても、アメリカ側はイランの革命防衛隊が船舶にとりつけた爆発物を外した様子を収めたものだとする映像を公開していますが、そもそも革命防衛隊が世界の注目を浴びている「その場所」にノコノコと出向くかどうか、と考えると、なんとなく非現実的な気もします。船舶の乗組員は何かが飛来したと証言する一方、アメリカ側は機雷による攻撃だったと主張するなど、証言に食い違い(これはかなり重要な食い違いだと思います)が出ています。アメリカ、あるいはアメリカの意を汲んだ政府あるいはグループが何らかの行動を起こしたという「陰謀説」もあながち否定できないかもしれません。

 誰がウソをついているのか、そしてその背後に何があるのか。事実はまだ霧の中ですが、今回の騒動で得をするのは誰かをじっくり考えると、いくつかの可能性が見え隠れします。

 アラビア湾での船舶の航行が妨害されることにより、原油の供給に支障が出るリスクに世界が反応し原油価格が上昇すると、イランだけでなくサウジアラビアなどの産油国も得をすることになるかもしれません。

 一方、イランがイエメンの反政府派を支援していることをよく思っていないサウジアラビアやアラブ首長国連邦は、イランが湾岸・アラビア半島地域の不安定要素になっていることを国際的に強く印象付けることにより、自分たちが行っているイエメン反政府派への空爆を正当化するでしょう。そしてサウジアラビアに亡命中の「正統政府」がサヌアに復帰することにつなげていけると… 
 
 アメリカはイランを一方的に悪者に仕立て上げることで、制裁強化をより実効性の高いものとし、シリアやレバノンの親イラン勢力とのつながりを弱体化させ、ひいてはイスラエルへのこれら勢力による脅威を減らすことにつなげていきたいでしょう。しかも、親米のサウジアラビアやアラブ首長国連邦は、イランを締め付けることによって裏庭であるイエメンの問題も片付けたいし、湾岸のそのほかの王国ではイランの影響(シーア派勢力)による政情不安のリスクをより小さくしたいでしょう。

 要するにアメリカ側にとっては理由は何でもいいのです。イランをけん制し、締め付ける理屈はいくつあってもよいわけです。事実無根だとしても言ったもの勝ちです。そんな中でイランとアメリカの間を仲介しようと、このタイミングで税金を使って現地に赴いた日本の首相の存在はとても小さいもののように見えてきます。問題はもはや二国間関係にとどまりません。もし仮にこれでアメリカがイランを武力攻撃したら(あるいはアメリカの手先が武力を使ったら)… 今後の成り行きを注目していきましょう。

5月25日(土曜日) トイレから女性が…

 職場のトイレで起きたできごとの話です。

 今週水曜日のこと。仕事を終えて帰る前に、会社の通用口の横にあるトイレに入ろうとしました。通用口の近くにはトイレが2か所あります。1か所は男性用と女性用、もう1か所わたくしが普段使うトイレはスペースの関係で男性用だけがあります。

 わたくしがトイレに入ろうとしたら顔を伏せ気味にした女性が「すみません、すみません」といいながら出てきたのです。トイレは入ったところに男性用の小便器が並んでいるので明らかに男性用だとわかるはず。女性が出て行ったあとにトイレに入ったら、どうやら洋式のほうで用を足していたらしい(水がまだ流れていました)ことがわかりました。

 まぁそれだけの話なのですが、少し照明が暗いトイレの中から女性が飛び出してきたのでびっくりしました。で、なんで近くに女性用のトイレがあるのに、わざわざ男性用トイレにその人が入っていたのかを考えてみました。

1.その人は実は女装をしていた男、LGBTの人だった ⇒ それはあるかもしれないです
2.清掃担当者の女性だった ⇒ いいえ、制服じゃなくて黒いブラウス姿でした
3.近くの女性用トイレに行くことができないほどに切羽詰っていた ⇒ それは気の毒です
4.完全に間違えて男性トイレを利用した ⇒ 男性用小便器が目に入らなかったのでしょうか
5.隠しカメラをつけるなど、悪意がある行動をしていた ⇒ 怖いです

 このご時世、1のようにジェンダーも多様化していますから、このようにちゃかして書くのは不適切かもしれないのですが、とても驚いたできごとでした。

 まぁ、今回の話は別として、高速道路の渋滞に巻き込まれたときや、コンサート会場、その他催し物の会場などいろいろな機会に、日本では女性用のトイレが足りていないと感じます。緊急時にあの行列のために本当に我慢できなくなる人も少なくないのではないかと心配になるほどです。大阪のオバチャンだったら「あ~、もう我慢でけへんわ。いまだけオバチャン、男になるわ~~」とか堂々と男性トイレに入ってしまうかもしれませんが、緊急避難的にはそれもありかと思いますけどね。

5月24日(金曜日) 久しぶりのページ更新です…

 久しぶりの更新です。振り返ると、今月はじめの連休の前にページを更新して以来、1か月以上経ってしまっています。更新が滞っていることを心配して連絡くださった方もおられました。申し訳ございません。特段自分の身に何かあったというわけではなく、連休以降週末にやることが多く、こちらまで手が回らなかったというのが正直なところです。

 「やることが多かった」という中には、これまでずっとトライしては失敗していたSONYのHDD Blu-rayレコーダーの修理(というかHDDの乗せ替え)作業がありました。

 実は、我が家には2009年に購入したSONYのBDZ X95というデッキがあります。

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 さまざまな掲示板に書かれているように、このBDZ X95というのはHDDに問題を抱えている場合があるようで、一部のロット番号はリコール対象になったらしいのですが、我が家のマシンはとりあえず問題なく2年前までは動いていました。ところがある時、メニュー画面がすべて空っぽになり、録画されているはずのテレビ番組や外部映像にアクセスできなくなってしまいました。SONYのHPに書かれている復旧方法を試してみたものの、状況は悪化するばかりで(HDDが物理的トラブルを起こしていたのです)結局はシステム自体が起動しなくなってしまいました。

 SONYに問い合わせても、製造から10年近く経ったマシンにはとても冷たい対応で、HDDを取り換えても復旧するかはわからないし、録画してある映像は消える、しかも3万円程度の費用は最低かかる…などの回答でした。

 実はこのHDDデッキには、2011年のアラブ諸国での一連の政変の際に録画した各国の衛星テレビの録画がたくさん収められていました。カッザーフィー政権のLJBC TVや、ムバーラク政権崩壊の際のエジプトテレビなどです。テレビ番組の録画ならまぁいつかは再放送が行われたり、DVD化されたりする可能性もゼロではないのですが、海外テレビの録画は他にはどこを探しても存在しないものも恐らく多く含まれているはずで、これは簡単にあきらめるわけにはいかなかったのです。

 そこで、ネットを検索して、SONYのHDDデッキを復旧できるかもしれない と謳っている業者に見積もりを出させてみました。一つ目の会社は、今思うとナンチャッテ業者だったようで、デッキに搭載しているHDDをチェックして「対応不能」だと回答してきました。データを別のHDDに救出したと言ってきましたが、そのデータが果たして正しく救出できたのかどうか、確認する術がありません。

 余談ですが、当時のSONYのHDDレコーダー(今もそうだと思いますが)は、とにかく著作権保護の観点からデータの暗号化がガチガチに行われていて、しかもマシン側とHDD側のマッチングがきちんと記録されているので、別のHDDにデータを移したとしても認識されないという困った代物です。ですから、実のところ物理的エラーを起こしたHDDの復旧だけが問題解決の唯一の方法だったのですが、つい最近まで私はそのことをきちんと理解していませんでした。なので、業者に対応不能と言われた後に、自分でHDDを外して、他のHDDを載せてみたりと、もう完全に「やってしまったら終わりじゃん」ということをあれこれやってしまったのです。

 本来ならばこれで万事おしまい! でも、わずかな希望をもって、もう一つの業者にも見積もりを依頼してみました。自分がネットであれこれ検索していると、PCの検索履歴に基づいて関連の広告が画面上に現れ、それにつられて(笑)東京の業者に連絡してみたのです。HP上ではこの業者、公共機関や国の機関、大手企業との取引があるらしいのですが… この時点で、仮に対応可能でもかなりのお金がかかりそうだという予感はしていました。

 業者にデッキを送ってチェックさせたところ、「前に対応させた業者がHDDの基板を交換してしまったようだ。これでは対応できない。でもデータを救出したというHDDからなら対応できるかもしれない」との微妙な回答。その上で、「対応可能な場合は20万円かかる。データが全部救出された場合は20万円。データが救出できなかった場合は16万円に値引きする」と! よく考えるとこの話「やってみるけど、失敗しても16万円はかかりますぜ」というメッセージです。ここで私は腹を決めました。そんな不確実な事象に16万円などという大金をかけることは無駄に思えてきました。2011年の衛星テレビの録画を失うことはあまりにも大きなダメージなのですが、そもそもデータが復旧できるかどうか確証がないのに最低16万円ですから、さすがにそれは無理だと。

 業者には断りの連絡を入れました。それまで丁寧に対応していた業者は、急に冷たくなって「では返却手続をとります」とだけ伝えてきました。マシンの返送もかなりの日数を要しました。

 で、話はここからです。
 例によって私は自分の部屋のガラクタを片付けておりましたところ、1枚のBlu-rayディスクが出てきました。ここで思い出したことが… 確か一度だけ2011年の海外テレビの録画の一部をBlu-rayに焼いておいたような… 自宅ではBlu-rayの視聴ができないため、職場にディスクをこっそり持っていってデッキに入れてみたところ…  なんと!まったく消えたと思っていた録画の3分の1ほどが残っていることが確認できました。中でも、エジプトのムバーラク政権が崩壊する前日のエジプト国営テレビの録画が残っており、これは歴史的資料(この話は以前のブログで書いたことがあります)ともいうべき番組だったのですが、100%ではないものの、まぁこれで納得するしかないと考えました。

 録画されている素材が復旧できなくてもいい、ということであれば話は少し簡単になります。要するに使えなくなったHDDを乗せ換えればいいわけです。そこでウエブで調べたところ、システムが含まれているHDD(要するに別のSONYのHDDデッキのHDDなど、システム情報が含まれたHDDが「種」ディスクとなる)をマウントすれば、デッキとして使えるようになる可能性があるとのこと。そこで、ネット上で売られている「種」HDDを手に入れることにしました。

 数日後HDDが届きました。もともとX95は500GBの容量なのですが、購入した「種」HDDは1TBの容量があります。うまくマウントできれば1TBのHDDデッキとして甦らせることができます。

 SONYのHDDデッキに新しいHDDをマウントするためには、デッキにHDDのシリアル番号などを登録してマッチングを行わなければならず、それらの作業には隠しコマンドを使う必要があります。最近ではこの隠しコマンドがネット上で公開されるようになったので、そこに書かれているとおりに作業を進めていきました。

 結果は成功! 壊れたHDDデッキが無事に使えるようになり、しかもHDDの容量が500GBから1TBに増えるというオマケつきです。この一連の作業が完全に終わったのが大型連休の最終日の5月6日のことでした。それまでいろいろな業者に見積もりを出させたり、予備のHDDを購入してみたり、果ては自力でHDDを分解してヘッドの交換を試みるために、専用の工具を買ってみたり(これは実際には使わずに済んだ)と、時間とある程度のお金を費やしてしまいました。結果的に、奇跡的にバックアップを残しておいた海外衛星チャンネルの録画があったことに救われました。

 最初からSONYの修理を受けておけば、あまり時間がかからずに、費用は3万円から4万円でことは済んだのかもしれないと今になってみれば思うのですが、当時はHDDの中身を何とか消さないで対応できないかと思っていたので、このような顛末となった次第です。修理までに要した時間はかなりのもの。あきらめて何もしなかった時間を含めて2年ほど(笑)。かかったお金自体は総額(マシンを業者に送って見積もりを出させた際の送料なども含めて)1万6千円程度でしたが、何とか自力で復旧させることができたので、満足感半分といったところでしょうか。

 SONYのHDD Blu-rayデッキをお持ちの方で、2010年以前のモデルのHDDが使えなくなってしまったというケース、しかも録画が消えてしまっても仕方がないという覚悟がある方は、今回わたくしが試してみた方法が使えるかもしれません。ただ、あくまでも自己責任ということで。

4月21日(日曜日) 事件、事故が多い気がします…

 ここ数日、メディアを賑わす事件、事故が多発していて、普段よりもその量が多いような気がするのは私だけでしょうか。

 先日、東京池袋の路上でクルマが暴走して死傷者が出たと思ったら、今度は神戸でバスが事故を起こしました。神奈川では踏み切りにクルマが侵入して列車と衝突し車の運転手が死亡しました。フランスのパリではあのノートルダム寺院で大きな火災が発生し、スリランカ最大の都市コロンボでは大規模な爆破テロが200人以上の命を奪ってしまいました。幸い人の命には影響がなかった阿蘇山の噴火や、さらに身の周りの小さな事件や事故を含めるともっと多くのできごとが短期間に発生しています。

 まぁもちろんこうした一連の事件や事故が多発している(と感じる)のは単なる偶然だとは思うのですが、それにしてもこれほどまでに悪いニュースが続くとやはり気分がよくないです。気持ちが落ち着かないし、殺伐とした感じになってきます。皆さんの周りに明るいニュースがたくさんあることをお祈りしています。

 ところで、きのう、古いアラブ歌謡のカセットの話をしたところ、早速興味を持った方から連絡をいただきました。よろこんで提供いたします。…と言っておきながらまことに恐縮ながら、テープを差し上げるのはいいのですが一つお願いが。もしみなさまにご家族がおられるようでしたら、ぜひ叱られないようにくれぐれも話をつけておいていただきたいのです。 「ま~たこんなもの、どこで拾ってきたの?」などということになり、挙句の果てにわたくしが悪者になるなどという展開だけはご勘弁ください!! 笑

4月20日(土曜日) カセットテープが全然片付かない…

 朝から放送の録音の古いカセットテープの整理を行っていますがまったく片付きません。引き出しや段ボール箱から次々にテープが出てきます。以前整理したはずのテープがまだ未整理のままになっていたり、ラベルをつけていないテープの中に意外に大切な録音が含まれていたりで、いままでのズボラな整理のツケがここにきて重くのしかかってきています。

 以前にも書きましたが、ラジオを聞き始めた頃に比べて言葉がわかるようになっていることも、整理を忘れてついつい録音に聞き入ってしまう原因です。我が家のラジオの録音の半分ぐらいはインターバルシグナルや開始音楽だけで、放送の中身をきちんと録音したものではないのですが、残りの半分はダラダラと放送を録音していたもので、それが逆に今となっては中身を聞いて楽しめてしまうので、困ったものです。

 とはいえ、身の周りがあまりにもゴチャゴチャしすぎているのはやはり好ましくありませんから、こうなったらとりあえずアラブ音楽やその他の民族音楽系カセットテープあたりから思い切って整理していこうと考え始めています。少なくともCDを持っているアーティスト、楽曲についてはもうカセットテープは不要かと… クルマの中でもカセットを聞くことはもうありませんし、そもそもCDがあれば十分だということで。

 もしアラブ音楽のカセットテープに興味がある方がおられましたらお申し出ください。捨ててしまうよりは興味を持っている方に差し上げたほうが気持ちが楽(?!)なので、送料さえ負担していただければ適当なところを差し上げます。

 いま、この文章を書いている傍らで、1980年当時のイランのアラビア語放送の録音を流しています。革命直後、イスラム色ガチガチのラジオ番組で、イラク・イラン戦争のさなかということもあって、ほんとうに暗い雰囲気が漂っています。時代を感じさせてくれます… 

4月19日(金曜日) 個人情報が緩かった時代

 きょうは、片付けついでに久しぶりに昔のラジオ雑誌をパラパラ読んでいたのですが、いろいろななつかしい記事を目にするにつけ、70年代から80年代というのは世界のラジオ放送、とりわけ短波放送にとってほんとうによき時代だったんだと改めて感じておりました。

 わたくしが学生だった頃にはあの有名な「月刊短波」誌をはじめ、「ラジオの製作」「電波技術」などが世界の放送についての情報を掲載していました。インターネットなどまったくなかった時代ですから、毎月雑誌が発行されて書店に並ぶのを楽しみにしていたものです。投稿欄に受信レポートを送って掲載されたときの嬉しさもなんともいえないものでした。

 過去の雑誌を眺めていて、こんにちの状況ともっとも大きく異なるのが、個人情報の扱いです。わたくしが言うまでもなく、雑誌の投稿欄には「受信レポートコーナー」「売ります・買います」「ペンパル募集」などがあって、そこには名前と住所が堂々と掲載されていました。「電波技術」誌には受信レポートを送った全員の氏名と住所が掲載されていました。それをきっかけに友だちになった人もいます(その友人とはいまもつながっています)から、一概にとんでもない時代だったと切って捨てるのもどうかと思うのですが、これが今の時代だとそんな悠長なことは言っていられません。それこそ詐欺ハガキが大量に送られてくるような事態に陥ることでしょう。

 古い雑誌を眺めながら、当時の住所にいまどのくらいの人がまだ住んでいるのだろうか、などと考えたり。少なくともわたくしは当時雑誌に掲載された住所にはもう居所がありませんけど。

4月13日(土曜日) スーダン情勢その後

 スーダンでは政変劇からわずか2日足らずで暫定政権のイブン・オウフ国防大臣が辞任するというニュースが入ってきました。まだ自体は流動的な様相をみせています。

 国営ラジオは日本時間14時の時点で通常番組をすべて中止し、愛国歌を流しています。ただ、きのう、おとといと異なるのは一曲ごとにID(Huna 'Ummdurman, Idha'at Jumhuriyati-s-Sudan)が出ていることでしょうか。正時にはニュースが放送されています。

 日本時間15時(現地時間朝8時)の少し前に流れていた歌はجنود الوطن(直訳:祖国の兵士)という愛国歌。その後時報、国内ニュースと続きました。

 ニュースの内容は軍事暫定政権の代表が辞任し、後任にアブドゥファッターハ・ブルハーン国軍監察官が就任したこと、新体制の顔ぶれ、エジプトが新体制をいち早く承認するとともに国際社会にスーダン支援を呼びかけ、バハレーンもスーダンの新体制を支持… などの項目でした。ニュースは10分間で、その後はふたたび愛国歌となりました。
 
 なお、国営テレビは現在軍楽ではなく、愛国歌のビデオクリップを流していて、おととい、きのうとは雰囲気が若干変わってきています。

 以上、途中経過でした。

4月12日(金曜日) スーダン情勢その後

 スーダンの政変のその後ですが、依然として国営ラジオ、テレビは愛国歌やブラスバンドのマーチの合間に、きのう暫定政権が出した声明を繰り返し流している状態です。ラジオ(Radio Omdurman)は、現地時間5時(日本時間12時)少し前からコーランの朗誦を流し、モスクからの金曜の夜明けの礼拝(صلاة الفجر)を現地生中継で放送し、現地時間5時には時報のあとニュースの要旨を放送しました。その後、前日の軍の声明の音声を流した以外はまた愛国歌や音楽がノンストップで放送されました。

 現地時間6時(日本時間13時)からはニュースが放送され、編成が徐々に元に戻りつつあるような印象を持ちました。ニュースの時間の殆どが暫定政権による声明の代読でした。ニュースは15分間で、その後はまた音楽の繰り返しに戻りました。

 スーダンの首都ハルツームに住む、知人の家族に話をうかがうことができました。一部で停電が起きているという情報はあるものの、市民生活は特に大きな混乱はないと話していました。その人が住んでいる地区では電気、水道、電話は問題なく機能しているとのことでした。ただ、もちろん去年12月からのデモで、スーダン国内はすでに混乱状態にあるわけですから、混乱がないというのは、デモ隊による騒乱状態が起きていないという意味なのでしょう。

 知人の家族にうかがったところによると「きのう11日、皆が30年続いた圧政が崩壊して喜んだ。しかし、新しく登場してきた暫定軍事政権は、結局はバシール前大統領に近い連中が運営することになった。つかの間の喜びだった。デモ隊は国軍の建物の周辺に集まって、真の民主化を求め、それが達成できるまでは夜間外出禁止令が出ていようと、デモを続ける。軍の大半も民衆のデモを支持しているようだ」とのことでした。

 上の話に出てきたように暫定軍事政権を率いる国防大臣がバシール前大統領にきわめて近い人物であったことなどが、民衆の落胆を買っているようです。今後どのような展開を見せるのか、さらにモニタリングを続けてみます。

4月11日(木曜日) スーダンの政変劇

 スーダンで30年あまり続いたバシール政権が崩壊し、暫定政権が樹立されました。パンの値上げが引き金となったといわれる民衆デモが去年12月から続いていて、国内情勢が混乱する中、バシール前大統領の身柄が拘束され、独裁が終わったという形です。

 11日の午後からスーダンの国営ラジオは愛国歌と軍による行進曲を流していました。テレビ放送も通常番組をすべて中止し、軍による吹奏楽(短いフレーズが繰り返される、まるでインターバルシグナルのような楽曲)が延々と流れました。画面にはスーダンの国章が表示されていました。ラジオは短波7205kHzでも送信が続いていると、エジプト・カイロのTarek Zaidanさんから連絡をもらいました。また、ラジオ、テレビともインターネットのライブストリーミングは落ちずに継続しています。

 日本時間の夕方になって、暫定政権が軍によって樹立され、イブン・オウフ国防大臣が一回目の声明を読み上げました。この模様は繰り返しラジオ、テレビで放送されました。その中で、非常事態宣言と夜間外出禁止(22時から4時まで)、陸海空の国境の閉鎖などが打ち出されるとともに、政治犯の釈放が宣言されました。

 一方、反バシール政権の立場でアメリカからスーダン向けにインターネットで放送を行ってきたネットラジオ局、Voice of Sudanは、こちらも通常番組を中止し、愛国歌とスーダン国歌を繰り返し流しつつ、「国営ラジオ、テレビが伝える情報は、いまなお新しく樹立された暫定軍事政権の都合のよい情報しか伝えていない」と、バシール後の国内情勢を注意深く見守る姿勢をみせています。

 国際メディアは、記者やリポーターのスーダンへの出入りができない(国境が一定期間封鎖されている)状態にあることから、現地からの情報を十分に映像で伝えられていないようです。アラビア語による国際テレビチャンネル、Al-JazeerahやAl-Arabiyahなども現地からの中継映像はあまり多用せず、むしろ電話による現地リポートに重きを置かざるを得ない状況にあるようです。

 スーダン情勢については暫くの間チェックしていきます。

4月8日(月曜日) どうしても納得できないこと

 きのう、統一地方選挙の前半戦の投票日でしたので、いちおう権利を行使してきました。みなさまの地域でも選挙があったのではないでしょうか。あるいは後半戦?

 投票所は家の目と鼻の先なので気軽に投票に出かけられます。投票もあっという間に終わりです。

 ところで、いつも不思議に思うのは、国政選挙・地方選挙を問わず「なぜ投票者の本人確認を行わないのか」という点です。わたくしがかつて住んでいた町では本人に住所と生年月日を言わせて確認する方式だったのですが、いま住んでいる町では「投票所入場券」を持っていけばそのままノーチェックで投票を行うことができます。

 投票所の係員は選挙管理委員会の人間とアルバイトで構成されていますから、特にその地域と縁があるというわけではありません。なので、投票所入場券のチェックもきわめて形式的に行われます。これでは「なりすまし投票」が横行しませんかね? 悪意をもった人や団体が「意識低い系」のひとたちから投票所入場券をカネで買って、いとも簡単に替え玉投票ができてしまいます。これ、絶対たくさんやってますよね。

 選挙というのは、主権者たる国民が代表を選ぶ大事な機会です。それが、このような誰が考えてもわかるような決定的な瑕疵が放置されている状態で行われていることには大いに疑問があります。わたくし個人的には「マイナンバーカード」には抵抗があるので作っていませんが、今後は写真がついたマイナンバーカードやら免許証やらを本人確認手段としてしっかり活用し、不正がはびこる可能性を徹底的に排除するべきです。ひょっとして、選挙結果がだいぶ変わるのではないかと思うのです。ただ、主権者が代表を選ぶはずの選挙なのに、選ばれる側が厚顔無恥にも定数やら区割りやら選挙制度そのものやらを勝手に議論して決められるという、もう一つの大きな問題は残ります。そのようなことに疑念を抱かない主権者の側にも大いに問題があるのですけれど。

4月7日(日曜日) 花粉症が急に…

 ことしは症状が軽い…などと安心していたのですが、花粉症の症状がきのうの午前中あたりから急に強くなってきて、ここ20年あまりでもっとも重い状態に陥っています。とにかく目が痒みを通り越して痛いし、涙が止まらない。うさぎさんの目みたいになって、このままでは目の周りが爛れてきてしまいます。目薬も効きません。点鼻薬も効きません。なので鼻もつまったり、水のような鼻水が突然出てきたりと症状がコロコロ変わって大変です。

 気象予報では相変わらず花粉の飛散量が多いと言っていますが、明らかにスギ花粉からヒノキ花粉に変わってきています。考えてみるとわたくし、スギのシーズンはそれなりに症状をコントロールできるのですが、ヒノキ花粉が飛び始めると目がイガイガ(この形容詞をわかっていただける人は少ないかも)して、鼻づまりも起きてくるのです。例年ならそれでもさほど重症化せずに何とか過ごせるのですが、きのうからきょうにかけての症状は久しぶりに「最盛期」を彷彿とさせるほど強烈です。スギのアレルギーはどちらかというとWETな感じ、そしてヒノキはDRYな感じ…です。

 外はいよいよ春本番で、天気もいいのでしっかりと洗濯してフトンも干して… と思うものの、取り込んだあとが恐ろしいことになることが目に見えているので躊躇してしまいます。もうこのブログにも何度も書いているので花粉症の話は「お腹いっぱい」という感じで、読んでくださっているみなさんには甚だ恐縮ですが、同じような症状を抱えている方々とはこの憂鬱を共有できるかも…

4月6日(土曜日) ことばは正しく使わないと…

 朝、地元のコミュニティーFMラジオを聞いていたら、流れてきたCMにツッコミを入れたくなりました。そのCMは、駅前のデンタルクリニック(歯科医院)のもので、新年度から毎朝流れています。きょう初めてよ~く聞いていたら 「???」 となった次第。

 そのデンタルクリニックはどうやら美容歯科を兼ねているらしく、歯科医師と衛生士が歯列矯正やホワイトニングなどを担当していること、そして「美しさは口元から」というキャッチフレーズを掲げています。

 気になったのはCMの最後の部分で「●●デンタルクリニック、△△駅前店にお越しください」という一節です。わかりますか?普通、病院やらクリニックは「●●診療室」だとか「●●分院」とは言っても「●●店」とは言わないと思うのです。この言葉だけで、このデンタルクリニックは「医は算術であ~る」と声高に宣言しているようなものだと感じられ、ぜ~~~~ったいこんな歯医者にはかからないぞと決意を新たにしてしまうわけです。

 商売には、決して「ありがとうございます」と言わないジャンルがある… というのは、故桂枝雀師匠が落語の枕、とくに「代書屋」を演じるときに触れていました。
 
 「儲かった日も代書屋の同じ顔。代書屋というのは今でいう司法書士、行政書士のようなもので、いわばインテリ商売ですから、客が来たら嬉しいのですが、決して嬉しそうにはしないのです。医者もそうです。患者が来たら嬉しい。儲かった儲かった!という按配でしょうけれど、そこは難しい顔をして『どうしたの?具合がわるいの?』と…」

 病院で会計のとき「毎度ありがとうございます」「またお越しください」などとは冗談でも言わないです。冒頭のCMを流しているデンタルクリニック●●駅前「店」ではそうじゃなくて「毎度ありがとうございます。また歯が痛くなって、ふたたびお目にかかれますように♪」などと言われるのじゃないかと思っています。いや、絶対そうだ、これは。

4月5日(金曜日) エイプリルフールは何も書き込みできませんでした…

 去年のエイプリルフールには面白い(自分ではそう思った)ネタをこのページでアップしたのですが、気づいた方はどれぐらいおられたのでしょうか? ことしも頑張るつもりでいたのですが、残念なことに今回は年度変わりが何かと忙しくて残念ながらブログの更新そのものすらままなりませんでした。ですので先週末は何も書き込みができませんでした。

 毎年エイプリルフールには気の利いた、しかも読んでいる人に迷惑がかからないような、さらに思わず信用してしまうようなウソというのをどうやって書こうかとアイデアを巡らせてみるのですが、なかなかそんな面白いネタは簡単には考えつかないものです。書いたとしても、ブログに残しておくとヘタに引用されて、拡散されてしまい、あとで釈明するはめになる…などという笑えない状況も考えられるので、数日で公開をやめることにしています。ただ、ラジオを趣味としている世界では、ネタ元を明かさずに盗用(引用じゃないですね)する行為が結構頻繁にあるので、ウソ情報だけが独り歩きした結果、盗用した人間が恥をかくならそれはそれでいいかとも思うのですが(フフフ)。

 まぁ、ことしはわたくしがエイプリルフールでウソを書くよりも、国会議員が気分が高揚してしまったとかなんとかで、ウソ、デタラメ、忖度をたくさんしてくれているので、ちょうどよかったです 笑  

4月4日(木曜日) 実感…

 メディアがあらかじめ伝えていたことですが、4月に入って一斉にモノの値段が上がっています。スーパーに出かけて驚きました。牛乳やヨーグルトの値段がいきなり20円高くなっています。パンはいまのところ値段に変化はみられないようですが、これから先、ほかのものもどんどん値上がりしていきそうです。

 これまではいわゆる「ステルス値上げ」といわれる、値上げ宣言のない中身の容量削減というセコい実質値上げが繰り返されてきたのですが、それもそろそろ限界だとか。人件費の高騰と材料費の高騰という理屈はわからくもないのですが、実際に数字として目の前に突きつけられるとやはりインパクトが大きいです。

 値上げの話をするとみなさんから「我慢しなさい」とお叱りを受けそうですが、給料が上がらない、あるいは給料が目減りしているのに、モノの値段が上がるのは辛い! 特売日にまとめ買いしたくても仕事があるとそんなタイミングに買い物に出かけることもままなりません。買い控えするしかないです。秋には消費税がさらに2ポイント増税されるし、このまま経済が右肩上がりになるとはとても思えず、ウソとデタラメで固めてきた砂上楼閣経済もいよいよ終焉を迎えつつあることは素人目にも明らかです。

3月24日(日曜日) クルマが花粉でグチョグチョ…

 花粉の飛散はピークを迎えています。ずいぶん長いピークですけど、とにかく目がかゆいし、なんとなく息苦しい、悪夢を見る… と、憂鬱なシーズンはまだしばらく続きます。

 きのうは気温が急激に下がった上に一日中雨模様でした。雨が降るのは仕方ないのですが、雨が止んだ後が飛散なのです。実はきのう、我が家のクルマの車検が上がったのでディーラーに引き取りに出かけました。車検が上がったクルマはピカピカに洗車してもらって、うちのクルマってこんなにきれいだったっけ?などと感じられるほどだったのですが、一夜明けてクルマを見てみてショック!雨の跡が黄色い水玉模様になっていて、めっちゃ汚いのです。あんなに美しく磨いてもらったクルマの外観は、一日にして無残にもドロドロ。もちろん黄色い水玉の正体は大量に飛散しているスギの花粉です。

 あんなのが空中に漂っていると考えるだけでも鼻や眼がムズムズしてきてしまいます。春はただでさえ埃っぽい中、あの黄色い粉が大量に飛散することで我われは悲惨な状況に陥れられてしまうのです。きょうはきのうとはうって変わって快晴です。こうなると、またスギの花が花粉を大量に飛ばしていることでしょう。目と鼻と口に荷造りテープでも貼り付けてしまいたい気分です… 

3月23日(土曜日) おいおい、それはあまりにもヒドいじゃないですか? 神の怒りに触れるかも

 きのうの夕方、Radio Kuwaitの15515kHzを聞いていたときのことです。金曜日の17時台は、イスラムの金曜礼拝の直前ということで、宗教色の強い番組が放送されています。きのう聞いていた番組は「金曜の朗誦」という、コーランの朗誦を流す番組でした。

 きのうは「洞窟の章 سورة الكهف」(コーランの18番目の章)の朗誦が流れていました。でも、聞いているとなんとなく変なのです。よくインターネット放送を聴いていると、音が飛ぶことがありますが、そんな感じでコーランの文言が飛んだり、突然リピートされたりしているのです。手許のコーランを開いて文字を追ってみましたが、文言が飛んだりリピートされている箇所は、決してそのような朗誦(読み)をする場所ではないところばかりでした。

 余談ながら、コーランの朗誦にはルールがあって、コーランの文字の中に「ここで少し止まる」だとか「ここから次の節」などと但し書きが入っているのです。詠み手はそのルールに則って朗誦します。コーランの文章の切れ目に「節」(チャプター)がたくさんあって、場合によってはそこを繰り返して詠むことはありますが、文章の途中で突然繰り返して詠むなどということはありません。きのうの放送ではそのような奇怪な詠みが何度も何度も繰り返して出てきました。

 先にも書きましたが、万一インターネットのライブストリーミングで放送を聞いているのなら、デジタルエラーで音声が飛んだり、急に変なところでリピートがかかったりという現象もありうると思います。しかし、きのうはラジオを短波で受信していたのですから、音声の異常はこちらのせいではありません。放送自体が変だったのです。

 よりによって金曜礼拝の直前の宗教番組の中の、それもコーランの朗誦という、とても大切にされるべき音声がめちゃくちゃに乱れていたのは、完全に放送事故ですね。現地クウェートでラジオを聞いていた人たちは仰天したことでしょう。

 おそらく原因は、放送局が流したコーランの朗誦の音声がデジタル媒体に保管されていて、それが何らかのエラーを起こして音が飛んだり戻ったりしたのではないかと推測されます。しかし、技術サイドの人間や、それこそ番組の担当者がなぜストップさせなかったのかは不明です。もっとも、コーランの朗誦の際には、節の途中でぶった切ってはいけないという決まりがありますので、どこか切れ目(といってもまぁ長くて1分かそこらで次の節になるのですが)でうまく放送を中断すればよかったのです。ただ、その際には必ず「神の言葉は真実なり」という一節をつけて終わらなければならないという決まりもあるので、単に中断するだけではダメだったかも。だとしても、あのようなめちゃくちゃな朗誦を垂れ流すぐらいなら、最後の言葉を省略してでも音声を止めるべきだったのではないかと思います。

 いずれにしても、こんな放送事故を耳にしたのは初めてです…

3月22日(金曜日) きょうは「放送記念日」

 きょう3月22日は「放送記念日」です。1925年3月22日にNHKが東京芝浦からラジオの仮放送を開始したことにちなんで制定されました。日本でラジオ放送が始まって94年経ったことになります。ちなみに国際放送は1935年6月1日が放送開始で、ことし84年を迎えます。

 ラジオ放送は時代の波とともにテレビ、インターネットに主役の座を譲って今日に到っているのですが、一時期「ラジオはもう役目を終えた」などという短絡的な物言いをする人びとがいたものの、彼らの意見は結局正しくなかったことは、こんにちラジオが災害時に大きな役割を果たすとともに、幅広い年代の聴取者にまだ支持されていることを見ても明らかです。むしろ、ネット台頭が著しい現在、放送と通信という垣根が低くなり、同時に「定時」「生視聴」という視聴習慣が完全に壊れたことで、テレビのほうが存在意義を失いつつあると感じます。皆が放送時間に合わせてテレビの前で視聴するという風景がなくなっていると。映像メディアはいまやYoutubeなどのデジタルメディアにその軸足が移っています。

 一方、ラジオ、つまり音声メディアは「ながら聴き」ができるため、ライブストリーミングとも親和性が高く、電波媒体でもネットストリーミングでも利用する人は多く、ラジコやTuneIn Radioなどのアプリを活用すると通勤時間中でも、家事をしながらでも、流し聴きが可能です。もちろん聞き逃しサービスを利用して、時差聴取もできます。電波かネットかという違いを超えて、ラジオは今後とも存在し続けるでしょう。

 と、ここまで書いたところで、気になるニュースが入ってきました。

 NHKをはじめ、放送や新聞が「民放連AM放送廃止で制度改正要請へ」という記事を配信しています。NHKの記事はここをクリックしてください。NHKの記事によると「民放のAMラジオ各局は、広告収入の低迷から経営状況が厳しくなっていて、コストなどの観点からこれまでのAM放送を、より簡易な設備で送信できるFM放送に転換したいという意向を民放連に寄せている」ということで、制度を改正して補完FMに一本化できるようにしたいということのようです。

 ここで心配になるのは、確かに民放各局はそれこそラジコなどでライブストリーミングが聴取できますし、FMで放送すればクリアな音声が送れるので、平時は中波(AM)がなくてもいいという考えはわかるのですが、災害時はどうなるんだろうと。NHKの記事も述べていますが、FMの電波は遠方に届かないので、情報伝達をどう担保していくかが課題です。FMとなると小電力の中継局を複数、とくに山間部ではかなり多く設置する必要がありますし、災害時に山間部の地域だけが停電したらそのエリアでは情報が取れなくなる恐れがあります。中波(AM)ならば本局が電波を出していればとりあえず広域で受信可能です。

 もっとも、今回の民放ラジオ局の動きとは別に、大電力で中波放送を実施しているNHKは引き続き中波サービスを継続するのでしょうから、最終的には中波を維持できる民放ラジオ局とNHKの中波を受信することで災害時の情報過疎は回避できるということなのでしょうか。

 去年秋、北海道での大地震の際に北海道全域が停電に見舞われ、スマホ・タブレットも充電ができない状況に陥った際に中波ラジオ放送の重要性が再認識されました。幸い北海道の中波、FMラジオは生きていたようで、それを聴くためにトランジスタラジオを急遽買いに走ったり、乾電池を調達したりした人たちも多かったときいています。あのとき、万一北海道のラジオ局が電波を出せなくなっても、本州の大電力中波を使って情報を送ることもできたでしょう。

 北海道で発生した大規模停電は他人事ではありません。万一他の地域で大きな災害が起きたときには、大規模停電が実際に生じる可能性がかなり高いかもしれない。それがわかっている中で、FMへの移行を考える民放ラジオ局は、経営状況を勘案して「背に腹は変えられぬ」とはいえ、災害など緊急時に自らが果たさなければならない役割をどう担保しようと考えているのかと、不安になります。地域に根付いた放送を続けてきた民放ラジオ局が、有事、緊急時には「中波を維持できている民放ラジオ局やNHKにお任せ」ということになってしまうのではあまりにもお粗末だと思うのですが、どうなんでしょうか?

3月21日(木曜日) 春分の日

 ついこのあいだ「夜が長い」と冬至に嘆いたばかりなのに、きょうはもう春分です。我が家のある関東南部地方はそろそろ桜も開花するようです。これからどんどん日が長くなって暖かくなってきます。そして電波の状態も徐々に春めいてくることになります。

 桜と同じように春の訪れを実感するのが、遠方のテレビチャンネルが視聴できるようになることです。暖かくなって空気の逆転層ができることで、UHFやVHFの電波が反射され、遠方まで届きます。このブログで何度も書いていますので覚えておられる方も少なくないと思いますが、地中海沿岸では真冬を除いてほぼ毎日この伝播が発生します。日本でも同様の現象が起きていて、当地でも隣県のテレビを視聴することができるようになります。あるいはワイドFMではIBS茨城放送や静岡のSBSなどもよく聞こえます。きょうはまさにそのような伝播が発生していて、久しぶりにスカイツリーからのものではないテレビ放送が受信できています。桜とともに、ラジオやテレビの電波によってもわたくしたちは春の訪れを実感するのです。

 もう少し暖かくなると、こんどはスポラディックE層による超短波帯の反射が起きて海外からのFM放送が聞けるようになってきます。そうなると初夏の訪れを感じますね。もうまもなくです。

3月20日(水曜日) なんと思わせぶりな!!

 今週の月曜日からさきほどまで、Radio Kuwaitを含むクウェート情報省のホームページの閲覧ができなくなっていて、サーバー側のエラー(ダウンしている)だとの表示が出ていました。

 ちょうどいまは、国際放送の周波数が変更になる3月31日を控えて、データを入れ替える時期…と勝手に思い込んで「こんどこそはRadio Kuwaitがきちんと周波数表を公開してくるのではないか」と期待していたのです。

 20日、日本時間の午前11時ごろにチェックすると、ホームページ自体は復旧しているところが確認できました。さらにチェックしてみると、なんと!周波数表が掲載されているページだけが、ページの枠だけが表示されて、周波数表は真っ白という状態になっていました。わたくしは「これは絶対データの入れ替えをやっているんだ」と確信をし期待を抱いたのです。

 そしてさらにその後数時間、日本時間の16時ごろになって再度チェックすると、周波数表が表示されるようになっていました。HPが復旧していました。周波数表はGIFで貼り付けられているので表示する際には表の上部から徐々に見えてきます。期待しながら周波数表が現れるのを待ってついに表示されたのは… 「あらら、全然変わっていないじゃんか!」

 掲載されているのはあいも変わらず去年の10月で終わったA18期の周波数表でした。ほんと、がっかりです。結局そんなことかい!と突っ込みを入れてしまいました。ついでにいうと、2日以上もダウンしていてリノベーションをやっているように見えていたにもかかわらず、ページの構成や掲載されているデータについてはニュースを除いて以前と何ら変わらないということがわかりました。

 あの空白の2日あまりは一体なんだったのでしょうか?そしてそのようなフェイントに対して愚かにも期待を寄せてしまったわたくしは一体… ?!

 おそらくA19期の周波数表が郵便で届くのはことしの9月ごろになると思いますが、ホームページの情報はそれにもまして古い… ウエブサイトの管理者の意識は所詮そんなものなのですかね。

3月16日(土曜日) CDが劣化して聴けなくなってしまった…

 カセットテープやビデオテープならわかるのですが、CD盤も劣化して聴けなくなる。CDが登場した80年代から言われていたことですが、我が家では現実になっています。

 引き出しに並んだCDの中からアラブ歌謡のアルバムを引っ張り出して久しぶりに聴いてみようとケースを開けてみたら、あらまぁCD盤の銀色の部分が一部変色して、色が抜けたような状態になっているではありませんか。よ~く見たら、デジタルデータが焼き付けられている部分にいくつもの染みのようなものがついています。

 CDのデジタルデータが焼き付けられている銀色の部分(なんと言うかわかりませんが、要するにプラスチックコーティングで挟み込まれている部分ですね)は、外気に触れることはないはずなのですが、盤面の「抜け」が見られるところにはカビのようなものがついています。カビのようなものは当然のことながらコーティングの中までは浸透していないはずなのに、こんなことが起きて驚きです。

 かつて外国版のCDアルバムの中には「銀色の部分」が盤面の中心部で外気に触れるような仕様になっているものもあり、これは発売当初から「いずれは劣化するかも」と言われていたように記憶しているのですが、今回ダメになったのは中心部分はプラスチックだけなのです。

 もうデジタル信号が飛んでしまっているのでプレーヤーにかけても認識してくれません。残念ながら復旧のしようがないのですが、テープ類に続いてCD盤もチェックして危ないものはバックアップを作成する必要が出てきてしまいました。メモリーに収めたデータも突然蒸発してしまうリスクをはらんでいるので、一体何が一番安全なメディアなのかわかりません。ひょっとすると昔ながらの「レコード盤」が一番確実なのかも…

 大事にしているアルバムの点検を始めるところです。

3月15日(金曜日) 品揃えが…

 ちょっとアンテナまわりの電材(パーツ)が必要になったのですが、秋葉原には遠いため、近くの「●急ハン△」に立ち寄ることにしました。以前パーツコーナーで見かけた記憶があるので、多分そこなら手に入るだろうと思って…

 店内で案内表を眺めて気づいたのが、売り場がずいぶん移動していて、どうも電材のコーナーが見当たらないのです。店員に尋ねてみたら、電材コーナーは廃止になった模様。しばらく来なかったとはいえ、大きく様変わりした店内にびっくりしてしまいました。いまどき、電気パーツの需要はなくなったということなのか、とにかく採算が合わなくなったのだろうと想像した次第。アナログ電材の入手はますます難しくなってきたのかなと思いながら店を後にしたのです。

 しかし、この「●急ハン△」で時々感じるのは、店員の、特に一部のオッサン(バイトか社員かわからん)の態度がかなり悪いことです。どこかの企業を退職してそのままバイトとして働いていて、社会人時代の横柄な態度がそのまま抜け切らない… そんな感じです。きょう尋ねたオッサンは「う~ん、ないねぇ。ごめんなさい」という感じ。こちらは「ありませんか?」と尋ねているのだから普通は「ありません」と応えるのが社会常識だと思うのですが、どうでしょう?最後の「ごめんなさい」がせめてもの救いだったので、殺意は涌きませんでしたが(笑)、こんな感じの年配の店員がときどきいます。

 もう10年ほど前のこと、テープレコーダーの駆動ベルトが切れたので、ダメモトでこの店に出かけて当時まだ存在していた電材売り場のオッサンに聞いたら「ないねぇ、んなもん東京のどこに行っても売ってないよ」という、とんでもない態度。しかし、このオッサンの言葉はウソで、秋葉原ではこの種のベルトをそろえている店がちゃんとあったのです。デタラメと横柄な態度。商業道徳に真っ向から挑戦するような姿勢は、いまも記憶に残っています。そして、そのような輩はいまも伝統的に一部に存在しているのです。

 あんなジジィにはなりたくないものです。

3月12日(火曜日) Radio Kuwaitから今ごろ… 遅すぎます!!!

 Radio Kuwaitから今ごろになってB18期の短波送信スケジュールが届きました。去年もやはり2月末に届いて「遅い!」とこのブログで嘆いたのですが、ことしはもっと遅かった。

 まぁ、無いよりはマシということで、ここに共有させていただきます。

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 もうあと2週間半(3月31日 日曜日から)で、次のA19期が始まります。なんとものんきなものです。Radio Kuwaitのウエブサイトなんてもっと酷いです。いまだに短波送信スケジュールは古いもののままです。

3月10日(日曜日) 自分自身のイメージと写真映り

 瑣末な話で恐縮ですが、このところわたくし、自分自身の写真映りがこれまで以上に酷くなりつつあることにいささか気落ちしております。先日の忘れ物の話にせよ、きょうの写真の話にせよ、まぁ他人から見れば何てことはないことなのでしょうけれど、本人にとってはそれなりに気になることなのです。

 自分自身のイメージは、年齢なんか関係なくそれなりに元気だ… と思っているのですが、先日、会社で会合が開かれた際に集合写真を撮影したのです。それが全員に配られたのですが、そこに写っている自分の顔が、うらぶれた貧乏臭いオッサンの姿であることにがっかりするとともに、このように元気のない(ように見える)自分について改めて反省せずにはいられませんでした… 

 皆さんもそうかもしれませんが、たとえば自分の声や話し方を何らかの機会に録音された音声で聞いてみて、自分が自分に抱いているイメージとはかけ離れていたり、あるいはビデオを撮られたのを後から見て「え~?こんなふうに振舞っているんだ、自分は!」みたいな驚きを隠せなかったりという経験は少なくありません。写真についても同様です。

 仕事でいろいろと疲れたりして、いつも快活で笑顔を絶やさずに過ごすなどということはなかなか難しいわけですが、せめて眉間にしわを寄せてしかめっ面ばかりにならないように気をつけるようにしたいものです。

3月9日(土曜日) ちょ~~~~~落ち込んだこと

 わたくし、ちょ~~~~~~~~落ち込んでいます。理由は、生まれて初めて電車に忘れ物をしてしまったこと。そして、それが出てこないことです!

 昨夜、仕事関係で都内のとあるホテルで催された大きなパーティーに出席してきました。この種の催しがあると、帰りがけに手土産をもらうことがあります。きのうも紙の手提げ袋に入った品物をいただいたのです。

 帰りの電車で、かさとカバンとその手提げ袋を持って着席したあと、手提げ袋をボックスシートの手すりのところにかけてしまったのが運の尽き。カバンとかさに気を取られて、気がついたときにはどうやら手提げ袋は置きっぱなしにしていて… 帰宅したあとすぐに鉄道会社に電話連絡したものの、そのような手提げ袋が発見されたという情報は入っていないとの回答。今朝ももう一度念のため問い合わせしましたが、やはり問題の品は見つかっていません。

 何が悔しくて悲しいかといっても、わたくし、これまで人生で一度も電車の中に忘れ物をしたことがなかったのに、今回ついにやってしまったことです。我ながら脇が甘くなっているというか、衰えたというか… それでちょ~~~~~~落ち込んでしまったというわけです。しかも、あの手提げ袋の中身!ある会社のパンフレットが入っていることはわかっていましたが、もう一つ、石鹸二個分ぐらいの大きさの箱が入っていたのです。開けて確認しなかったので、何だったかがわからずじまいなのです。重さと大きさから推測するに、モバイルバッテリーだったのではないかと思うのですが、今となっては幻です。高級な品物だったらどうしましょうか、もっと落ち込むかも知れません。

 週明け、同じパーティーに出席した人に「あれって何が入ってました?」と恥を忍んで尋ねてみようかと思っていますが、なんとも後味の悪いできごとでした。周囲の知人に話をしたら、よくあることだと一笑に付されましたが、自分にとっては「ついにやってしまったか」というショックが大きいのです グッスン…

3月8日(金曜日) Radio Kuwait誤送信

 きのう(3月7日 木曜日)、日本時間の16時50分過ぎに15515kHzのRadio Kuwaitを聞こうとダイヤルを合わせてみたところ、強力に英語のアナウンスが聞こえてきました。混信か?と思ったのですが、まもなくクウェートの気象予報などがアナウンスされ、さらにRadio KuwaitのIDとFMの周波数のアナウンスが出てびっくり。Radio Kuwaitの英語放送が良好に受信できました。

 用事があったので、受信できたのはここまで。本当は17時の時報のところまで確認したかったのですが。ひょっとするとスケジュール変更?とも思いましたが、一昔前、どころかふた昔前ならいざ知らず、いまは送信スケジュールを変更する時期でもないわけで、きょうの同じ時刻に15515kHzをチェックしてみました。

 この周波数は極東・日本向けに電波を出しているので、信号は超強力です。受信状態が安定しています。そして聞こえてきたのはいつものアラビア語総合放送でした。英語放送はウエブのライブストリーミングチャンネルを持っていないので、短波で良好に聞こえることはとても有難いのですが、きのうは一時的に、誤送信として英語放送が良好に聞こえただけだった、ということのようです。

<<追記@3月9日土曜日1500JST: きょうも15515kHzはアラビア語総合放送が出ています>>

3月3日(日曜日) 雨の中の地域祭

 南関東地方はきのう土曜日は晴れていたのですが、きょうは一転して寒い小雨の一日になっています。毎年この時期に開催されるのが地域の公民館でのイベントです。町会のみなさんが店を出して、いろいろな食べ物や飲み物が提供されるほか、地域の中学校のブラスバンドの演奏が行われたりするなど、このイベントが行われるといよいよ春本番も近いという気になってきます。

 地域の活動、特に都市部での地域活動が盛んか否かというのは、その地域の住民の意識の高さを測るバロメーターのような気がしていて、そういう意味ではわたくしが住んでいる関東の地方都市は、まずまずの成績なのではないかと感じます。地域のゴミ出しのマナーなんか、特にそういった民度を反映しているといえます。とはいえ、街づくり全体を担当すべき行政はセンスがとても悪いので、もっと頑張ってもらわないと市全体のイメージがよくならないという問題はあるのですが。

 残念なことにことしのイベント、きょう2日目なのですが、天気が悪いのでお客の出足が悪いようで心配です。食券を買って食べる山菜そばの味はけっこういけます。おそらくあと1時間ほどでお開きとなると思われますので、そばとたい焼きぐらい買いに行ってこようかと考えているところです。

 ことしは例年にもまして晴れの日が続きカラカラの年末年始でしたから、このあたりで雨が降るというのは有難いことなのかもしれません。ただ、出勤時間帯に冷たい雨にやられると出鼻をくじかれてしまいます。明日朝までには雨が止んでいてくれるといいのですけれど。

3月2日(土曜日) 久しぶりの発見…?

 長年国際放送を聞いてきたのに、いまだに解けない疑問は少なくありません。毎度このブログに書いているのですが、わたくしにとってとても大きな関心事は、各放送局が使っているインターバルシグナルや開始音楽の元曲が何なのかということです。

 きのうの夜、少し時間ができたのでYoutubeでいろいろな楽曲を聞いていたところ「おすすめ」のラインナップに昔のモスクワ放送の録音がリストされているのに気づきました。まぁ、この「おすすめ」リストというのは「大きなお世話」だと感じることが多いのと、自分がどのような傾向でYoutubeを閲覧しているのかを改めて突きつけられるような気持ちになるので、あまり好ましくないと感じているのですが、今回は「おすすめ」にしたがって録音を聞いてみることにしました。

 そのクリップはモスクワ放送の中国語サービスの開始部分を録音したものでした。冷戦時代、中ソ対立が激しかった頃にはモスクワ放送の中国語サービスはいつも聞こえていた記憶があり、それゆえに全然注意を払う対象にもなっていませんでした。しかし、オルゴールのインターバルシグナルに続いて流れる開始音楽だけは耳に残っていて、今となってはなつかしい響きと感じられます。

 冷戦時代のモスクワ放送は、言語ごとに、あるいは放送地域ごとに異なるテーマ音楽が使われていました。日本語放送では、ソ連崩壊後のエリツィン大統領時代にロシア国歌となった「愛国歌」(ミハイル・グリンカ作曲)が流れていましたし、北米向け英語サービスでは「Я шагаю по Москве 」(邦題:私はモスクワを歩く)の軽快なジャズピアノ演奏で放送を開始していたりしました。アフリカ向けは、少しユーモラスな短いモチーフ(ちょっとアフリカをバカにしているのではないかと当時私は感じていましたが)が各言語で使われていました。

 中国語放送で使われていたのは行進曲風の楽曲でしたが、長年にわたりタイトルを知りませんでした。ところが、Youtubeの「おすすめ」リストにモスクワ放送の中国語の録音とともに、ソ連時代の歌曲がいくつか表示されていて、そのうちの一つに「Москва–Пекин(Moscow-Peking)」という曲がありました。早速聞いてみると、ビンゴ!でした。モスクワ放送の中国語サービスの冒頭に流れていたあのメロディーでした。タイトルとしては何のひねりもないそのものズバリだったのですが、こんな形で原曲に出会うとは、Youtube様様です。以来、この曲がわたくしの頭の中で長い時間グルグル回り続けていることはいうまでもありません。

3月1日(金曜日) 花粉飛んでますね

 ことしもいよいよ残すところ10か月となってまいりました… などという冗談は別にして、飛んでいますね、花粉が。ことしは特に派手に飛んでいるらしく、わたくしの周りにいる人たちの多くが目のかゆみや鼻水、くしゃみに苛まれています。

 わたくし自身も、実は筋金入りの花粉症持ちで、「花粉症」などという言葉が一般化する前から(気がついたら高校2年ぐらいから)春がとても憂鬱な季節に感じられてきました。いちばん症状がひどい時には、朝起きたときに目が腫れて開かなくなっていた…などという悲劇も経験しています。

 しかし、有難いことに、花粉症の症状はここ10年ほどとても軽く済んでいます。目薬と点鼻薬を症状が強いときに使うだけで何とか乗り切ることができるようになっています。さらにことしは別のアレルギーのために処方されている薬を飲んでいるおかげで、それが花粉症にも効いているらしく、症状が本当に軽く、従来なら花粉症のシーズンに「カラオケ」なんてとてもじゃないけど行けなかった(なぜ唐突に「カラオケ」の話になるかの説明は省略します 笑)のに、ほぼ普段どおりの活動ができています。

 体質改善のためにヨーグルトを飲んで腸内フローラの状態を改善すればよいだとか、さまざまな対症療法に関する情報がネット上などに載っていますが、どれも確実ではないし、それぞれの体質に合っているかどうかで効き目も異なるわけで、わたくし自身もいろいろと試しましたが、果たして何が効果をもたらしているのか、はたまた自分の体質が変わったために症状が軽減しているのか、よくわかりません。いろいろと試しすぎているので、何がどう化学反応を起こしているのかがわからない、ということですね。

 花粉症、最初はスギ花粉からはじまり、ヒノキへと変わっていきます。さらにブタクサやカモガヤなどといった草花の花粉に反応する人たちには憂鬱な季節はさらに続くことになります。同病相哀れむ、ということでもありませんが、花粉症のみなさま、お互い十分注意して少しでも快適な季節をすごしていきましょう。

2月24日(日曜日) 24時間放送は面白くない

 表題の「面白くない」が、なぜ面白くないのか、ラジオファンのみなさんならなんとなく同意していただけるかもしれないと思って書いています。

 かつて、日本を含む世界のラジオ放送の多くは、朝になったら放送が始まり、深夜になると放送が終了する… というスタイルをとっていました。当然のことながら、放送が始まるときには個性豊かなインターバル・シグナルや開始音楽が流れ、終了時にも何らかの音楽やらシグナルが流れました。それらを聞くことがわたくしたちの楽しみの一つでもあたわけで、こうした側面からいうと放送の24時間化によって面白みが消えてしまったといえます。

 今では24時間放送が当たり前のようになっている欧州や中東のラジオ放送も、かつては時間を区切って放送していたので、わざわざ早起きをして放送開始を狙って録音を残したりしたものです。それらの多くが我がHPの「インターバルシグナル・アーカイブ」で紹介しているものです。余談ながら、いまではテレビ放送も多くが24時間化されているので、テレビの開始、終了も狙えるチャンスが減りました。

 きょうは、アーカイブにアップしていない音源の中から、モロッコのタンジェ(タンジール)に本拠を置くMedi 1(Radio Mediterranean International) の、長波171kHzがフランス語の気象予報のあとモロッコ国歌で放送を終了するところを紹介します。モロッコに限らず、フランス語の放送というのはとにかくIDがなかなか出ません。この録音でも放送終了のアナウンスで"Ici..."というスタイルのIDは出さずに終了しています。録音はこちらをクリック ⇒ Medi1 signing off with NA 1983年2月の録音です。

2月23日(土曜日) それって笑えないでしょ…の話

 わたくしたちのようなラジオファンというのは、時に知らず知らずのうちに自分をリスクの高い状態に置いてしまっていることがあります。これは主として海外に出かけたときの話ですけど。この種のエピソードのうち、「あのとき自分は一つ間違ったら危なかったかも」と思い出すものをひとつ紹介します。

 1983年2月のこと。当時わたくしはチュニジアのチュニスに留学していました。チュニジアという国は、当時はブルギバ大統領の独裁政権下にあり、力で押さえつけていたので治安はとても良好でした。そんな中、ある日現地の新聞を読んでいたら「チュニス市内のオリンピックスポーツセンターホールで北朝鮮展開催」という記事を見かけました。「オリンピックスポーツセンター」といっても、当たり前のことですが、チュニスでオリンピックが開催されたことはありません。単なる大型スポーツ施設のようなところです。チュニジアは北朝鮮と国交がありました。

 当時わたくしはアホ学生だったので、その記事を見て、怖いもの見たさに北朝鮮展を覗きにいくことにしました。それも独りで。

 出かけてみたら、ホールの中には北朝鮮製のトラクターやら食品やら布地やらが展示されていました。だだっ広いホールに大規模にさまざまな展示物が並べられていました。展示物は記憶するところではかなりの数があったような… でも客はわたくしの他にはだれもいません。閑散としていました。広いホールの奥のほうで北朝鮮大使館員らしき男2人がチュニジア人の商社マンらしき男と何かの価格について大声で話をしているのが見えました。結局わたしはホールの中を見回って、ちょっと気持ち悪かったのでそのまま急いで会場を後にしました。北朝鮮製の機械類や布地の品質、食品のパッケージやラベルの印刷の質が高くないことがよくわかりました。

 しかしいま考えてみると、あれはかなり危うい状況だったのではないかと思っています。もし、あの時チュニジア人の商社マンがいなくて、たった一人で北朝鮮大使館員と遭遇していたら、ひょっとして「わたくし朝鮮中央放送を聞いています」などというアホなことを口走っていたかもしれません。北朝鮮大使館側は「シンパの日本人が来た。利用できるかもしれないから拉致してしまえ」などと考えたかもしれず、しかも当時は拉致事件が世界で頻発していたこともあり、とても危険な状況だったのかもしれないと、ぞっとする思いです。

 当時北朝鮮が拉致を繰り返していたことは知る由もなかったとはいえ、危機意識の欠如は時に自分の身を危険にさらす結果になります。35年前の話とはいえ今にも通じる教訓です。自戒をこめて。

2月22日(金曜日) こういうときには昔のLOGを

 また1週間更新をすっ飛ばしてしまいました。休日も外出して所用をこなす必要があり、PCの前に座る時間がありませんでした。失礼しました。

 さて、こういうときにはやはり昔のLOGを紐解いてお茶を濁すに限る… というわけで、きょうは1976年、つまりいまから42年前のきょう、2月22日の受信記録を覗くことにします。

 いつものようにJST/周波数/局名/言語/受信状態(SINPO) で表示します:

0030 11730 Radio Beograd English 24332
1200 11860 Radio Kiev English 44444 // 6020 with 34443
1600 9590 Swiss Broadcasting Co. English 33433
1600 11985 Radio Tirana English 24442
1800 5970 Radio Canada Intl. English 22432
2000 11860 Radio Norway Norwegian 34433
2015 9650 Deutsche Welle Japanese 23332 // 11765 with 32432
2130 9745 Radio Sweden English 33433
2300 5960 Radio Ulan-Bator Chinese 32432
2300 7275 Radio Dushanbe Persian 43433
 
 受信記録からは、ハイバンドがかなり悪かったことがうかがえます。16時のスイスを31メーターで聞いていたり、DWの日本語放送も9650kHzで聞いていたり、スウェーデンも31メーターでの受信だったりと、かなり低いバンドに集中しています。このころはまだSONYのTFM-2000Fを使って聞いていましたので、ラジオが壊れたかと心配になるほどでした。

2月11日(月曜日) イラン革命40年

 きょう、2月11日はイラン・イスラム革命から40年にあたります。パーレビ国王による帝政からイスラム共和制に移行して、もうこんなに月日が流れました。いまやイランでは国民の多くが革命を知らない世代になってきているといいます。

Khomeini returns to Tehran

 1979年2月1日、イランの精神的指導者ホメイニー師が亡命先のパリから15年ぶりにテヘランに帰還し、イスラム革命評議会を設置。その後79年2月11日の国民投票でイスラム共和制への移行が決まりました。この革命により、イランの国際放送NIRT-Voice of IranはIRIB傘下のVOIRI-Voice of Islamic Republic of Iranに変わりました。

 この変化をラジオがどう伝えたのかを本来ならば記録しておきたかったのですが、ちょうどこのときは受験の真っ最中で、ラジオを封印していた時期だったため、録音が残っていません。とても残念ですが、仕方ないことでした。

 受験が終わってラジオを聞いて驚いたのは、雰囲気の変化でした。まず音楽が放送から殆ど消えたことが衝撃でした。イランというとGoogooshやEmad-e Ramなどすぐれたミュージシャンを擁しており、多彩な音楽文化を持っていました。NIRTのインターバル・シグナルも民族楽器による雰囲気のある演奏でした。それが革命後は様子が一変します。いまでこそイランでも歌謡曲が徐々に復活していますが、当時は革命歌や行進曲などを除いて「歌舞音曲」の類はきわめて抑制されていましたので、いきなり「色」が消えたように感じられました。VOIRIのインターバル・シグナルは、まず暫定的なメロディー(アコーディオンによる単純な音階の繰り返し)が用いられ、1年ほど経ったのちにその後長く使用された短調の弦楽器で演奏されるメロディーに変わりました。

 革命後しばらくは、ホメイニー師を賛美するالله أكبر خمينى رهبر (アッラーはもっとも偉大だ、ホメイニーは指導者だ)などの歌がとても単純な伴奏つきで歌われたり、インストルメンタル曲として演奏されたりするのみでした。

 パーレビによる帝政イランのことを覚えている人々の評価はさまざまです。当時いわゆるインテリ階層や上流階層だった人びとはイスラム革命には批判的な人も多く、体制を嫌って亡命したり、体制とは距離を置いたりしてきましたが、貧しい人びとの間ではパーレビ時代が「酷かった」のに比べてイスラム共和国体制は貧困層に手を差し伸べた、などと評価する見方も根強いようです。40年にわたってイスラム共和制が継続できているのも、貧しい人びとに比較的手厚い政策が講じられてきたことが要因の一つだと見るむきもあります。ちゃんと毎日食べていけるなら、多少の政治的締め付けは仕方がない…というところでしょうか。しかも、革命から40年を迎え、イランの体制も世俗的な要素を許容するようになってきていますから、革命直後とはかなり様変わりしています。とはいえ、経済制裁などイランをとりまく状況は決してよいとは言えない現状がありますから、いま各地で散発的に発生している反政府デモなどの火種が今後広がりを見せるのか否か、気になるところではあります。

Radio Vatan QSL
Radio Vatan راديو وطن のQSL

 イスラム革命後から冷戦崩壊までのおよそ10年は、イラン向けの地下放送がたくさん存在していた時代でもあります。革命によって国を逃れた前体制の人びとや反体制グループなどによる放送が近隣諸国の送信所から数多く電波を出していました。Radio Vatan、Radio Iran、Voice of Mujahidin-e Khalq-e Iran、Iran's Flag of Freedom Radio、National Voice of Iran...など、いまも記憶に残る放送局がありました。地理的な制約もあり、日本ではこれらすべての放送が受信できたわけではありませんが、大規模な送信所を経由して送信されていた地下放送の中には日本でも良好に聞こえた局も少なくなく、国際政治の舞台裏でのかけひきに直に触れたような気持ちになったものです。

2月10日(日曜日) “おひとりさま”の愉しみ

 このところ、気が向くと時々一人で地元のカラオケBOXに出向いて1時間半ほどソロコンサートを楽しんでいます… 最近はおひとりさま文化がさまざまな場面で広がっているとかで、カラオケも一人で歌いにいく人が少なくないようです。数年前に一人で時間をつぶすために横浜のカラオケBOXに入ったときにはちょっと恥ずかしい思いをしたのですが、いまは一人でも全然引け目を感じる必要もなくなりました。

 きのうの夜(正確にはきょうに日付が変わってから)も、1時間半楽しんできました。土曜日の深夜となると、カラオケBOXも空いていて、すぐに入れます。客が少なくてきっと経営が大変なんだろうと思うほどです。そこでの1時間半は、ほんとうにあっという間に過ぎてしまいます。だからといって30分延長などということはしません。そんなことをすると、深夜2時を過ぎてしまったりするからです。お化けの出る時間に外をうろついてはいけませんから 笑。

 わたくしの職場ではかつては何かというとカラオケに繰り出すことが多かったのですが、最近ではカラオケどころか食事会や飲み会すら殆ど開かれなくなっています。上司・先輩たる我々が声をかけなくなったというのが一番大きな理由なのだと思いますが、昨今の「働き方云々」などとごちゃごちゃ言われるご時世にあっては、後輩たちが仕事が終わった後にまで職場の人間とつきあいたくないのではないか…などと「忖度」してしまうわけです。

 そして何よりも、わたくしは飲み会の流れでざわざわした雰囲気でカラオケに行くのが大嫌いなのです。だから歌いに行くのはごく少人数の気の合う仲間同士でないと後味が悪く、時間を無駄に使ったと後悔してしまいます。別に行きたくもない仲間を無理に誘って行くこともない… などと考えているうちに、職場のカラオケの機会はどんどん減ってきているわけです。

 ひとりで歌いに行くメリットは、たっぷり練習ができること。うろ覚えの楽曲やひよっとして歌えるかも…程度の楽曲を試してみることもできます。逆にデメリットはどんどん楽曲を選ばないと時間が無駄になってしまうことでしょうか。トイレに行く時間ももったいない。だからといってノンストップで予約をいっぱい入れると、場合によっては「酸欠」に陥らないとも限りません。わたくし、かつて横浜で一人で歌いまくったときには、目の前が一瞬真っ白になったことがあります。

 東京には一人カラオケ用のブースを備えたBOXがあるようですが、ヘッドホンをつけて一人で歌うよりも、普通の部屋の中で大声を張り上げるほうが発散できていいです。一回、1時間半で1500円というとどうでしょう?ギャンブルにのめりこむよりもずっと健全だと思うのですけど。

2月9日(土曜日) いまのところ雪は降っていません

 きょうは関東地方、大雪の可能性があるということで、交通機関をはじめ各方面が最大限の警戒をしているというニュースが繰り返し伝えられてきました。とにかく首都圏の交通網は雪に弱い!すぐに遅れるしすぐに止まるのです。幸いきょうは土曜日で、私は久しぶりの休日を満喫しているのですが、仕事や用事で出かけている人たちは大変気になるのではないでしょうか。

 でも、わたくしが住んでいるエリアは雪や雨が降っておらず、むしろ高曇りで薄日が差すような天気です。これから夜にかけての天気が気になるところですが、どうやら巷間言われているような「大雪」にはならないで済みそうだと期待しているところです。

 最近は、この種の気象予報が出ると、交通機関はあらかじめ「計画運休」などの措置を講じるわけですが、ちょっと神経質になりすぎているのではないかと思えるほどハイパーな反応です。とてつもない大雪ではない降雪量の場合には電車を止めるのではなく、逆に終夜運転をするほうが架線や線路の除雪には有効だという専門家の意見もあります。難しい判断だとは思いますが「働き方」が云々されているこんにちのことを考えると、止める判断のほうが妥当なのかも…

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