Home

中東と世界をラジオで聞く ~店主の独り言~

2月11日(月曜日) イラン革命40年

 きょう、2月11日はイラン・イスラム革命から40年にあたります。パーレビ国王による帝政からイスラム共和制に移行して、もうこんなに月日が流れました。いまやイランでは国民の多くが革命を知らない世代になってきているといいます。

Khomeini returns to Tehran

 1979年2月1日、イランの精神的指導者ホメイニー師が亡命先のパリから15年ぶりにテヘランに帰還し、イスラム革命評議会を設置。その後79年2月11日の国民投票でイスラム共和制への移行が決まりました。この革命により、イランの国際放送NIRT-Voice of IranはIRIB傘下のVOIRI-Voice of Islamic Republic of Iranに変わりました。

 この変化をラジオがどう伝えたのかを本来ならば記録しておきたかったのですが、ちょうどこのときは受験の真っ最中で、ラジオを封印していた時期だったため、録音が残っていません。とても残念ですが、仕方ないことでした。

 受験が終わってラジオを聞いて驚いたのは、雰囲気の変化でした。まず音楽が放送から殆ど消えたことが衝撃でした。イランというとGoogooshやEmad-e Ramなどすぐれたミュージシャンを擁しており、多彩な音楽文化を持っていました。NIRTのインターバル・シグナルも民族楽器による雰囲気のある演奏でした。それが革命後は様子が一変します。いまでこそイランでも歌謡曲が徐々に復活していますが、当時は革命歌や行進曲などを除いて「歌舞音曲」の類はきわめて抑制されていましたので、いきなり「色」が消えたように感じられました。VOIRIのインターバル・シグナルは、まず暫定的なメロディー(アコーディオンによる単純な音階の繰り返し)が用いられ、1年ほど経ったのちにその後長く使用された短調の弦楽器で演奏されるメロディーに変わりました。

 革命後しばらくは、ホメイニー師を賛美するالله أكبر خمينى رهبر (アッラーはもっとも偉大だ、ホメイニーは指導者だ)などの歌がとても単純な伴奏つきで歌われたり、インストルメンタル曲として演奏されたりするのみでした。

 パーレビによる帝政イランのことを覚えている人々の評価はさまざまです。当時いわゆるインテリ階層や上流階層だった人びとはイスラム革命には批判的な人も多く、体制を嫌って亡命したり、体制とは距離を置いたりしてきましたが、貧しい人びとの間ではパーレビ時代が「酷かった」のに比べてイスラム共和国体制は貧困層に手を差し伸べた、などと評価する見方も根強いようです。40年にわたってイスラム共和制が継続できているのも、貧しい人びとに比較的手厚い政策が講じられてきたことが要因の一つだと見るむきもあります。ちゃんと毎日食べていけるなら、多少の政治的締め付けは仕方がない…というところでしょうか。しかも、革命から40年を迎え、イランの体制も世俗的な要素を許容するようになってきていますから、革命直後とはかなり様変わりしています。とはいえ、経済制裁などイランをとりまく状況は決してよいとは言えない現状がありますから、いま各地で散発的に発生している反政府デモなどの火種が今後広がりを見せるのか否か、気になるところではあります。

Radio Vatan QSL
Radio Vatan راديو وطن のQSL

 イスラム革命後から冷戦崩壊までのおよそ10年は、イラン向けの地下放送がたくさん存在していた時代でもあります。革命によって国を逃れた前体制の人びとや反体制グループなどによる放送が近隣諸国の送信所から数多く電波を出していました。Radio Vatan、Radio Iran、Voice of Mujahidin-e Khalq-e Iran、Iran's Flag of Freedom Radio、National Voice of Iran...など、いまも記憶に残る放送局がありました。地理的な制約もあり、日本ではこれらすべての放送が受信できたわけではありませんが、大規模な送信所を経由して送信されていた地下放送の中には日本でも良好に聞こえた局も少なくなく、国際政治の舞台裏でのかけひきに直に触れたような気持ちになったものです。

2月10日(日曜日) “おひとりさま”の愉しみ

 このところ、気が向くと時々一人で地元のカラオケBOXに出向いて1時間半ほどソロコンサートを楽しんでいます… 最近はおひとりさま文化がさまざまな場面で広がっているとかで、カラオケも一人で歌いにいく人が少なくないようです。数年前に一人で時間をつぶすために横浜のカラオケBOXに入ったときにはちょっと恥ずかしい思いをしたのですが、いまは一人でも全然引け目を感じる必要もなくなりました。

 きのうの夜(正確にはきょうに日付が変わってから)も、1時間半楽しんできました。土曜日の深夜となると、カラオケBOXも空いていて、すぐに入れます。客が少なくてきっと経営が大変なんだろうと思うほどです。そこでの1時間半は、ほんとうにあっという間に過ぎてしまいます。だからといって30分延長などということはしません。そんなことをすると、深夜2時を過ぎてしまったりするからです。お化けの出る時間に外をうろついてはいけませんから 笑。

 わたくしの職場ではかつては何かというとカラオケに繰り出すことが多かったのですが、最近ではカラオケどころか食事会や飲み会すら殆ど開かれなくなっています。上司・先輩たる我々が声をかけなくなったというのが一番大きな理由なのだと思いますが、昨今の「働き方云々」などとごちゃごちゃ言われるご時世にあっては、後輩たちが仕事が終わった後にまで職場の人間とつきあいたくないのではないか…などと「忖度」してしまうわけです。

 そして何よりも、わたくしは飲み会の流れでざわざわした雰囲気でカラオケに行くのが大嫌いなのです。だから歌いに行くのはごく少人数の気の合う仲間同士でないと後味が悪く、時間を無駄に使ったと後悔してしまいます。別に行きたくもない仲間を無理に誘って行くこともない… などと考えているうちに、職場のカラオケの機会はどんどん減ってきているわけです。

 ひとりで歌いに行くメリットは、たっぷり練習ができること。うろ覚えの楽曲やひよっとして歌えるかも…程度の楽曲を試してみることもできます。逆にデメリットはどんどん楽曲を選ばないと時間が無駄になってしまうことでしょうか。トイレに行く時間ももったいない。だからといってノンストップで予約をいっぱい入れると、場合によっては「酸欠」に陥らないとも限りません。わたくし、かつて横浜で一人で歌いまくったときには、目の前が一瞬真っ白になったことがあります。

 東京には一人カラオケ用のブースを備えたBOXがあるようですが、ヘッドホンをつけて一人で歌うよりも、普通の部屋の中で大声を張り上げるほうが発散できていいです。一回、1時間半で1500円というとどうでしょう?ギャンブルにのめりこむよりもずっと健全だと思うのですけど。

2月9日(土曜日) いまのところ雪は降っていません

 きょうは関東地方、大雪の可能性があるということで、交通機関をはじめ各方面が最大限の警戒をしているというニュースが繰り返し伝えられてきました。とにかく首都圏の交通網は雪に弱い!すぐに遅れるしすぐに止まるのです。幸いきょうは土曜日で、私は久しぶりの休日を満喫しているのですが、仕事や用事で出かけている人たちは大変気になるのではないでしょうか。

 でも、わたくしが住んでいるエリアは雪や雨が降っておらず、むしろ高曇りで薄日が差すような天気です。これから夜にかけての天気が気になるところですが、どうやら巷間言われているような「大雪」にはならないで済みそうだと期待しているところです。

 最近は、この種の気象予報が出ると、交通機関はあらかじめ「計画運休」などの措置を講じるわけですが、ちょっと神経質になりすぎているのではないかと思えるほどハイパーな反応です。とてつもない大雪ではない降雪量の場合には電車を止めるのではなく、逆に終夜運転をするほうが架線や線路の除雪には有効だという専門家の意見もあります。難しい判断だとは思いますが「働き方」が云々されているこんにちのことを考えると、止める判断のほうが妥当なのかも…

2月8日(金曜日) あの映画が!!!

 きのう、このページで海外出張から帰国した話をしました。きょうは出張時に利用した航空機国際線のインフライトムービーの話です。

 国際線の機内ではさまざまなエンタテインメントが提供されます。ひと昔前までは想像だにできなかった機内WiFiだとか世界のテレビチャンネルのライブ視聴だとか、まぁ時間をつぶす手だては十分すぎるほど揃っています。機内での楽しみの一つは映画です。普段映画館やテレビで映画をゆっくりみるなどという機会もほとんどないので、国際線に乗るときはどんな映画が提供されているのか興味深いものです。

 今回利用した航空会社は、機内のエンタテインメントがものすごく充実していて、ビデオ、オーディオ合わせると数千チャンネルが提供されていました。その中で、やはりみてみようと思ったのが「ボヘミアンラプソディー」。実は私はQUEENが好きで、特に彼らのアルバム「オペラ座の夜」はアナログLPとCDと両方を持っています。カラオケに行くと、収録曲の中の「You are my best friend」「39」などを歌うこともあります(「ボヘミアン…」は一人で歌うと破綻するのでやりません 笑)。この「オペラ座の夜」に映画のタイトルともなった「ボヘミアンラプソディー」が収められている… という話はご存知の方も多いと思います。

 ちょうどいい機会だと思って映画をみ始めたのですが、なんとなくストーリー展開についていけない… 物語が進行するとともに「え?」「え?」「なんでよ?」がだんだん多くなってくる始末。

 そして気づきました。そういえば映画の冒頭に「機内上映用に一部を編集しました」という但し書きがあったのを。ここで気づかれた方は感覚が鋭い! そうなんです… わたくしが利用した航空会社は中東の大手で、「ボヘミアンラプソディー」には主人公のフレディー・マーキュリーの人生を描く際に避けて通れない彼のセクシュアリティーに関する描写が多数含まれているわけです。LGBTはイスラムの教えに反することになりますから、いかに先進的な中東の大手国際線であっても、イスラム教を国の宗教と定めている国家の倫理規定によってLGBTに関するシーンがことごとくカットされていたのです。だから、主人公と彼をとりまく人々の心情の移り変わりや葛藤がぜんぜん伝わってこなくなってしまっていて、スカスカの意味がよくわからない映画と化してしまっていたのでした。

 近々DVDを借りて、機内上映でカットされていたシーンがどのようなところだったのか、そしてそれがなぜイスラムの教えと相容れないと判断されたのか、を検証してみようと思っています。それはそれで面白いかも…

 せっかくの映画がズタズタにされて、視聴後もモヤモヤした気分だったので、気晴らしに「ミスタービーン」をみて大笑いしてしまいました。ついでに何のストーリー性もなく、しかし大好きなABBAの楽曲が満載の「マンマミーア」も!

2月7日(木曜日) ストレス社会だなぁ

 先週から今週にかけて仕事で日本を留守にしていましたので、ページの更新ができていませんでした。久しぶりの海外出張で、とても疲れましたが仕事のほうは順調でした。

 海外に一週間以上滞在して帰国すると、程度のこそあれ時差ボケと感覚のズレが生じます。前者は当然のことながら、帰国後数日は現地時間で体が反応してしまうので、妙な時間に眠くなるのです。アジア地域ですと時差ボケにはならないのですが、今回は日本との時差が6時間あるいは5時間という地域に出向いたので、帰国後数日はボヤ~っとした感覚が残りました。まぁ、これもなんとなく心地よかったりするんですが。

 もう一つは、現地の生活リズムと日本のリズムとの感覚のズレです。今回は複数の国を訪れたのですが、いずれも日本に比べるとテンポがゆっくりの国々で、そこでの動きに慣れて帰国すると、日本のリズムとのずれが顕著に現れます。最初の洗礼は日本の空港に到着したとき。今回は出発は羽田、帰国は成田だったのですが、成田空港に到着した飛行機からパスポートコントロールまでの間を歩く人々(日本人)のセカセカした感じが「あぁ、日本に帰ってきたんだ」と思わせるのです。しかもパスポートコントロールのところに並ぶ際に先を争うような、そして隙あらば割り込もうとするイライラしたようなオーラを感じたとたんに不愉快な気持ちになってしまいます。その先の荷物受け取りのところでかなり待つことになるのだから同じなんですけどね。特に「俺様は海外経験豊富だぜ」というオーラを発しているビジネスマン風の人の意地の悪さ(笑)が目立ちます。

 空港から自宅までの公共交通機関でもそう。周囲に気を配っているようで実は自己中心的…な人びと。外国のように「自分中心」をしっかり打ち出すこともできず、とりあえず「マナー」を守るように自分を抑制して、でも隙あらば他人を出し抜いてやろうというセコさというのは、海外ではめったに感じない不思議な感覚です。そういう「抑制」に疲れてしまった人たちが時々大きな事件を起こしたりするわけで。まぁ自分も帰国して時間が経つと帰国時の違和感というのもだんだん中和されていくでしょうから、いつのまにか自分が感じた「ストレスフルな人たち」に同化していくのだと思いますけどね。

 というわけで、外国から帰ってきた直後からしばらくは日本に違和感を抱くことができます。この社会は何かにつけてイライラしています。セカセカしています。そして欧米系の外国人には媚び、アジア・アフリカ系の外国人には横柄な態度をとったります。日本のメディアの「日本人は親切だ」「この国はモラルが高く守られている」というプロパガンダが少なくともさまざまなシーンで「眉唾」だと実感できるのです。

1月26日(土曜日) え~?! いつのまに?

 東京に限らず大都市圏の繁華街では店舗の入れ替わりが結構激しくて、半年目を離した隙にもう別の店になってしまっているなどということは日常茶飯事です。

 きのう、仕事帰りに久しぶりに中古レコード(CD)店に立ち寄って買い物をしようと、職場近くの有名チェーン店に行ってみました。ところが、その店がない!改修工事中のようにも見えるのですが、どうやら閉店してしまった様子なのです。本も売っていた店なので、時折利用していたのですがそういえばここ半年以上はご無沙汰だったような…

 急いでネットで調べてみたら、なんと去年の7月末で閉店していたということで、これまた驚きました。いつも近所を通っていたのに全然気づかなかったなんて! 行きつけの店だったとはいえない程度の利用頻度だったにしても、文庫本が安く買えるし、CDも手ごろな値段で中古品が手に入るので便利だったんですけどね。

 わたくしのように利用する頻度が少ない人間が、いざその店がなくなってから残念だの何だのというのもどうかと思うのですが、デジタル全盛のこの時代、紙媒体である書籍やデジタル音楽ファイル時代のCDなど売れ筋からは遠い存在となった商品を扱うのはやはり大変なことなのかなと思います。

 さらに調べてみたら、幸いなことに系列店が同じエリアに開店しているようなので、近々そちらに立ち寄ってみようと思います。ただ、目的としていたCDアルバムは、なんとわたくしが住む地方都市の小さな中古CD店に扱いがありました。しかも価格は手ごろ。Amazonで買うとさらに送料がかかることを考えると、結果的にはいい買い物ができました。

 いずれにしても、忙しい毎日ではあるものの、日ごろからもとこまめにいろいろなところに足を運ぶことが大事です。中古CD店が閉店したことが見えていたかもしれないのに気づかなかったという事実も、漫然と毎日通勤していたことの証でもあり、反省することしきりです。もっと周囲に関心を持って日々を送らなければボケてしまいそうです…

1月25日(金曜日) 親切なひと

 首都圏のとあるJR路線で電車を待っているときのことです。この欄で何度か書いたことがありますが、首都圏のJR路線を走る電車の多くは10両編成から15両編成と長い。列車によって編成の長さが異なることもあるので、駅で到着を待つときの「乗車位置」には気をつける必要があります。

 わたくし、15両編成の快速に乗る予定だったのですが、その前に別の10両の快速(行き先が違う)が到着することになっていました。つまり、10両の快速には乗らずに、8分後に到着予定だった次の快速に乗ることにしていたのです。

 乗車位置で本を読んでいると、リュックを背負った大学生ぐらいの男性が近寄ってきて「あのぉ、次の電車はここには停止しないですよ。10両ですから」と声をかけてくれました。私は丁重に「ありがとう。でも次発の快速に乗るんですよ。15両編成のね」と答えました。男性はにこりと会釈をして立ち去りました。

 おそらくその男性はわたくしが15両編成用の乗車位置にぽつんと一人でいたものですから、間違った乗車位置に立っていると思って声がけしてくれたのではないかと思います。果たして彼はいわゆる「鉄っちゃん」系の人だったのか、非番の鉄道関係者だったのか… まぁ誰でもいいのですが、他人が困るかもしれないと感じても自分はおそらく絶対声がけしないだろう(!)と思うし、そもそも見ず知らずの人に迂闊に話しかけたりすると「へんな人」と勘違いされかねないご時世なので、いまどき珍しい経験でした。 

1月20日(日曜日) 昔のLOGから 1977年のきょうの受信記録

 きょうは1977年のきょう、つまり42年前のきょうのラジオの受信記録を紐解いてみます。ハイバンドの受信状態が少し上向きになっていたようで、比較的幅広い周波数帯でラジオを聞いていたことがわかります。

 いつものとおり、時間はJST、受信状態はSINPOで表示しています:

0730 11835 Radio El Espectador in Spanish 34333
1510 11940 Radio Singapore in English 33443
1520 15105 ORF Vienna in German 34343
1545 15160 FEBA in English 34433
1545 17700 Radio Berlin Intl. in English 24232
1900 11895 Radio Free Europe in Hungarian 33433
1910 21460 RTB Belgium in French 34343
1959 11810 La Voz de Chile in English/other languages 33433
2300 11985 Radio Tirana in English 34343
2330 7240 Radio Belgrade in Russian 32432
2330 7345 Radio Prague in English 34433

 昔の受信記録を文字化してみると、すでに国際放送の世界から消えてしまった局がほとんどであることに改めて気づきます。東ドイツのRBI、ベルギーのRTB、チリのLa Voz de Chile、ユーゴスラヴィアのRadio Belgradeなどなど、なつかしいというよりも、40年以上という年月の流れはこれほどまでに国際情勢を大きく変化させてしまうこと、それに、やはりそもそも時の流れがこんなにも速いという現実に、なんともいえない気分になります。

1月19日(土曜日) 誰もあやまらないし責任とらない

 世間では厚生労働省の「毎月勤労統計」の調査が一部不適切な手法で行われていたというニュースが大きくとり上げられています。それもずいぶん前から不正確なデータだったとか。

 しかし、いまのご時世、このような重大な、国がひっくり返っても不思議ではない事件でさえ、いつどこへともなくうやむやになって誰も責任すらとらないまま忘却の彼方に葬り去られてしっておしまい!となる可能性が高いように思います。

 ここのところもう全然思い出せないほど政府や公的機関の不祥事が相次いでいます。そのたびにメディアがとり上げ、国会では野党が追及するのですが、誰かが腹を切ったり、心から謝ったりするシーンを目にしたことがありません。嘘八百並べても、何食わぬ顔で世間を渡っていけます。そして、思い出してみても結局渦中の人物だとされる人たちはみなゾンビのように生きながらえ、復活しています。民間だったらとっくの昔に信用失墜で倒産しているようなものでしょうけれど、そんなことは絶対にありません。

 このような体たらくが続くと、この国の信用が外から崩壊していくのではないかと心配です。あるいはもうそのような状況が始まっているのかもしれません。この国は外からの影響には弱いです。外からの信用が一旦失墜すると、取り返しがつきません。政治側が国内向けに「この国は大丈夫だ。世界から羨望の眼差しで見られている」などと宣伝してみても、別にそんなに羨望の目で見られているわけでも、羨ましがられているわけでもないという現実。隣の独裁国家が「この世に羨むものなし」などと国民に喧伝しているのと何が違うのだろうかと思ってしまいます。

 これほどまでに国民がなめられているのに、ほんとうは怒らなければならないと思うのですが、そんなことも起きそうにない状況。不思議なことですが、この国の住民はなぜか、政治や社会のスキャンダルや問題には超~~~~寛容でありながら、芸人や役者のくだらないゴシップにはやたらと厳しい。やっぱり民度が… もはやモラルも何もあったもんじゃない。ということで、わたくしも、何かやらかしても謝らない、間違いは認めない、責任はとらない、うやむやにする…という、この国に蔓延しつつある素晴らしい生き方を実践しようかなどと考えています プププ

1月18日(金曜日) 超天然記念物級の化粧女を見ました

 久しぶりの真の電車ネタです。

 きょう、通勤帰りの電車の中でのこと。天然記念物級のバカ女に遭遇しました。まずその女の風体ですが、そうですねぇ、年のころなら30代にかかろうかというところ。見た感じは浜崎あゆみを少しふくらませたような、背の高さは結構低くておそらく150センチちょい超えたぐらいでしょうか。

 その女、着席していたのですが、おもむろに化粧を始めたのです。朝の通勤時間帯に化粧をする女の姿すら最近ではあまり見かけなくなった中、夜、下り線の車内で化粧をする輩を見たのは初めてです。しかももう堂々と、を通り越してめっちゃ派手に!

 そいつ、馬の尻尾ほどもある(笑)筆のようなものを取り出してバサッバサッとピカソかダリのようにおしろいを頬っぺたに塗り始め、次々と魔法の道具を取り出しては目やまつげ、眉毛を加工していきます。周囲の迷惑を顧みず、髪の毛を両手でバサバサっと掻き揚げます。ちなみに、電車の中で髪の毛をバサバサやられるのも私は汚らしいので嫌いです。そして、最後に安物のくっさ~いシュッシュを吹きかけて一丁上がり!耳輪やら腕輪やらをジャラジャラつけて、ニセモノの毛皮のコートをまとって。大阪のオバチャンよりもアカンですわ。

 顔を見たら、施術前と施術後ではずいぶん差が… でも口が裂けても美しいだとかポジティブな形容詞は使いません! まさに世の中の恥、日本の恥の集大成! しかも、臭いがねぇ。安物の化学合成の変な甘いような臭いはたまりません。マスクをしても漂ってくるのです。私は着席していなかったので少し離れたところからその様子を眺めていたのですが、これ、隣だととても大変なのではないかと思います。

 まぁ、あんなの殺虫スプレーで駆逐したほうがいいのではないかと思いながら、でも、その変身ぶりがまた滑稽なのでついつい眺めてしまいました… ということで、結果的には約20分にわたって変な見世物を楽しませていただいてしまったのですが… って、結局楽しませてもらってネタももらってかいな? と、突っ込まれそうな話になってしまいましたが、とにかく非常識はやめてください。そういう輩はとにかく大っ嫌いです! 以上ですっ!

1月14日(月曜日) イエメンのアデンで聞いたジブチのアラビア語放送

 きょうは昨日に続いて過去の録音を紹介します。インターバル・シグナル(英語ではIdent SignalだとかSignature Tuneとも呼ばれていますが)が録音されていないので、我がHPでは紹介していなかった音です。

 アフリカのジブチの国営ラジオのアラビア語放送の開始部分 Radio Djibouti Arabic service opening で、1993年11月にイエメンのアデンでFMで受信しました。ご存知の通り、海に面している地域では遠方のFM放送やテレビ放送が対流圏伝播によって良好かつ安定して受信できることがありますが、この受信もジブチから紅海をわたってアデンに届いた電波です。

 ジブチの国営ラジオはかつては短波でも放送していましたが、日本で受信できる時間帯に使用されている言語がアファル語など我々が聞いてもよくわからないものだったため、受信報告も送らずじまいでした。アデンではじめてジブチのアラビア語放送を聞きました。それがこの録音です。

 いわゆるアフリカの角にあるジブチは、独立前は旧仏領アファル・イッサだったのですが、いまはアラブ連盟の構成国の一つでもあります。したがって、アラビア語も通用することにはなっています。テレビでジブチがたびたび紹介され、その都度「めっちゃ暑い国」との枕詞がつくほど暑いらしいです。女性アナウンサーの物憂げなナレーションがそのことを物語っているのでしょう 笑

1月13日(日曜日) インターバルシグナルではありませんが…

 古い録音テープを整理していると、思いもかけない音を発見することがある… という話を最近もしたと記憶していますが、きょうは北アフリカチュニジアのチュニスで受信したDeutsche Welle日本語放送の放送終了アナウンス((受信音はここをクリック))
が出てきました。1982年の受信だと思います。

 DWとBBCの日本語放送は、チュニジアではちょうどお昼の時間帯に放送されていて(日本時間では20時台ですね)、昼メシを食べながらよく聴いていました。

 午前と夜の2回、ポルトガルのシネスからNHKのRadio Japanが中継放送を行っていましたが、受信状態はあまりよくありませんでした。それからRadio Japanはニュースしか放送しなかったので、音楽や文化関連の番組はもっぱらDWとBBC、そしてごくたまにRadio Vaticanの日本語放送で聴いていました。

 日本にいるとDWの日本語放送の受信状態はばらつきがありましたが、地中海沿岸では、さすがに送信所が近いこともあり超強力でした。いまではもう日本語放送はなくなってしまいましたので、なつかしい響きです。

1月12日(土曜日) きょうは「ザンジバル革命の日」なのだそうです

 Wikipediaを検索してみたら、きょう1月12日が「ザンジバル革命の日」なのだそうです。<以下引用>1964年1月12日にザンジバル王国で発生した革命である。この革命によりザンジバル革命政府の統治のもとでザンジバル人民共和国が成立し、ザンジバルとタンガニーカの合併によるタンザニア連合共和国の成立につながった。<引用終わり>

 ザンジバルといえば、いま爆発的に人気のQUEENのフレディー・マーキュリーの出生地として知られるようになりましたが、我々にとっては何と言ってもZBC(Zanzibar Broadcasting Corporation)ですね。短波25メーターバンドで聞こえてくる独特の音楽とスワヒリ語の響きを耳にしていると、海外からのラジオ放送はほんとに素晴らしいと感じます。

 ザンジバルは、タンザニア本土とは文化圏が異なり、アフリカとのつながりとともに中東、特にアラビア半島とのつながりが強い地域でもあります。湾岸のUAEなどには、いまもザンジバルと姻戚関係をもつ人びとが少なからず住んでいます。私の知人のザンジバル出身者は、オマーンに遠縁の親戚がいると話してくれました。

 アラビア海を経て、ダウ船がはるばる湾岸からザンジバルにやってきたときに、イスラム文化やアラブ音楽も併せて伝わった関係で、タンザニアの大陸側ではクリスチャンが多く、音楽もアフリカンサウンドの特徴を持つ楽曲が多い一方、ザンジバルではイスラムの影響が強く、音楽もアラブ様式が色濃く出ているのが特徴です。放送では、イスラムの礼拝を告げるアザーンが流れますし、聞こえてくる音楽もちょっと聴いただけではアラブ諸国のメロディーかと思ってしまうほどです。ザンジバルのアラブ様式の音楽のことをスワヒリ語でTaarab(アラビア音楽)ということからもわかります。

 タンザニア・ザンジバルからの短波ラジオ放送は、送信が不定期で、最近は耳にしたことがないのですが、受信できれば安定しているので楽しめます。JST0300に英語のニュースが出ています。

 ちなみに、スワヒリ語の単語もアラビア語に起源をもつものが少なくないので、放送を聞いていると何を言っているのかが意外にも理解できます。放送を聞く際に参考になるスワヒリ語の単語としては:

taarifa ya habari = ニュース
mukhtasari = (ニュースの)要旨
habari kamili = ニュースの詳細
sikiliza = 聞く
msikilizaji = 聴取者
saa = 時間  ⇒ よく出るのが Saa za Afrika Mashariki(東アフリカ時間) だとか Saa za Zanzibar(ザンジバル時間) など

などの頻出単語・表現を聞き取れればよろしいかと思います。

Happy Listening !

1月11日(金曜日) インフルエンザ広がる…

 カラカラの天気が関東地方で続いている関係もあり、いよいよインフルエンザが広がり始めました。職場でもかなりの人数がインフルエンザに罹患して休んでいます。「きのう仕事の打ち合わせで会議室に一緒にいたのに、今朝になってその人がなんとなく熱っぽいというので医者にかからせたら実はインフルエンザA型に罹患していた…」などという事象があちこちで発生しています。こうなると自分の身に危険が及ぶのももはや時間の問題だと思います。

 会社のようなオフィス空間でこの猛威ですから、もっと閉鎖的な空間となる通勤電車の中はウイルスがうようよ…なのでしょう。少しでも鼻水をすすっていたり、せきをしていたりする人は「ウイルステロリスト」なのではないかと疑いの目で見てしまいます。電車の中というのは、マナーが悪い連中が多く、そういう輩に限ってマスクもなしに平気でゴホゴホやったりしています。予防の意味でも、他人に移さないという意味でもマスクは必需品になってきました。電車の中ではそのほかにも風邪をひいている人が、鼻をかんだ手でつり革や手すりを握るのを見るにつけ、とても恐ろしくなります。

 わたくしも、ここまではマスクを着用せずに生活してきましたが、周囲の状況があまりにも恐ろしいのでいよいよマスクの登場となりそうです。ウイルスをマスク着用でどの程度防げるのかはよくわかりませんが、何もしないよりはマシだと信じて。当然のことながら、手洗いとうがいの励行もしっかりと。

 みなさまもくれぐれもお気をつけください。

1月5日(土曜日) 胃カメラに映った物は…

 正月早々人間ドックで胃カメラを飲んできました。去年の秋に予約をいれようとしたら、先までいっぱいで、結局年始の5日なら空いているということになったものです。

 そもそも年末年始の運動不足と暴飲暴食が重なって、こんなときによりによって人間ドックを受診するなんていうのは暴挙にほかなりません。数値がよいわけがないのです。でも、ものは考えようで、この最低の時期に検査をすることで、最低の結果なんだから、ここを「底」と考えておけばよいのだと(笑)

 胃カメラも飲みました。「飲んだ」というのは、鼻からではなくて口から入れたからです。今回は鎮静剤を使わずに喉の麻酔だけでカメラを飲んだのですが、担当した女医がとても上手でまったく「ゲロゲロオエオエ」になることもなく、すんなりと終わることができました。胃カメラを飲んだというと、わたくしの周りの口の悪い人たちは「おそらく腹の中は真っ黒だったのではないですかぁ♪」などと決まったように言うのですが、残念でした! 医者は「と~ってもきれいな胃ですね。色艶もよくて♪」と褒めてくれるほどでございました。

 まぁ、正直なところ日ごろのストレスと不摂生がかなり悪い影響を与えているのだろうと覚悟していたのが拍子抜けで、まずは春から縁起がよかったということにしておきましょう。

1月4日(金曜日) Radio Kuwaitのウエブマスターからのつれない返信…

 Radio Kuwaitのホームページ(クウェート放送のHP)の中に、衛星、FM、MW、SWの周波数が掲載されているページがあります。ところが、そのページに掲載されている短波の周波数は依然としてA18(つまり去年の10月末まで有効)のものなので、HPのContact Usから「はやく更新してほしい」とメッセージを投げてみました。

 返信はないものと思っていたところ、意外にも返信がありました。でも、そこに書かれていたのは「ライブストリーミングを実施しているので、●●というサイト経由で聞いてくれ」といった内容のメッセージでした。こちらはわざわざ「短波の最新周波数を教えて欲しいのだ」と書いたにもかかわらず、その意図が相手方に伝わらなかったというわけです。ちなみに、そのメッセージに対しては、ダメ押しでもう一度丁寧に説明するメッセージを送ったのですが、もう一度返ってきた返信でも「ライブストリーミングはHP以外でもやっているから、ぜひそちらを…」といった内容でした。

 クウェート放送のHP担当者としては「あなたはこうやってHP経由でメッセージを送ってきているのだから、HP経由でライブストリーミングを聞くことができるでしょ? だからURLを教えるからそこ経由で聞いてくれればいいのです」と言いたいのでしょう。まぁ、何を好き好んでノイズの多い不安定な短波放送を聞くんだろう、と思われているのでしょう。

 洋の東西を問わず、ウエブ担当者なんていう連中は、オールドメディアのよさを理解しようとはしません。同じ音なんだから、しかもこっちのほうが音質がいいんだから、という考え方を押し付けてくるわけです。でも、こちらはあくまでも「短波で聞く場合」を前提に質問しているわけですし、それに答えればいいだけの話なのですが、放送局のウエブサイトの運営はネット担当者が行っていて、短波の周波数やスケジュールは技術局の周波数担当の守備範囲です。ウエブマスターにメッセージを送っても上記のような返信があって当たり前なのかもしれませんが、アップされている情報が古いというこちら側の指摘に対しての対応としてはマズいですね。

 とはいえ、ウエブサイトのContact Usにメッセージを送って返信があったのはこのKuwait Mediaが3局目で、ちゃんと返信をくれるだけマシというところでしょうか。ちなみに、Contact Usへのメッセージに対して返信をくれた他の放送局はRadio OmanとRadio Lebanonの2局です。Omanのほうは、英語の放送を聞いて受信報告を送ったのに対して、やはりウエブサイトとライブストリーミングの案内をしてきました。Radio Lebanonは「いつも聴取ありがとうございます」というメッセージでした。少なくともContact Usが機能しているということは素晴らしいというべきですね。

1月3日(木曜日) まだまだテープを整理しなければ…

 きょうは3が日の最終日です。箱根駅伝は復路のレースがありました。けさも応援にでかけてきました。今回の駅伝の結果は予想以上に面白かったので、結局テレビで最後のゴールまで視てしまいました。実は去年は応援しているわたくしの姿が一瞬テレビに映ったのですが、ことしは残念ながらダメでした。同じところに陣取っていたのですがね。

 さて、正月休みを利用して、古い録音テープの整理をしました。そうしたら、もう存在しないと思っていたり、あるいは存在を完全に忘れていたりしていた録音がまだ出てきて驚きました。イラクがまだ短波放送を大規模に実施していた頃のVoice of Palestine from Baghdad صوت فلسطين من بغداد (なんと、JST0100に独自のISで開始していた!)や、Radio Kuwaitの終了時の音声(国歌で終了。日本で録音した…)、アルゼンチンのRAEの英語放送の終了部分の録音(9690kHzでJammingもなく良好)などなど、デジタル化するのが楽しくなるほどの獲れ高となりました。今後どこかで公開したいと思います。

 …ということは、やはり早送りをしながらチェックして一旦はラベリングをしたカセットテープも、じっくり聴いてみないとチェック漏れがかなり生じているということです。これは困ったものです。つまり500本近いカセットテープの多くを実時間かけて聴いていかないといけないということですから、これは本当に助手が必要なレベルです。

 明日、4日は休暇をとって、週末を挟んで7日月曜日から仕事をする予定ですから、その間にもう少し処理を進めようと思いますが、さて、どこまで作業を進めることができますやら。

1月2日(水曜日) 正月ももう2日です…

 正月ももう2日です。きょうもめちゃくちゃ天気がいいです。風もないです。正月料理を食べ、ゴロゴロしていると体重が増えて仕方がありません… きのうの夜は食べ過ぎ、飲みすぎました。年末年始は休止しているウォーキングを再開しなければ…

 正月2日というと、恒例の箱根駅伝です。ことしも国道沿いに出かけて声援を送ってきました。目の前を選手が駆け抜けるのはほんの一瞬のことなのですが、とにかく一生懸命な姿を年始から目にすることはよいことです。ことしの往路は波乱含みで、なかなか面白い展開となりましたが、あすはどうでしょうか。普段はスポーツ生中継番組をテレビでは一切視聴しないのですが、箱根駅伝だけは例外です。どうしてもテレビをつけっぱなしにしてしまいます。

 きょうはこれから地元の神社に初詣にでかけます。年末から年始にかけて、キリスト教、仏教、神道、イスラーム教などが入り乱れてさまざまなイベントがありますが、このフレキシビリティーこそが日本のよさなのだと思います。人の弱みにつけ込んだり、信者じゃない人たちに恐怖感を与えたりといった邪悪な教えでなければ、それぞれのよいところを積極的に取り入れていけばよいのです。

2019年1月1日(火曜日) あけましておめでとうございます

 新年おめでとうございます。ことしもどうぞよろしくお願いいたします。

 去年は何かと慌しい一年で、ロクなことができませんでした。ことしはもう少し地に足をつけて仕事とプライベート・趣味とをうまくバランスをとってやっていければと思います。

 このHPもかれこれ15年近く(以上?)になります。日ごろの皆様の御厚情に感謝し、自分でも満足(自己満足)できて、かつ皆様にも面白がっていただけるようなHPとして運用していければと思います。どうぞ忌憚のないご意見やご感想を引き続きよろしくお願いいたします。

 年始早々ことしはある書籍にゲストとして「コラム」を執筆することになっています。締め切りは目前ですが、まだ手をつけていないというなんとも横着な状況です。文字数でわずか2000字程度ですのでさほど時間はかからないと思いますが… 書籍のタイトルですか?それは ひ・み・つ♪ということにしておきます。「ラジオ関係」ではないことだけは確かですけどね。

 ということで、2019年が皆様にとってよい一年になりますように祈念し、また新たに始動してまいります。

 أتمنى لكم جميعا عاما سعيدا، وكل عام وأنتم بألف خير
مع أطيب التمنيات بمناسبة حلول العام الجديد 2019م

12月31日(月曜日) 大晦日 ことしもお世話になりました

 いよいよことしも残り10時間あまりとなってきました。年始用の買い物に出かける前にこのブログを書いています。

 ことしも一年、このページに多くの皆さんが来訪してくださり、掲示板やメールでさまざまなメッセージをいただきました。どうもありがとうございました。

 アクティブに国際放送を聴いているわけでもなく、新しい情報を提供することも殆どできない状態にありながら、多くの皆様にご贔屓にしていただき感謝に堪えません。とりわけことし後半から急に来訪者数が増えたことはわたくしにとって驚きでもありました。

 いま、日本、そして世界は不確実な時代を経験しています。来年がことしよりもよい年になるなどという保証はどこにもありません。そのような世の中ですから、正しい情報とは何か、正しい選択とは何かを自ら判断していかなければ、見えない邪悪なものに自分たちが押し流されてしまいます。そうした中、国際放送をはじめとするメディアから能動的に情報を集めて自らの考えで分析し、自らの行動につなげていくことはとても大事だと思います。

 このブログの駄文は大半が過去のラジオの話や、日ごろ見聞きしておもしろいと感じた他愛もないエピソードで埋められていますのでおそらく何の役にも立たないのかもしれませんが、時折つぶやく、わたくしが感じる違和感や不快感についての文章から、情報に能動的に接していくことの大切さを共有できればいいと思っています。

 くれぐれもよいお年をお迎えください。

12月30日(日曜日) レコードのデジタル化

 ことしもきょうを含めてあと2日。つい先日クリスマスだったと思ったら、もう世の中の雰囲気は正月準備一色です。

 きょうは古いレコードの音源のデジタル化をしました。といっても、レコードをかけてそれをMP3化するだけの作業です。ただ、デジタル化といっても殆どがアナログ作業なのものですから、実時間分+αがかかり、効率が悪い作業です。

 我が家にはまだLPレコードが多数存在していて、プレーヤーも健在なのですが、一部のレコードについては比較的よく聴くのでいちいち袋から出す手間を考えるといっそのことCDに焼いてしまうほうが使い勝手がよいということなのです。

 LPレコードは、中心の穴の微妙なズレが原因で音声がワウってしまうことがしばしばあります。特にレコードの中心部に向かうほど音のゆれが大きくなります。その昔、中心の穴を少しずらして音のゆれを修正しようと挑戦しましたが、結局その努力は無駄になってしまいました。ズレの大きさを正確に修正することは素人には無理だったのです。

 結局今回のLPのCD化においては、音のゆれ、そしてレコード盤のスクラッチ音はそのままデジタル化することになりました。まぁ、こうしておけばレコード針もLPの盤面そのものも劣化することがないので、あと数枚デジタル化しておこうと思います。CD化されていない音源もありますから、こうしておけばある意味安心です。

12月29日(土曜日) 1976年のきょうのLOGから

 久しぶりに昔のLOGを紐解いてみます。きょうは1976年、つまり42年前の12月29日のLOGです。40年以上前ですよ!最近のように感じている(?!)のに、もう何と言っていいか言葉を失うほどです。

 いつものように、時刻はJSTです。

0400 11720 CBC Northern Service in English 35443 (CBC=Canada)
0430 5920 Radio Kiev in English 24332
0440 5038 Radiodiffusion Central Africa in Frensh 43443
1000 9610 Radio Vilnius in English 44444
1600 11950 Swiss Broadcasting Corporation in English 44443
1600 6095 HCJB Quito in unknown language 32432
1630 11970 R.TV Tunisienne in Arabic 34443
1700 3945 Radio Port Villa (New Hebrides Islands) in Pidgin English 33333
2120 6383 Radio Ulan-Bator in English 44444

この日は毛色の変わった局を、しかも早朝4時なんぞという、自分としてはかなりめちゃくちゃな時間に聞いていたことがわかります。学校が冬休みに入っていたのでこのような時間に起きていたのでしょう。ハイバンドが不調で、スイスを25メーターバンドで聞いていました。11970のチュニスが良好に聞けていました。このときはまだ私はアラビア語とは無縁でしたが受信報告を送った記憶があります。

12月28日(金曜日) 御用納め

 ことしも無事に御用納めを迎えることができました。とにかく年々時間の流れが加速度的に速まって、つい先日新年を祝ったのにもうことしも残りわずかに… みなさまにとって2018年はどのような一年だったでしょうか。

 時間の流れが速いということは、それだけ忙しかったということになるのでしょう。確かに毎日To Do Listを作成しても仕事をこなしきれないことがたびたびありました。「お座敷がかかる」ことはよいことだと思わなければならないのだと思いますが、その一方で「働き方改革」などというスローガンのもと、仕事が減らないのに給与を抑制しようという動きが広がって、やりにくいことこの上なしです。だいたい国に働き方をどうこう言われること自体大きなお世話だというものです。ならばもっと人を増やしてほしいです… などとブツブツ文句を言いながらも、とりあえず健康で過ごせたことはよかったかな。

 明日からは年末年始休暇に入ります。大掃除は11月に済ませているのですが、部屋の片付け、掃除は改めて行う予定です。

12月16日(日曜日) 忘年会の季節なんですけど…

 いよいよ12月も半分を過ぎて、今週はほぼ毎日のように職場関係の忘年会や食事会が開催される予定です。特に金曜日には2件出席する予定があり、正直なところ疲れてしまいそうです。懐のほうも…

 まぁ、グチはこのへんにしておきましょう。でも、面白いもので、普段はなんとなく毎日が過ぎていくのに、師走となるとなぜか皆が何か理由をつけて集まろうとするのですね。時代が変わって、職場の飲み会のような機会もほとんど無くなってしまった今日この頃ですが、師走だけは別ということで。声を掛けてもらえるということはありがたいことなのですが、少しインターバルが開いたほうがありがたいかな。

 集まるといえば、いまも日本各地でDXミーティングが開催されているようです。わたくしもかつて学生時代にはミーティングに出席していたのですが、就職して以来、そのような集まりに顔を出す機会はほとんどなくなってしまいました。現在、いわゆる「復活組」を含めてBCL人口は少し増えたようですが、短波国際放送局の数自体が減少傾向にある中で、ミーティングは「集まって情報交換をする場」というよりも「仲間とお互いの近況を確かめ合う場」として活用している方も少なくないのではないかと思います。

 わたくしも、ミーティングとは縁がなくなってなお、かつての仲間やラジオを通じて知り合った方々と話をする機会を時々持っています。もう昔の趣味からは遠ざかっている人も多く、殆どがラジオ以外の話題になります。それでも楽しくて、有難い時間です。

12月15日(土曜日) 実家のダンボール箱から…

 所用で実家に立ち寄る機会があり、1泊してきました。実家でかつて自分の部屋だったところは、大切にしていたものの多くが知らない間に親に捨てられてしまっていたのですが、なぜかラジオ関係の「紙もの」はダンボールに収められて保管されていました。今回、もう無いと思っていたものがいくつかまだ残っていることを発見しました。

 ダンボール箱には海外の放送局から届いたリーフレット類や雑誌類が入っていました。でも、重いので今回は持ち帰ることはせずに「絶対捨てないでね」とのメッセージを残して、引き続き保管を求めることにしました。

 部屋の中を見回してみたら、もう一つ小さなダンボール箱があって、それは確か以前に中を覗いたはずだったと思い込んでいたのですが、どうやらそうではなかった箱でした。開けてみるとこちらにもリーフレット類がいくつか入っていて、もう無くなったとあきらめていた資料も無事に残っていることが確認できました。

 そんな資料のうちほんの少しを手持ちで現在の居所に運びました。運ぶといってもわずかな量なのですが。資料の一つが、かつて国際放送を実施していたアフリカのRadio Ghanaの季刊誌です。アフリカがまだ元気で、各国が国際放送を実施していた1970年代を象徴するような資料です。ガーナの国際放送は、定期的にリスナーに雑誌を送ってくれたのです。そのほかにも、アパルトヘイトで悪名高かったRadio RSAのリーフレットや、社会主義革命後まもないエチオピアのVoice of Revolutionary Ethiopiaのリーフレットなどを救出してきました。

IMG_20181216_0002.jpg

 紙類というのは、きちんと整理しておかなければ単なるゴミとしての価値しかないのですが、今となってみればきちんと整理することで時代を反映する資料としての価値があると感じます。Radio Ghanaの雑誌などは、意外に持っている人も多いのかもしれませんが、現存残数が少ないとなると、研究者などにとっては特に価値あるものになるだろうと思います。実家のダンボール箱の資料は、こうなってくると簡単に捨てるわけにはいきません…

12月14日(金曜日) クリスマスカードが送れない…

 もたもたしていたら、きょうはもう12月14日です。あと1週間でクリスマス。そして今年も残すところ2週間あまりとなりっているではありませんか。

 海外からそろそろグリーティングカードが届き始めているのに、こちらはまだ手をつけておらず、確実にことしは間に合わないです。いつも礼を失するようなことばかりで申し訳ないことこの上なしです。

 ことしは特に時間が流れるのが速く感じられ、12月に入る前に「まだ時間がある」と余裕をかましておりましたところ、このような事態に陥ってしまったのです。年賀状の受付もいよいよ始まるというのに、当然のことながらそちらのほうも手付かずです。

 ところで、年賀状といえば、ことしは喪中はがきがやたらと多いのです。親御さんが亡くなられたとか、あるいはお世話になった方が亡くなられて御家族から喪中はがきが届いたり… 知人とは「まぁそんな年回りになったということだよ」という話をしております。特にことしは仕事でお世話になった大先輩が春に亡くなられたり、大学でお世話になった先生が亡くなられていたことがわかったりと、残念なできごとがいくつかありました。特に大学の先生のほうは、いちどお目にかかっておくべきだったと反省することしきりです。

12月9日(日曜日) 地下放送とは別の…

 きょうは、古いカセットテープの修復作業をしました。セットテープの何本かはリーダーテープと磁気テープのつなぎ目が切れてしまったりして修復が必要な状態です。たまたまスプライシングテープ(死語に近い!)が手に入ったので、2本を修理しました。

 修復したテープの中には何が録音してあるかだいたいわかっていたので、早く修復したかったのですが、何しろテープの切れた部分を貼り付けるスプライサーがないとどうしようもなかったのです。

 さて、復旧した録音の中におもしろい音が含まれていましたので報告しておきます。

 かつてオマーンの国営ラジオが放送していた「南イエメンのみなさんへ إخوتنا في جنوب اليمن」という番組です。これは地下放送というよりも、おそらく番組として扱うべきだと思いますが、要するに、1980年台にドファール地方をめぐって何かとフリクションが絶えなかったオマーンと南イエメンとの関係の産物です。オマーン国営ラジオが社会主義革命を輸出しようとする隣国南イエメンの住民に対して、社会主義体制のもとでの生活の不自由さ、物質の貧しさなどを宣伝する内容です。残っているテープには、アデンに住むリスナーからの手紙を読む(たぶん架空の手紙であろうと思われます)コーナーで「自動車のパーツも手に入らない不自由な生活を余儀なくされている」などというくだりが放送されていました。当時、オマーン国営ラジオの日本での受信はかなり難しく、受信状態が悪い中での録音だったのですが、それなりに聞き応えのある、というか世相を反映した内容で興味深いです。

 他方、当時の南イエメンの国営ラジオDYBSは、毎日「オマーン革命の声 صوت عمان صوت الثورة العماني」という番組を放送していました。こちらは君主制のオマーンの体制を覆す(今となっては本気でそのようなことを目指していたのかどうか…)というスローガンを掲げての放送でした。DYBSの受信状態は良好だったので、おそらくこちらのほうは記憶されている方もおられるかと思います。

 オマーンと南イエメン両国のプロパガンダ番組は、国際放送を持たない両国それぞれが国内向けに放送していたわけですが、いずれも短波で送信していて近隣諸国(隣国)でも番組が聞かれていることを想定して番組を編成していたという事実も、いま改めて考えてみると実に面白いものです。

 ちなみに、修復した2本のうち、もう一本のテープにはRadio Afghanistanのインターバルシグナルが繰り返し何度も録音されています。1976年から77年にかけての録音で、Radio Afghanistanのインターバルシグナルの原曲が大好きだったのでできるだけ良好な状態で残しておきたいと何度も受信に挑戦していたことをいまも覚えています。でもビームが逆だったので結果的にはあまり良好には受信できていませんでした…

12月8日(土曜日) ことばは変わる…

 古いカセットテープを整理していると、海外の放送だけでなく国内放送の録音も出てきます。きょう、1980年11月のNHKニュースの録音を発見しました。久しぶりに古いニュースを聞いていて気づいたことが一つ。

 ニュースの「ことば」がいまと違っているのです。もちろん、いまのように人権をはじめとする各種権利の保護といった視点がほぼ無いに等しい時代でしたから、「賭博の街ラスベガス」などといったいまでは絶対につけないような形容詞をつけるなど、違和感がある用語が頻出。でも、それ以上に気になるのが言い回しの部分です。なんと「…しております」「…につきましては」「…によりますと」などといった変に丁寧(?)な言い回しが目立ちます。その割に、文語調の部分もあるなど、全体的にアンバランスな印象です。ニュースの読みの速度もいまよりも遅めです。

 そういえば、北朝鮮の朝鮮中央放送の日本語番組が、一時期18時から0時と併行して20時から1時間、別の周波数で異なる日本語番組を編成していたことがありました。そのときのアナウンスで「別の周波数で放送しておりますが、その周波数を申し上げますと…」などという案内が出ていたのを思い出しました。朝鮮中央放送のアナウンスには強烈な違和感を抱いたものの、同じような言い回しでNHKのニュースが読まれていたことに当時あまり反応していなかったのは、用語、語彙の問題というよりも、あの独特のアクセントに原因があったのかもしれません。

 1980年というと38年前です。まぁ38年も経てばことばも変化するのは当然のことだとは思いますが、改めて録音を聞いてみるといろいろな発見があって興味深いです。

12月7日(金曜日) Radio Japanの特設放送

 公私共に忙しかったもので、先週末は更新作業をサボってしまいました。すみませんでした。

 さて、このブログでご紹介したRadio Japanの特設放送ですが、お聞きになった方はおられますか。私は仕事中だったのですが、少しの間抜け出してラジオを聴いてみました。13780kHzの受信状態はまずまずといったところでした。放送自体が南西アジア向けだったということもあり、全然聴けないかと思っていたのですが、1230にChina Radio Intl.のネパール語放送が終了すると同時にRadio Japanの放送が浮き上がってきました。

 今回の放送は南西アジアの言語をチャンポンにしての放送ということでしたが、ラジオで聴いているとどこまでが何語でどこからが違う言語なのかはよく聞き取れませんでした。ただIDは聞き取れました。

 同じ放送時間帯に複数言語で放送するというサービスのかたちは、南西アジア向けだから成立するものなのだろうと思います。マルチランゲージでの放送はRadio Vaticanと、社会主義時代のRadio Prahaで行われています(した)が、Vaticanのほうはいまはどうでしょうか。マルチリンガルというかバイリンガルチャンポンというと、まぁアフガニスタンの国内放送なんかはいまも番組によってはパシュトゥ語とダリー語が入り混じっての放送をやっていますが、これなどは稀有な例といえるかもしれません。もっとも、インドのテレビやラジオでヒンディー語の番組を視聴していると、英語の影響がどんどん強まっていて、文章の2割ぐらいが英語になっているので意外に内容を理解できたりすることがあります。これなどはマルチランゲージというよりも、ヒンディー語そのものが変化(人によっては「破壊」)しているということの現れなのだと思いますが。

11月25日(日曜日) 短波放送の黄金時代

 カセットテープを整理していると、古い放送の録音で受信状態がよくてしかも比較的長時間にわたってニュースや番組が録音されているものが出てきます。きょうも、録音したことをすっかり失念していた中東の放送の録音が出てきました。ひとつはRadio CairoのGeneral Programme(アラビア語)で1982年に9850kHzでの録音。もうひとつはRadio Kuwaitの9880kHzでの録音で、こちらはどうやら1980年のもののようです。

 古い録音は殆どの場合特段価値のあるものではないのですが、世界的に知られていたりインパクトを与えたような何らかの事件や事故、ニュースが録音されているとなると、その価値は跳ね上がります。でも、今回見つけた録音はそんな歴史的なものではありませんでした。Radio Cairoのニュースは、エジプトとイスラエルとの間でシナイ半島の返還について話し合いが継続されているというようなもの。一方のRadio Kuwaitは空軍士官学校の卒業式の模様だったりします。

 でも、毎日の放送をしっかり記録として残しているわけではないので、当時の世相を知るうえではこんな普段の放送の録音でもそれなりにおもしろく聞くことができます。エジプトの知人は、こうした普段の放送の録音が残っていること自体、興味深いことだと話しています。

 古い録音をきくと、当然のことだとはいえ、まだ送信機のメンテナンスが一生懸命行われていたのだということがわかります。短波放送の黄金時代の後半に差しかかろうというタイミングでしょうか。 いまRadio Cairoをはじめとするエジプトのラジオ放送は、特に中波の電波はとても音質が悪くて聞き苦しいのですが、残っている録音の音声は本当にクリアな音なのでそれだけでも感動してしまうほどです。短波送信機のメンテナンスに人もカネもつけなくなったこんにちのエジプト国営放送を見ていると本当に隔世の感があります。

 近々このような古い録音の中からいくつかをアップしてみたいと思っています。皆様のお手許にも放送を録音した古いテープが残っていませんか? ひょっとすると結構おもしろい内容が録音されていたりするのではないでしょうか?  少なくとも受信状態がとても良好で安定しているような古い録音は、聴くだけでも価値があるというものです。ぜひ皆様お手許のお宝をご披露ください!

11月24日(土曜日) クリスマスマーケット@横浜赤レンガ倉庫

 夕方から横浜のみなとみらい地区赤レンガ倉庫で開催されているクリスマスマーケットに出かけてきました。このごろは日暮れの時間も早く、朝夕はめっきり寒くなってきましたが、横浜港からの風がまともに吹いてくる会場は結構寒かったですね。でも結構混雑していて、あちこちでドイツ料理(といってもフランクフルトやソーセージや、グーラシュなど)の屋台や、クリスマスの飾りを売る店などがにぎわいを見せていました。

SN3V0661.jpg

 ただ、催しものは予想以上に小ぢんまりしていて、正直なところわざわざ横浜くんだりまで足を伸ばして立ち寄るほどでもなかったかなといった程度でした。ソーセージの盛り合わせだとかグーラシュとかはいつでも食べられますし… ま、雰囲気の中で飲み食いするというのがいいのかもしれませんけどね。なので、会場には30分も滞在すれば十分といったところ。その足で、本当に15年ぶりぐらいでみなとみらい地区を歩いてみました。

 みなとみらい地区は、かつてはJR根岸線の桜木町が最寄の駅だったのですが、いまはかつての東横線が地下に入ってみなとみらい線が走るようになったので、アクセスも様変わりして、便利になっていました。かれこれ30年前にできた観覧車などはいまも健在ですが、周囲に建物が思いっきりたくさん増えているので、往時の雰囲気とは大きく異なっています。

 それにしても、みなとみらい地区を歩いていて(他の場所も同じかも)やたらと目についたのが「ブラックフライデー」の広告です。去年まではブラックフライデーなんて言葉を見かけることはあまりありませんでしたが、ことしはやたらと目につくのです。Thanks Givingも何か知らない日本人がBlack Fridayを知っているとは思えず、これも「引っかかってくるものでカネになるものは何でも使う」というたくましい商魂のなせる業ということなのでしょう。

 11月のハロウィーンが、渋谷の混乱などでイメージダウンして、経済効果も右肩下がりだといわれる中、今度はBlack Fridayに照準が合わされているのでしょうか… なんとも節操のないことです 苦笑

11月23日(金曜日) Radio Japanの特設送信について

 NHKの国際放送Radio Japanのホームページに掲載されている情報によりますと、きたる12月7日(金曜日)のJST1230から1400までの90分間、インド向けの特設送信を実施するとのことです。周波数は13780kHzです。

 この特設送信は、NHK WORLD-JAPANが実施するインド関連のキャンペーン"Influential India"と連動したもので、90分間にわたってヒンディー、ベンガル、ウルドゥーの3言語をチャンポンで放送する、かつてRadio PragueがInterproramと称して複数言語相乗りで放送していたのと同じような形態となる模様です。

 今回、この特設送信についての受信報告に対しては、特別ベリカードの発行が予定されています。また今回に限り、日本国内での受信に対してもベリカードの発行が行われるとのことです。受信報告は、短波だけでなくネットのライブストリーミングの聴取に対しても有効。この場合は受信報告というよりも「聴取報告」ということになるのでしょうけれど。

 国内向けにRadio Japanがベリカードを発行するのは、確かガボン中継開始を記念して1984年の6月の受信報告に特別ベリカードが発行されたとき以来のことかと思います。私もあのとき受信報告を送って、担当者のサインが入った2種類のカードをもらいました。
RJ Moyabi QSL Green

RJ Moyabi QSL Red

 今回の特設送信関連の受信報告のあて先は 150-8001 NHKワールドジャパン India Special 受信報告係 となっていて、局側は特別ベリカードを確実に届けるため、宛名にタイトルのIndia Specialを必ず記すよう求めています。

 平日の午後で、しかもインド向けの送信なので日本国内での受信は難しいかもしれませんし、そもそも仕事中なのでオンタイムでの受信はほぼ無理なのですが、ライブストリーミング音声は聴取可能ですので、Radio PragueのInterprogram以来の多言語相乗り放送を聴いてみたいと思います。 

11月18日(日曜日) Radio Kuwaitその後

 Radio Kuwaitの英語15530kHzは、きょうはとても弱いです。1400JSTの放送開始部分ですが、1355ごろからすでに電波が出ていて、15515kHzのアラビア語総合チャンネルと同じ番組を流していましたが、1400JSTに時報が出て英語放送に切り替わりました。ただ、あまりにも信号が弱く、クウェート国歌もクリアには聞けないほどの状態でした。その後も受信状態はあまりよくならずに推移しています。

 一方15515kHzのアラビア語放送のほうは比較的きれいに聞こえています。SINPOで34443といったところでしょうか。きょうはJST1400のニュースを含めて「オマーンの第48回建国記念日」一色です。1430にニュースが終わった後は、オマーンの建国記念日にちなむ特別番組がずっと続いています。クウェートとオマーンは湾岸諸国6カ国で構成されるGCC(湾岸協力会議)のメンバーであることから、互いのナショナルデーには特別番組などを放送します。

 ちなみに、Radio Kuwaitからの周波数表のB18期分はいまのところまだ届きません。おそらく年明けにゆ~っくりやって来るものと思われます 笑

11月17日(土曜日) 古いラジオに灯を入れたのですが…

 我が家にはいわゆるアンティークの部類に入るであろう古いラジオが何台かあります。SONYの往年の名機と呼ばれたワールドゾーンシリーズのうち9と13、つまりCRF-5090とCRF-200や、TFM-2000Fなどのアナログレシーバーです。

 これらの受信機のうちTFM-2000Fは、わたくしがいわゆるBCLを始めたときに購入したワールドバンドラジオです。ただし、このTFM-2000Fは二代目。初代は酷使が祟って1980年代後半にお陀仏となり、この二代目が縁あって我が家にやってきたのです。チューニングがフライホイールのおかげでとてもスムーズです。当時スカイセンサーシリーズが出始めたときだったのですが、幸いにもICF-5800が「品切れ」状態だったためにこちらのTFM-2000Fを購入した(親に買ってもらった)のですが、このラジオがなければいまのわたくしは存在しなかったであろうほどの影響力がありました。感度も音質も、当時のラジオの中ではかなりよかったと思います。我がHPのインターバルシグナル・アーカイブの受信音の多くがこのラジオで集めたものです。音質のよさは、当HPでアップしている音声を聴いていただければわかるのではないかと思います。

TFM 2000F 近影

 実はこのTFM-2000Fですが、ここ1年以上「灯入れ」をしたことがありませんでした。そもそもラジオをたくさん所有していても聴くのは所詮数台がせいぜいというところです。しかも、この二代目についても経年劣化が著しく、接点はガリガリでバンドの切り替えもうまくやらないと音が出てこないという状況です。だからこそもう少し頻繁に電源を入れてやる必要があるのでしょうけれど。きょう、部屋を片付けながら、ふと電源を入れてやろうという気になり、久しぶりにコンセントにつないで音を出してみました。ところが、案の定スイッチを入れてもウンともスンともいいません。ついに完全に壊れたか、とがっかりしつつ、それでもバンド切り替えのロータリースイッチをガチャガチャ動かしていた、突然「ガ~~~~」というノイズが発生し、音が復活しました。チューニングしていくと、中波とFM、そして短波の4つのバンドのうち一番高いバンドで放送が受信できました。ただ、接点が不安定なので突然音が聞こえなくなったりします。短波の1~3までのバンドでは「ラジオNIKKEI」すら受信できず、これはもう少しガチャガチャやらなければならないようです。いま、何の意味もなく中国語局を受信して音声を出しています。しばらく音を出したのちに、片付けようと思います。

 さて、往年の名機のうちCRF-200(いわゆるワールドゾーン13)についても電源を入れてみました。仕事関係の先輩から90年代前半に譲り受けたラジオですが、こちらもかなり悪い状態でして、中波と長波、FMでは放送が受信できますが、ロータリースイッチで選択する短波のほうは残念ながらガリガリいうばかりで放送を受信することができません。一年以上前に電源を入れたときにはそれなりに放送が聴けていたので、こちらも接点の問題かと思います。このラジオもスピーカーが大きめなので音質は良好。FM放送を聴くには十分かなと思います。CRF-200は、AC電源コードの形状が古いソニーの4穴仕様です。

 もう一台のCRF-5090は、どうやらコンデンサーが飛んでしまったようです。前回灯入れしたときに、すでに大きな音が出なくなるなど、厳しい状態だったのですが、ついに… こうした古いラジオを修理してくれる人が何人かおられるようですが、それなりの費用もかかるようなので、5090はあきらめようと思っています。5090はこのCRFシリーズの中では唯一エア・バンドが受信できます。ただ、エア・バンドについては我が家にはICF-2001Dという心強いラジオがおりますので、わざわざ5090で受信する必要はありません。

 古いラジオを大事に持っていても何になる?と思いつつ、でもいまのところはまだ廃棄する気にはならないですね。

11月16日(金曜日) 録音文化の日 だって!

 きょう、11月16日は「録音文化の日」なのだそうです。ネットで調べてみたら「1878(明治11)年のこの日、東京大学に招聘されていたイギリス人外国人教師ジェームズ・ユーイングが、持参した蓄音機を使って日本初の録音・再生の実験を行った」ことを記念して定められた(誰が?笑)ようです。

 録音技術はその後、磁気テープから光ディスク、HDDやカードへと進化してきました。録音技術もアナログからデジタルへと変化してきました。いまでは、個人レベルでデジタル録音が可能で、さまざまな大事な音源を劣化させることなく保存することができるようになっています。媒体自体が劣化しなければ、という条件つきではありますが。

 我々が子どもの頃はCDなんてものはありませんでしたし、自分でそのようなものを製作できるなどとは想像もつかなかったことです。さらに、いまはメモリに音源を保存する時代となり、複製や持ち運びが容易になりました。ただ、個人的にはやはり「何かが動いていないと物足りない」という気持ちがあり、音が録れているのかどうか、とても不安になってしまうのも事実です。

 当ブログでも何度か書いてきましたが、いまわたくしが直面している喫緊の課題は、古いカセットテープの音源をデジタル化して保存するにはどうすればよいか、どうすれば手間がかからずにそれができるか、です。この作業、手間がかかります。カセット音源を流しながらデジタル化するので、確実に「実時間+α」を要します。自動的に音源をMP3に変換できるカセットプレーヤーが発売されているのですが、どうやら音質が悪いようで、また回転の安定度も低くていわゆる「ワウる」らしいのでこれは論外。結局のところ長く使っている大型のカセットレコーダー(これが大事です、回転が安定しない小型のプレーヤーは論外なので)から、デジタル録音機に音を流し込んで、こまめにデジタル化するしかない状態です。幸いなことに我が家の音源(カセットテープ)には「カビ」は発生していないので、あとはテープが切れないことを願うばかりです。

11月11日(日曜日) Radio Kuwaitの英語放送~ペルシャ語放送の冒頭 15530kHz

 インドのチェンナイ在住のSekar PS氏からRadio Kuwaitの英語放送(アジア向け)が15530kHzで受信できると報告があり、当方でも試してみたところ、比較的良好に受信できています。JST1600過ぎからSINPO34343程度と安定しています。Radio Kuwaitの英語アジア向け送信はA18期までは11970kHzで出ていることになっていたのですが、日本での受信状況はよくありませんでした。また11970kHzはDRMモードでの送信だったようですが、15530kHzはAMモードでの放送です。

SN3V0655.jpg

 この時間の英語放送は国内向けに93.3MHzで放送されているマルチリンガルネットワークで放送されているものを海外向けにも出しています。英語放送はその編成の一部です。このネットワークはRadio Kuwaitのネットライブストリーミングでは提供されていません。英語の時間はJST1400から1700と0200から0600で、0200からの放送も海外向けに短波送信されています。この放送は国内向けも兼ねているので、クウェート内務省からの交通違反への注意喚起がアナウンスされていたりします。

 Radio Kuwaitの英語放送は、ニュースと文化番組以外は欧米のポップスやラップなどを流しています。また曲の合間にはIDがあまり出ませんので、ちょっと聴いただけではこれが中東からの放送かどうかわからないぐらいです。その昔、Radio Kuwaitの英語放送は、イージーリスニング曲をたくさん流していました。

 JST1757から英語放送の終了アナウンスが出て、クウェート国歌で終了。そのまま時報をまたいで次のペルシャ語放送(Seday-e Farsi az Radyo Kuwayt)がこの周波数で出てきました。ペルシャ語放送もIDのあとクウェート国歌、コーラン朗誦で放送を開始しています。Radio Kuwaitのペルシャ語放送を良好に受信したのは多分初めてだと思います。と、書いていたら1707JSTに電波が突然切れました。周波数の切り替えが遅れたのでしょう。うっかりしていてペルシャ語放送の開始アナウンスで周波数をどうアナウンスしているかを聞きそびれましたので、次回までの宿題としておきます。Radio Kuwaitから周波数変更の情報が届くのは恐らく数か月後になると思うので、それまでに自分で確認します。

11月10日(土曜日) ベルリンの壁崩壊から29年

 きょうはベルリンの壁崩壊から29年にあたります。1989年のきょう、わたくしたちはテレビでベルリンの壁が崩壊する様子、正確には人びとが壁の上にのぼって壁を壊す様子など、を目の当たりにしました。歴史が大きく動く瞬間をニュースで知ったのです。ベルリンの壁崩壊当日ほど「現地にいたかった」と感じたことはありませんでした。 

 1980年代の前半には東西冷戦がこのようなかたちで収束に向かうとは想像もできないことでした。そしてこの後2年ほどで東側諸国では政変のドミノが起き、国際秩序は瞬く間に変化することになりました。

 東西冷戦が収束したときには、これで平和な世界が実現するかもしれないとの期待が広がった(少なくとも私はかすかな期待を抱いていました)のもつかの間。世界は地域紛争と対立の渦に巻き込まれていきます。ソ連の崩壊とともにソ連軍が撤退したアフガニスタンではさまざまな軍閥が勢力争いに明け暮れるようになりましたし、東西冷戦構造の崩壊とほぼタイミングを合わせたかのように90年8月にはイラクがクウェートに侵攻し、さらに93年には統一まもないイエメンで武力紛争が勃発しました。世界各地で宗教の名を騙る過激主義者グループなどの台頭もあって、その後こんにちまで国際社会は安定とは程遠い状況が続いています。

 余談ですが、わたくしが好きな曲のひとつにドイツのバンドScorpionsのWind of Changeがあります。ご存知のとおり東西冷戦収束を象徴する名曲です。

11月9日(金曜日) 1976年のきょうのLOGから

 ブログの更新が滞り気味なので、ここで久しぶりに昔のLOGを引っ張り出してお茶を濁してみます(笑)

 きょうは1976年11月9日の受信記録です。42年前ということになりますかね。信じられません。そんなに昔のことになってしまったとは… 例によって、時間(JST)、周波数、局名、使用言語、受信状態(SINPO)の順に記載しています:

0130 9525 Trans World Radio Monte Carlo in Bulgarian 23432
1200 9785 Radio Kiev in English 34433
1345 15400 Radio Bangladesh GOS in English 34443
1500 15100 ORF Austria in German 34433
1530 6095 HCJB Quito in English 43443
1640 11815 Radio Free Europe in Hungarian 44433
1620 15305 Swiss Broadcasting Corporation in English 44443
1630 15415 Radio Prague in English 23432
2120 6383 Radio Ulan-Bator in English 44433
2300 11740 Radio Netherlands in English 44443
2330 7345 Radio Prague in English 33443

 と、あまりたいした局は聞いていなかったのですが、このLOGからは、チェコスロバキアのRadio Pragueのアジア向けを21700kHzではなくて15415kHzで聴こうとしているなど、ハイバンドの状況が芳しくなかったことが伺えます。たしか、翌年の1977年の冬あたりが最悪のコンディションだったように記憶しています。ラジオが壊れたのかと思うぐらいハイバンドが静かだった時期でした。

11月3日(土曜日) 箱根にススキを見に行ってきました

 きょうは文化の日です。しかもいつの間にか11月です。ことしも残すところ2ヶ月を切ってしまいました。早いです、時間が経つのがめちゃくちゃ。

 南関東地方は朝から曇りがちだったのですが、これまで毎年行こうと思いつつ行けなかった箱根の千石原のススキを見に出かけることにしました。電車にしようか、クルマで出かけようか迷いましたが、けっきょくクルマで向かうことにしました。渋滞を覚悟で…

 高速道路は案の定渋滞してました。そして箱根方面に入ってからも、湯元のあたりがひどい混雑。「あ、ここは大学駅伝が走るところだ...などと気を紛らわしながら箱根路をノロノロと走っていくと、目の前にススキの野原が見えてきました。でも悪いことに雨が降り出しました。空を見ると雨雲がびっしり。

 雨が降ってきたためか、駐車場からは早々に出て行くクルマが多く、意外にも待たずにクルマを止めることができました。傘を手にススキ原に向かうと、運のよいことに雨が上がり薄日が差す展開に… 

 旅のガイドブックにも載っているし、この季節になると新聞をはじめとするメディアでこのススキの原っぱのことがとり上げられるので期待していたのですが、正直なところ「まぁ、こんなもんかな…」という感じでした。規模感といい、風景といい。真っ青な空の下、風が適度に吹いていたらまた雰囲気が違ったのかもしれないな などと思いつつ、数年越しの念願がかなった一抹の達成感とともに山を下りることにしました。

 それにしても、わたくしは基本的に混雑する場所が大嫌いなので、きょうはほんとうはどうなるか心配だったのですが、途中の渋滞はあったにせよ意外にスムーズに行き来できたことにホッとしました。これぐらいなら行楽地も悪くないかな…という感じで。

11月2日(金曜日) Radio Kuwait 安定して受信できています

 今週の日曜日、つまり10月28日から国際放送の世界ではB期に入っています。周波数変更を行った放送局も多いと思います。表題にも書きましたが、クウェートからの短波放送極東向けは周波数変更がありませんでした。依然として15515kHzでアラビア語総合番組が安定して受信できます。送信されている時間は以前と変更なくJST1400から1800です。

 短波による送信自体、多くの放送局が規模の縮小を続けている中、BBCなど大手については「下げ止まり」を見せています。短波の有効性が低下しただとか、無用になったとかという議論がある中、やはり有事、天災などのときには電波媒体は重要です。とりわけ国境を簡単に越えられて、しかも受け手側でも電池があれば何とかなるというラジオ媒体の重みは消えていません。一度手放してしまうと、短波の大規模な送信設備を建設することはなかなか難しいことなどもあります。Radio Kuwaitも含め、そう簡単に「All or nothing」の判断を下すことはできない という考えが根底にあるとすれば、それが国際放送機関の矜持というものだと思います。

 という話をしたばかりで恐縮ですが、やはりエジプトのラジオ国際放送Radio Cairoの様子が変です。2017年ごろから海外のDX関係サイトなどで、エジプトのRadio Cairoの短波周波数が受信できなくなっているという報告が出始めて、確かに殆どの周波数が聴取不能に陥るという事態が発生しています。電波を出している送信時間帯もあるようなのですが、実情はどうやら政府の予算が送信機の保守点検にまわらなくなっているために、電波の質が著しく劣化している様子です。欧州で受信されている一部送信についても、メンテナンスが悪く、音質が劣悪なほか、周波数が安定しておらず、また信号もあまり強くないという状況です。

 Radio Cairoの国際放送部門に勤める知人に尋ねてみると、ラジオ国際放送Radio Cairoの廃止という具体的な話はまだ出ていない様子ですが、局員たちはなんとなくそのような空気を感じているとのことでした。エジプトの短波放送というと、かつて70年代から90年代初頭にかけては多くの周波数を使用して、中東およびアフリカを代表する国際放送だったのですが、いまは見る影もありません。

 エジプトはテレビ国際放送もいくつかのチャンネルを運用していますが、見ていてもあまり面白味がありません。Nile TVでは英語、フランス語、ヘブライ語のサービスを実施していますし、ESC(Egypt Satellite Channel)は国内向けの番組を抜粋編成して放送していますが、いまだに「エジプト考古学の旅」などという悠長で代わり映えのしない番組を垂れ流しています。ラジオもテレビもチャンネル数だけは多いのですが、そもそも何をどう伝えるかというポリシーがエジプトの国営メディアにはないのが問題です。

 いずれにしても、エジプトの短波国際放送は、2011年のムバーラク政権崩壊後のエジプトの政治的混乱の中で忘却の彼方へと押しやられてしまった感じがあります。短波もネットも失って、制作された放送番組は出口に何を見出すのでしょうか…

Index of all entries

Home

Tag Cloud
Search
Links
Feeds

Return to page top