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中東と世界をラジオで聞く ~店主の独り言~

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1月7日(土曜日) 40年前のきょうのLOGから

 ネタがないときの話題。昔のLOGから…です。
 きょうは40年前、つまり1977年のきょう、1月7日に何を聞いていたかを古いLOGブックから見てみたいと思います。

JST
1000 15100kHz Radio Vilnius (English) 44444
1345 15400kHz Radio Bangladesh (English) 23332
1525 15290kHz Voice of Malaysia (English) 24332
1550 15105kHz ORF (German) 23432
1700 11730kHz RTVE (Spanish) 34443
1830 9550kHz Radio Finland (English) 34433
1940 7500kHz VNG-Australia 44433
1955 9655kHz Radio Thailand (English) 34443
2000 7180kHz BBC (Japanese) 54444
2015 9605kHz DW (Japanese) 34443
2145 12025kHz Kol Israel (Frensh) 34443
2215 17920kHz Radio Cairo (English) 24332
2300 11960kHz Kol Israel (Yiddish) 34433 Jammed
2300 11740kHz Radio Netherland (English) 34443
2330 5035kHz Radio Alma-Ata (Kazakh) 44433

といった具合でした。

 このころは、やはりリトアニアSSR(当時)のRadio Vilniusを熱心に聴いていました。ちょうど76年の新年番組で自分の投書が読まれたということと、極東中継が始まって受信状態が飛躍的によくなった時期でもありました。それから20年ほど後、ソ連崩壊後にヴィリニュスの放送センターにお邪魔し、あの新年番組で自分の投書を読んでくれたVirginia Budorite女史と実際にお会いするような日がくるとは、1976年にラジオを聴いていた自分の中では想像もしていませんでした。ソ連が崩壊するということ自体がこの頃は絵空事みたいなものでしたから…。時の流れ、人の縁とはなんとも面白いものです。

1月6日(金曜日) 値上げ

 きょうは散漫でとりとめのない話をします。

 年始早々物の値段が高くなっています。ひどいのは野菜、中でもキノコ類。あとガソリンの値段も徐々に上がってきています。今に始まったことでもないですが、ヨーグルトのパッケージがいつの間にか小さくなり、袋入りの菓子の量も減っています。いずれも「宣戦布告なき闇討ち」状態です。

 特に目立つのはシイタケとマイタケの高騰です。年末から年始にかけて、急にシイタケがものすごい値段になって驚いています。シイタケの原木不足などの理由で生産量が減っているというのですが、なんでこんなに急に値上がりしたのか不思議です。原発事故の影響もあるそうです。マイタケはテレビ番組でその効用が宣伝されて一時的に品薄になったあと、そのまま値段が高止まりしているようにも思えます。鍋料理の材料をそろえようとするとき、一瞬考え込んでしまいます。

 ヨーグルトについていうと、かつては500グラム入りだったものがいつの間にか450グラムや400グラムに減っています。値段はとりあえずほぼ以前と同じということで、実質的な値上げ。これについては事前にアナウンスがあったようななかったような…。牛乳の価格はさほど上がっていないと思うのですが。メーカーによってバラツキがありますが、最も悪質だと思うのは「●崎グ●コ」で、中身が大幅に減っているのにしっかり値上げもしています。不愉快なのでこの会社の商品はできるだけ買わないように、ほんのささやかな抵抗をしています。

 菓子の袋の中身が減っていることについても皆が気づいているはず。でも、こんな菓子類は別に絶対必要というわけでもないので、どうしてもという時以外は買わずに、別のメーカーのコスパがましな商品を買います。

 チーズも以前と比べるとずいぶん小さくなっています。あの6Pとかベビーチーズとか。めっちゃ薄くなりました。

 と、物価についてあれこれ文句を言っていますが、これって本当に正当な理由があって値上げしているのでしょうか。経済政策に失敗した政権がどうしても経済をインフレに持っていきたいと考える中、メーカー各社がここぞとばかり便乗して値上げをしているように思えるのですがどうでしょう。メーカーとしては免罪符を得たようなもので、ベクトルは一致しているのでしょう。デフレスパイラルの中で無理やり値上げを引き起こして「賃金アップに結果としてつながる」などという理屈でしょうか。 

 しかし、そんな姑息な手を使われても、消費者は必要以上のものは買いません。少なくとも私は。財布の紐はもっと固くなります。大手メーカーが儲けても所詮は内部留保にまわるだけで、我々の給料には反映されてきません。物価上昇だけが先行して正のスパイラルにつながらない状況は続くと思います。株価上昇を見て経済状況がよくなっていると言っている人たちもいるようですが、庶民には実感はありません。景気さえよければ人種差別だろうと独裁政治であろうと何でもOK、というようなカネの亡者たちがこの国、この世界を加速度的にダメにしているように思えます。

2017年1月2日(月曜日) 謹賀新年

 あけましておめでとうございます。ことしも皆様にとってよい一年でありますように。
 昨年一年間、このHPの更新が滞る中、皆様からメッセージをいただき感謝に堪えません。HPの存在意義、価値を考えると継続するかどうか迷っていましたが、とりあえず継続こそ力であるとの認識を新たにし、細々とではありますがこのHPを続けてくることができました。今後ともよろしくお願いします。

 さて、話は変わって、大晦日の紅白歌合戦、視ましたか?私も一応視ました。一部の時間帯は「らじるらじる」でラジオ放送を聴いていました。総じて言うと、とても見ていられないほどの雑な演出で、歌手のパフォーマンスもとてもヘタクソに思えたのは私だけではなかったのではないかと思っています。何であんなに酷い番組になってしまったのか。しかも最後の投票の結果が出来レースのようで、興ざめ。タモリとマツコの使い方もめちゃくちゃ。出演者に失礼だったのではないかと心配になりました。と、いいながらも、他のチャンネルは暴力(スポーツではないと思いました)やらアホ番組やらで、選択肢としてはやはり紅白を視てしまったわけで(笑)。ま、おそらくこれから色々な分析や評論が出てくると思うので、それを読んでみたいと思っています。

 国際放送の世界に目を向けると、国際情勢が不安定さを増す中、役割が終わりつつあるといい続けられてきた短波はまだその役目を果たしています。特に東アジアとアフリカ地域です。BBCワールドサービスは近々11言語によるサービスを開始すると発表し、その中には短波を使用する言語もあるとしています。朝鮮語放送が始まるというのは最も大きな話題になっていますが、私としてはインド向けのグジャラート、タミールなどの言語サービスが行われることになったことに注目しています。インドの旧宗主国であるイギリスが、インド向けに英語ではなく地域言語でのサービスを行うという意味はとても興味深いものです。

 思えば、10年ほど前にインドのニューデリーに出張したとき、タクシーの運転手がまったく英語を解さず、目的地に行くのにとても苦労した記憶があります。社会的階層や地域差もあろうかと思いますが、我々が想像する以上にインドは広大な国なんだという事実を思い知った気がします。どこかの国の国際放送は、インドは英語圏だから英語で情報を発信していればよい、地域言語は英語で代替できると考えてきたようですが、このBBCの政策がどのようなデータと分析に基づくものか、改めて立ち止まって考える必要があると思います。

 このようなネタで、これからも時々更新かけていきたいと思います。時々覗きに来てください。  店主敬白

 

 

12月24日(土曜日) WRTH2017

2017年版のWRTHが手許に届きました。写真左手は1962年版。両者の間には55年という歳月が…。

WRTH 1962 WRTH2017.jpg

内容を見ると、当然のことながら国の数、放送局の数、周波数等々とても大きな差があります。

ここ10年以内に世界で国際放送が始まって100年という節目がやってきます。いま、世界的に大きなメディア変革が起きています。インターネットがあたかもオールマイティーであるかのように勘違いされている面もあります。しかし、国境を越えて自由に情報の伝達・受信が可能なメディアは、やはり電波媒体、とりわけ短波を置いて他にありません。

情報の洪水の中で、ややもすれば我々は溺れて方向性を見失いがちなこんにち、自らの意思で海外からの放送を受信し、情報に直接触れることができるいわゆるBCLという趣味は決して時代遅れではないと感じています。

11月26日(土曜日) テーマ音楽発掘 ~ DW日本語放送 放送マガジン

 インターネットのアプリを使った、放送のテーマ音楽発掘作業を続けています。先日は、Radio Kuwaitの「夕刊 جريدة المساء 」というニュースショーのテーマ曲の原曲をついに発掘し、Youtubeで聴くことができました。アナウンスが乗っていない原曲を聴くのは初めてですが、まったく同じ演奏だ(当たり前ですが)ということに感動してしまいました。

 中東のラジオ局が使っていた楽曲の中には、アラブ音楽も多く含まれていて、残念ながらそれらは検索にひっかかってくれません。それでも30年以上前に聴いて、ずっと気になっていた楽曲の正体が徐々に明らかになっていくことに、その都度スリルと喜びを感じつつ作業をしています。

 中東のラジオ局のテーマ音楽について話をし始めるとキリがなくなる反面、多くの皆さんはRadio Kuwaitの「夕刊」などといっても興味がないと思いますので、詳細な情報はここでは割愛します。もし知りたいという方がおられましたら個別にメールでお尋ねくださればお答えしますね。

 そんな中、おそらく多くの方々が興味を抱かれるであろう楽曲を紹介しておきます。Deutsche Welle日本語放送の「放送マガジン」のテーマ曲の原曲です。Youtubeで Berry Lipman and His Orchestra – Amigos と入力してみてください。懐かしいあの曲が聴けるはずです。「放送マガジン」のテーマ曲は、なぜか強烈に印象に残っている楽曲の一つです。軽快なイントロの中にマリンバの旋律が入っていて、それを風呂上りの夕べのひと時に聴いたときの情景とともに蘇ってくるのです。皆さんも、それぞれの記憶の中にある特定のシーンと紐づいているメロディーがあるのではないかと思います。

 ほかにも懐かしい音の発掘を続けて、何か情報が出てくれば皆さんに紹介しようと思います。

11月5日(土曜日) BCLグッズ 巨匠のイラスト

 確かかなり前にも我がHPで紹介したことがあったかと記憶している、日本BCL連盟が販売していたBCLTシャツの話です。

 我が家には当時のBCL連盟からもらったTシャツが2枚現存しています。全部で3枚あったはずなのですが、たぶん1枚は捨ててしまったと思います。大事にとっておいたのではなく、かなり着込んでしまったものですが、シャツに描かれたイラストがかの手塚治虫さんによるものだということで、最近はなんとなく着るのをやめていました…

 しかし、綿のTシャツは、年月が経つとどうしてもシミが出てきます。しかも、何度も着てしまったものですから、正直なところヨレヨレになっています。

 それでも先日、酸素系漂白剤につけおきした上で煮沸してシミがどれぐらい抜けるかやってみました。その結果がこの写真です。見た目は大変きれいになったように見えますが、やはり細かいシミまでは消えませんでした。これ以上煮沸すると繊維自体がだめになってしまうので、ここまでにしました。

SN3V0044.jpg SN3V0046.jpg


 大御所手塚治虫さんに特別にイラストを描いてもらったものなのでしょうが、1970年代から80年代当時、BCLという趣味がいかに社会的に認知されていたかを示す遺産(?)の一つと言えるでしょう。

 とりあえずできるところまできれいにしたシャツは、折りたたんでクローゼットの中にしまってあります。

11月3日(木曜日) ブログの写真には注意

 先日、イラクのモスル付近で日本人がイラク当局に拘束され、日本政府が解放を求めているというニュースが報じられました。日本側のニュースを見ていると、フリージャーナリストが取材中に拘束された… と書かれています。

 しかし、この事件をめぐってイラク国内から発信されるツイートなどを見ていると、この日本人は「フリージャーナリスト」ではなく、「テロ組織ISの日本人協力者」だと見られていることがわかります。実際にそのようなキャプションがついた写真がアップされています。

 この日本人は、かつてISに日本人2人が拘束されているときには、自分がテロ組織の取材をしたことがあり、テロ組織とのパイプ役になれるのだと話していました。そして、テロ組織の指導者であるバグダーディーと一緒に撮った写真を自らのブログに掲載したりしていました。まぁ、結局人質の解放は叶わず、2人は殺害されたのですが。

 今回、イラクの人びとがこの日本人に厳しい反応を見せている背景には、この人物が単にバグダーディーとともに写真に写っていただけでなく、ISのポーズ(人差し指を挙げる)をニコニコしながらとっていることにあると思います。もし本当にフリージャーナリストで、ISのシンパでないのなら、バグダーディーと写真に写っても決してISのポーズをとるなどということはしないと、普通なら考えるのではないでしょうか。

 イラク当局は、おそらくこうした写真を含めて過去の経緯を厳しく質しているのだと思われます。この日本人が本当にテロリストたちを支持しているのであれば、正気の沙汰ではないと思われますし、そうではないというのであれば、過去の行為は軽率で無責任なスタンドプレーだったと言われても仕方がないのかもしれません。

 そういえば、ISに殺害された2人の日本人のうちの1人がブログに掲載した写真にも、武器を手にシリアの反政府勢力でISと対峙している勢力と一緒に写っているものや、日本の右翼軍国主義者と一緒に写っているものが多数ありました。その日本人がISに拘束されてすぐに、日本人のブログに掲載されていた写真がテロリストたちの間に拡散していました。そして、その人物が「スパイ」であると断定的に書かれていました。ISの理解では「スパイ」は即刻処刑ということになっています。ブログの写真によって自らを危険にさらしてしまったということでしょう。

 ブログに掲載している写真は、いまや世界中で見ることができ、何かあれば日本国内だけでなく全世界的に瞬く間に拡散する。たとえ日本語で書かれたブログでも、いまは電子翻訳があるので、その内容まで拡散していきます。SNSの便利さの裏にある恐ろしさに気づいていないと、思わぬところで足をすくわれかねません。

10月29日(土曜日) Radio Mosul復活 Radio Al-Bayanの今後は?

 イラクの各メディアは、テロ集団ISによって2014年から占領されているイラク北部の町モスル解放に向けて作戦が進んでいる中、国営ラジオのモスル局が放送を再開したと伝えています。

 モスル局の番組は、ネットストリーミングでライブで流れているので日本でも聞くことができます。時々サイトごと落ちていることがありますが、つながっている時には比較的安定して音声が聴けます。直リンクは: こちら です。

 ロイター通信が伝えるところによると、モスル局のスタジオは、モスルの南約60キロにある空軍基地に置かれているとのこと。放送の中で103.3MHzで放送を実施しているとアナウンスされています。放送が始まったのは10月4日といわれています。番組は、ニュースやIS支配下では禁じられている音楽のほか、モスルの住民に向けたさまざまなメッセージが頻繁に流れています。

 一方、2年あまりにわたってモスルを支配下に置いてきたテロ集団ISの放送、Al-Bayanのほうは、10月上旬以降一時聞かれていないという情報が、こちらもイラクのメディアから出ています。Al-Bayanのネットストリーミングはたびたび閉鎖を余儀なくされて、URLがつぎつぎと変わる状態が続いてきました。最近ではライブストリーミングが聞けない状態が続いていましたが、ここにきて一時的に(?)復活していることが確認できました。ただ、これはウエブ上でのストリーミング放送のこと。現地で放送されているとされるFMのほうは一部の報道によると、10月7日の空爆によって施設が破壊され、放送が出ていないとも言われています。ウエブ放送もモスルで放送を制作しているのかどうかはわかりません。

 空爆によって地元のラジオ放送の電波を沈黙させ、その代わりに米軍主導の放送を流す… というのは、アフガニスタンやサッダーム・フセイン政権下のイラク向けに行われた心理戦のプロセスと同じです。ただ、アフガニスタンやサッダーム・フセインのイラクと今回が決定的に異なるのは、もともとISはモスルの住民にラジオを聞くことを禁じてきたと言われており、もしそうだとすると国営ラジオのモスルからの放送が再開したとはいえ、どのぐらいの住民がそのメッセージを受信できているのかは不透明な状況だということです。家の中に隠し持っていたラジオをどのくらいの人が聞いているのでしょうか?

 ISはモスルの住民を「人間の盾」として利用していることは明らかで、民間の犠牲をいかに最小限に食い止めながらモスルの解放が行われるのか、状況は大変心配すべきものだと思います。

10月26日(水曜日) 追悼 肝付兼太さん

 ずっとこのことをこのページで書こうと思っていたのですが、きょうまでページを更新できていませんでした。

 去る10月20日、声優の肝付兼太さんが亡くなりました。80歳。まだ元気で活躍できる歳だったと思うと残念です。

 肝付さんというと、世間ではドラえもんのスネ夫の声があまりにも有名ですが、我々の世代ですと天才バカボンの本官さん(拳銃を撃ちまくるお巡りさん)をはじめとする様々なキャラの声、銀河鉄道999の車掌の声などでの活躍が思い出されるところでしょうか。

 しかし、海外放送を楽しんでいたいわゆるBCL世代にとっては、肝付さんといえば「ハロー・ジーガム」のイメージも強く記憶に残っているのではないかと思います。私も、肝付兼太=ハロー・ジーガム といっても過言ではないほど印象に残っています。このページでもハロー・ジーガムについて書いたばかりですが、当時中学生だった私が番組宛に送った投書を何度か読んでもらったことも記憶の片隅に残っています。そのときの録音が残っているはずなのですが、どのテープに収められているのかが定かではなく、今のところ探し出せていません。

 私はアニメファンというわけではありませんが、肝付さんをはじめ、昭和から平成にかけて愛されてきた声優さんたちがだんだんいなくなるのは残念なことです。御冥福をお祈りします。

10月9日(日曜日) 35年来の懸案がひとつ解けた!

 昔、ラジオで耳にした音楽のタイトルを知りたいと思ったことはありませんか。私はそんな経験がけっこう頻繁にありました。多くの楽曲はその後何らかの機会にラジオやテレビで耳にする機会に恵まれ、タイトルを知り、場合によってはCDを購入するという結果に終わっているのですが、中には手がかりがあまりなくて今まで「迷宮入り」していた作品もいくつかありました。

 スマホやタブレットを使っている方ならご存知だと思いますが、最近は市販されているCDの音を聞かせるだけで楽曲名やCD番号などが一発で検索できる機能(アプリ)があるのです。恥ずかしながらその存在を知ったのはごく最近のことです。で、早速そのアプリを使ってみると、面白いように楽曲情報が出てくるのです。一人感動し、興奮し、家にあるCDを聞かせまくったことはいうまでもありません。試しにクラシックの名曲をオーケストラを替えて聞かせてみたら、それでもほぼ正しい情報が出てくるのには本当に驚いてしまいます。

 そんなとき、ふと頭をよぎったのが、昔ラジオで聴いた楽曲でとても印象に残っている作品のことでした。35年前の夏、KBS第一FMの「番組案内」の時間にBGMとして流れていた局で、当時日本の自動車のCMにも使われていた記憶がありました。我が家のカセットテープの中に確かKBS第一FMをEスポの際に録音したものがあったはずだ、と思い出し、探してみました。昔のEスポを録音したカセットは整理が行き届かずにラベリングもできていないのですが、35年経っても「確かあのテープに…」というおぼろげな記憶が残っていましたので、あたりをつけて3本のテープを聴き始めました。1本目、冒頭のところでその楽曲とアナウンスが録音されている部分がビンゴ!で出てきたのですが、受信状態が悪く、楽曲の部分にアナウンスがしっかりと乗っているため、アプリが反応してくれません。確かにもっと長い録音で、しかも受信状態がよいものがあったはずだという希望を託して2本目。でも、録音されていたのは台湾のFMと中国のFMで空振り。そして3本目。吉林人民広播電台のFMの放送終了部分が録音されていて、その後に 出ました! 目的の音が入っていました。

 録音の冒頭はやはりフェーディングが酷く、しかも番組案内のアナウンスが延々と続いており、アプリが反応してくれなかったのですが、3分ほど経ったところでアナウンスが切れてBGMだけの部分がありました。受信状態も比較的安定していたので、ここぞとばかりアプリを起動して聞かせてみると… 35年間わからなかった楽曲のタイトルがしっかりと現れてくれました。このときの感動は筆舌に尽くしがたいほど… というとオーバーですが、まぁ本当に長い間の胸のつかえがとれたような清清しい気持ちにさせてくれました。

 曲名をもとにYoutubeで検索してみると、確かにその楽曲が!さらにググってみたら、この楽曲が自動車のCMに使われていたこともわかりました。ただ、自分の記憶ではトヨタのクルマだったと思っていたものはホンダだったということも判明。かなりいい線をいっていたということで、自分的には満足できる結果となりました。

 すぐさまAmazonでCDを探してみましたが、残念ながらアルバムは絶版のようで、MP3のダウンロードだけでしか楽曲は提供されていないことがわかりました。私は楽曲を「現物主義」で手許に置いておきたいものですから、とても残念ではありましたが、35年越しの執念が実っただけに、今回に限ってMP3ファイルを購入することでよしとすることにしました。

 結果に気をよくして他の録音も聞かせてみましたが、アラブ歌謡や各国の地元の演奏家が演奏している楽曲についてはアプリが反応してくれないケースが多く、やはり100%の解決とはいきません。

 とはいえ、技術の進歩のすごさは大したものです。あと数曲気になっている楽曲があるので、しばらくは謎解きを楽しんでいきたいと思っているところです。

10月8日(土曜日) 昔の記憶

 きのうの夜、古くからの友人たちと集まる機会がありました。ラジオが縁でつながった学生時代からの友人たちとは本当に長いつきあいなのですが、他愛もない話でいつもあっという間に時間が過ぎてしまいます。

 毎回驚いてしまうのは、みな昔の話をよく覚えていることです。「あのとき●●だった」「あのときあなたは△△と言った」等々、私がすっかり忘れてしまっていることを、まぁよく覚えていること。もちろんこまめに日記をつけていて、そこに時々の感想などをメモしている友人もいるのですが、それにしてもたいしたものだと感心することしきりです。

 私も1973年ごろから83年ごろまではLOGを残していますが、それはもっぱらラジオの受信に関してのこと。今思えば、LOGノートの端にでも一行日記のようなものを残しておけば面白かったのに、と思ったりもしますが、自分の大雑把な性格からするとたぶん三日坊主に終わってしまっていたことだろうとも思います。

 友人の一人が「日本BCL連盟」とわれわれにまつわる古い記録と記憶を年表としてまとめて持ってきてくれました。以前わたくしが「昔の記憶にあいまいなところがある」と話したのをうけて、調べてくれたものです。もう40年近く前のことも含まれているのですが、書かれた内容を読んでみると「確かにそうだった」という記憶が掘り起こされてきて、それぞれの日の天気のことまで思い出されたりして、新鮮な驚きがつまった貴重な資料です。

 去年同様の集まりを持ったときにも、かつてのいわゆるBCL全盛時代の記憶の一端を詳細にまとめた資料をつくってくれた友人がおり、こちらもきちんとファイルに入れて時々引っ張り出しては一人で思い出し笑いをしています。ただ、自分の発言などが記されている項目には、「若気の至り」で今となっては恥ずかしく感じる内容も多く、読み返すたびに反省することしきりです(笑)

 学校、とくに高校での記憶があまり鮮明に残っていない中で、なぜかラジオ関係の記憶は比較的よく残っており、さらにこのような資料でInspireされ、しばし記憶の活性化をさせてもらっています。ありがたいことです。

9月3日(土曜日) 月刊短波誌 今頃気づいたこと…

 またもや昔の話で失礼します。

 DXingを趣味とする仲間たちに人気だった月刊短波誌は、1983年7月号をもって廃刊となりました。当時はこの趣味が最盛期を越えたとはいえ、まだ愛好者も大勢いたのですが、そんな中での廃刊でした。

 我が家にはこの月刊短波誌のバックナンバーが比較的よく保存されています。買い忘れた月や、一時的に日本を離れている間のバックナンバーは欠品となっているのですが。

 83年7月号の最終ページに、「休刊」の告知が掲載されています。

短波最終号中身

 ところで、短波誌の背表紙の「短波」の文字が、最終号だけ黒文字になっているということに気づいておられた方(当時気づいていたという方)は多かったのでしょうか。月間短波誌は最初の頃はホチキス止めの雑誌だったのですが、その後2回デザインが変更されました。ホチキス止めの時には雑誌の背の部分がなかったのですが、その後の体裁になってからはずっと「短波」の文字は白文字でした。本棚に並んでいる短波誌を見ていて、最終号の文字だけが黒文字になっていることに今更ながら気づいた次第です。

短波最終号2

 改めて見てみると、意味深な感じがしなくもありません。なお、写真には83年5月号がなぜか2冊並んでいますが、その理由は全然思い出せません。

8月27日(土曜日) “Hello Jeagam”

 私が海外からの放送を聞き始めた70年代初めには、世界の放送の情報を集める手段は「電波技術」「ラジオの製作」などの雑誌ぐらいしか手がありませんでした。60年代ごろには民放ラジオでDX情報を流す番組があったようですが、それらの番組は終わってしまっていたようです。

 その後SONYのスカイセンサーシリーズやNATIONALのクーガシリーズが大々的に発売され、いわゆるBCLブームが始まります。ブームに呼応するように、それまでラジオの生産にさほど力を入れていなかったメーカーも、ワールドバンドラジオを世に送り出すようになりました。三菱電機もそうしたメーカーの一つで、JEAGAMという名前をつけたラジオを発売しました。

 引き出しを整理していたら、そうしたBCLブームの黎明期を象徴するようなラジオ番組に関する資料が出てきました。なつかしの番組“Hello Jeagam”についてです。提供はJEAGAMを発売した三菱電機でした。

 NSB(日本短波放送)が1974年1月1日から始めたこの番組は、平日の午後6時台に15分間放送されました。BCLのための情報がふんだんに盛り込まれていて、ブームの盛り上がりに貢献しました。

 この番組の詳細については、いろいろなHPに記述があるのでそちらに譲るとして、ここでは久しぶりに発見した資料についてみてみたいと思います。

JEAGAM年賀 JEAGAMはがき

 写真のうちの一枚は、NSBから送られてきた年賀はがきです。国内民放局からわざわざ年賀はがきをもらったのは後にも先にもこれが唯一だったように思います。はがきにはHello Jeagamが新たに始まることが書かれています。年賀状形式の番組宣伝DMだったのです。おそらくそれ以前にNSBに受信報告を送ったことがある人たちに、このはがきが送られたようです。このように民放ラジオで新発番組のPRをDMで直接リスナーに行った例はさほど多くはなかったのではないかと思います。当時のNSB(三菱)の力の入れようが伺えます。

 もう一枚は、どのタイミングで送られてきたのか不明ですが、番組のタイトルをデザインしたはがきです。これはベリ・カードではなく単なるはがきで、裏面には何も書かれていません。当時としてはとても斬新な色使いの絵葉書だったと思います。

 Hello Jeagamはその後夕方の定番番組としてしばらくの間続きました。とにかくいろいろな情報が欲しかったときに、この番組が流してくれる国際放送の動きは参考になりました。そして、ブームの中で、多くの学生たちがこの趣味を楽しんでいるということがわかり、自分にとっても励みとなっていました。番組に投書を送って読まれたことや、懸賞に応募して当選したことなどを思い出します。よき時代のひとコマです。

8月18日(木曜日) モスクワ放送

 ファイルを整理していたら、昔モスクワ放送日本語課から送られてきたリーフレットが何枚か出てきました。国際放送を聞き始めてからすでに長い年月が経ちましたが、モスクワ放送には3回だけ手紙を書いた(受信報告とともに)ことがありました。とても丁寧な返信をもらってうれしかったことを思い出しますが、だからといって当時のソ連のプロパガンダに感化されることはありませんでした。
モスクワ放送のリーフレット(表紙) リーフレット中身 番組表

 今の若い世代は情報の多くをネットから得ているようです。外国についての情報もネットから得ることが多いでしょう。バーチャルな世界から得られる情報には、手触りや匂いといったものが欠けています。すべてが美しく見えてしまうこともあるでしょう。その反面、私たちの世代で、いわゆるBCLを楽しんでいた仲間は、直接海外の放送を聞いたり、手紙のやり取りをしたりして相手国の情報を手に入れることができました。送られてきた資料の手触り、紙の匂いだとか印刷の具合などなど、放送内容そのもの以外にも色々な情報直接触れることができました。東西両陣営が華々しいプロパガンダ合戦を繰り広げ、東側の放送局が自由・平等・進歩をアピールしていた冷戦真っ只中の1974年にモスクワから送られてきたリーフレット類からは「超大国にしては安っぽい」というイメージを直感しました。

 情報はPassiveではなくActiveに入手するべし。モスクワ放送の一枚のリーフレットから、当時中学生だった私が学んだ大切な教訓でした。

8月13日(土曜日) きょうから夏休みです

 きょうから夏休みに入りました。日ごろ会社で雑務に追われて気ぜわしい時間を過ごしているので、まとまった休みはとてもありがたいです。そろそろ疲れが溜まってきた…と感じていたのでこのあたりでリラックスできるのはありがたいことです。

 酷暑ともいうべき暑い毎日がしばらく続いていましたが、こちら南関東地方はきのうあたりから朝夕は涼しい風が吹いて、若干過ごしやすくなっています。予報ではことしはまだ暑さが続くようですが、体調には留意して過ごしたいものです。

 ところで、我がHPにも時々メッセージを送ってくださる方がおられます。様々な情報や近況の報告など、HP作者としてはとてもうれしいことです。しかし最近気づいたのですが、そのうちの数通が「迷惑メール」フォルダに自動的に振り分けられてしまっていまして、危うく自然消滅するところを救出しました。

 「迷惑メール」に振り分けられてしまったメッセージに共通するのは、メールのタイトルが「こんにちは」だとか「Hello」だとかというシンプルなものが使われていることです。そこでお願いです。万一当HPにメッセージ、質問、意見等をお送りいただく場合は、タイトルづけにご注意ください。皆様からいただくメールには必ず目を通しておりますので、返信をご希望でかなり長い間返事がないような場合は、お手数ですがメッセージを再送いただければと思います。

 お手数をおかけして申し訳ございませんが、どうぞよろしくお願いします。

 店主敬白(Kaunas)

 

8月11日(木曜日) 39年前のLOGから

 暑中お見舞い申し上げます。毎日暑い日が続きます。

 ネタがないとき恒例の昔のLOG話です。

 ちょうど39年前の1977年のきょうのLOGを覗いてみました。この年は7月16日から夏休みに入ったと記録が残っています。夏休みに入ったとはいえ、あまりアクティブにラジオを聞いていたわけではなかったようで…

JST
0430 4904.5kHz R.diff.Nat.Tchadienne (French) 43443
0500 4925kHz R.Yaounde (French) 44443
0800 15180kHz R.Vilnius (English) 44444
1530 15170kHz R.Tahiti (French) 43433
2050 15135kHz DW (Japanese) 44443
2215 17830kHz Swiss B.C (English) 33443
2215 17920kHz R.Cairo (English) 45444
2300 15145kHz Israel B.A (Yiddish) 43443

 なんと、朝早く起きてアフリカの常連局を聞いていたのですね。アフリカ局を一生懸命聞いた記憶はほとんどないのですが、さすがに夏休みです。

 LOGノートにはこのほか、8月6日から7日にかけてペディションに出かけていたことが記されています。1977年ということなので、おぼろげな記憶を掘り起こして思い当たるのはおそらく日本BCL連盟の本部が主催した「摩耶山ぺディ」(兵庫県神戸市)だったのかもしれません。いまは廃墟ファンにおなじみの「摩耶観光ホテル」にかなりの人数が集まった記憶があります。東京のB連本部からも人が来ていました。レトロ感あふれるホテルのレストランホールにラジオを持ち寄って夜を徹していろいろな放送を聞いたのが、このときのぺディだったのかどうか… 月刊短波誌を引っ張り出して調べてみましたが、このペディションについての記述はありません。BCL連盟の会員向けに発行されていた「Hz」には情報が記載されていたと思いますが、残念ながら私、「Hz」のバックナンバーの多くを廃棄してしまっていて、1977年当時のものは手許に残っていません。

 どなたかおわかりになる方、ご教示願います。

8月10日(水曜日) うっとうしい世の中になったものです

 ネットの検索ページのニュース項目(トピック項目)を見ていて、最近やたらと気に障る表現があります。「●●に賞賛の声」「●●に批判集まる」「●●が急増中」といったバカの一つ覚えのようなパターン化されたタイトルの数々です。芸能関係者が何かを言ったことにたいして、ネット上に現れる様々な反応をこうした言葉で片付けているのでしょうけれど、あまりにも軽薄、そして意図的に読者を誘導しようという魂胆が見え見えで、不愉快な気分になります。「●●に賞賛の声」というフレーズは、「●●」の部分に「日本」「日本人」ということばが入るような内容が、ネットだけでなくテレビでも頻出しています。ナチスドイツのプロパガンダみたいです。

 ネット上の反響が実社会の縮図かというと、決してそのようなことはないと思うのですが、以前にも書いたとおり、特定のネット検索ページをスタート画面にしたりしていると、そこに書かれていることがまるで多数派なのではないかという錯覚を引き起こします。おそらく多くの日本人が、そうしたトリックに易々とひっかかっているのではないかと思います。

 「●●に非難の声集まる」的な記事についていうと、これは明らかに「ウエブ上リンチ」の類ではないかと感じます。別に誰が何を言おうと関係ないし、それらをとやかく記事にする暇な連中も連中です。読者数を増やすためにはセンセーショナルな書きぶりをエスカレートさせないといけないのかもしれませんが、重箱の隅をつつくようなネタで誰かを攻撃するような記事を書く(直接的であれ、間接的であれ)ことは下品極まりないと思います。

 「日本は自由な国だから何を言ってもよい」と喧伝しながら、自分たちに不利なことを言う人々を様々な手を使って黙らせようとするファシズムがこの国に蔓延しています。そして、よく状況を勉強することもせずに何かを盲目的に支持しているネット民たちは、こうした潮流を加速させています。先日、あるタレントが東京都知事の学歴についてコメントしたところ、ネット民から攻撃を受けて炎上しているという話をききました。学歴問題については、以前から疑惑があり、あの人物が話しているアラビア語の下手さからするとどう考えても外国の大学を「卒業」できるような力があるとは思えないし、そのほかにも様々な状況証拠があるようなのですが、盲目的信者であるネット民はそのような客観事実を受け入れることはせずに、ひたすら自分たちと意見を異にする人に陰湿な攻撃を仕掛けているのです。

 歴史は繰り返す… かつて、元長野県知事に対して様々なバッシングが行われたときには、世論(ネットはさほど普及していなかった)が知事を擁護するような流れになりました。小泉政権のときにも似たような事象がいくつかありました。でも、今考えるとそのときにはあれほど盲目的な支持者がいたにもかかわらず、今はその残りカスすらうかがうことができないほどの状況の変化です。本質を理解せずにそのときの雰囲気だけで何かを支持する無責任な連中は、ふとしたきっかけで簡単に支持者ではなくなるというよい見本です。そして愚かなことに日本人はこうした経験から学ぶことをしないのです。しかし、いままではその程度で済んでいたとしても、これからはどうなるかわかったものではありません。無責任に必要以上の力を特定の勢力に与えてしまった結果、気がついたら完全に言論が不自由な社会になっていた…などという冗談にもならない事態はすでに現実のものとなりつつあります。

 

7月24日(日曜日) ISの情報戦略に変化が…

 少し前のことですが、イラクの新聞がモスルからの情報として伝えたところによると、テログループISが軍事的な劣勢と勢力の若干の衰退に見舞われ、情報戦略の見直しを行っているとのことです。

 その記事はインターネット上に掲載されたもので、タイトルは「ISはほとんどの地方のラジオ・バヤーンの情報拠点を閉鎖しモスルに集中」というもの。記事は「ISは人的、物質的資源が不足するに到り、ウソ情報を発信する力を失いつつある中で、各地にあった情報(宣伝)拠点をモスルに集中させることにした。情報拠点とは、喫煙などの反社会活動の禁止を呼びかける情報発信部門や、ラジオ放送(アル・バヤーン)も含まれる…」と述べています。

 以前このブログの記事の中で、ある時点からテロリストグループによるラジオ放送Radio Al-Bayanのアナウンスに変化が見られたことを書きましたが、その推測がある程度裏付けられた形です。現在Al-Bayanは、アラビア語によるニュースを一日数回放送していますが、以前放送があった英語やロシア語のニュースはこのところ殆ど聞かれておらず、廃止されたかあるいはイレギュラーに放送されるようになったかのいずれかだと思われます。

Al-Bayanのアナウンサー(IS系Twitterサイトより)
Radio Al-Bayanのアナウンサー(IS系Twitterアカウントより)

 Al-Bayanの番組は、再放送が多く、新作はあまり増えていない印象です。ここにきてISのプロパガンダは精彩を欠きはじめています。ISの放送を引き続き聞くことで、テログループの退潮ぶりがわかってくるかもしれません。引き続き折に触れてモニタリングを続けていきたいと思います。

7月22日(金曜日) 考えてしまうこと

 職場にアルバイトで来ている学生たちと話をする機会があり、若い世代の政治・選挙についての考え方、行動の一端を聞くことができてびっくりしたことがあります。

 私の職場にはいわゆる有名大学に通っている学生たちが複数アルバイトに来ていますが、その中の一人が、学生の投票行動がフェイスブックなどのSMS(ソーシャルメディアサービス)に左右されるというのです。その学生は政治経済を専門に学んでいるということで、他の学生よりも問題意識を持っていることは確かでしょう。そうした学生層において、SMSに書き込まれた情報が自分の考え方に影響しているという話はいささかショッキングでした。そのSMSというのは、ある大学の学生が参加できる場らしいのですが、外部からの書き込みも可能なようです。

 よく話をきいてみると、そうしたSMSで政治の話を時々することもあるそうなのですが、ある問題について誰か知らない人間が断定的な書き込みをすることで、その場に参加している学生たちが意見を変えることがしばしばあるとのことでした。具体的な話もききましたが、ここでは差し控えるとして、人の意見をきくことが悪いというわけではないものの、SMSという相手の顔が見えないところで書き込まれた情報に簡単に動かされてしまう軽さには、将来が心配になってしまいます。

 若い世代に限らず、我々の身の周りには不確実な情報が氾濫しています。インターネット社会では特に「匿名性」が悪用され、煽り情報、デマ情報が飛び交います世論誘導を意図する情報も目立ちます。特に選挙の時期になればなおさらです。Yahoo!などの検索ページの「ニュース」のヘッドラインを見るとある方向性をもった情報が意図的に強調されていることも伺えます。検索ページへのニュースの掲載については、カネさえ払えば優先的に目立つところにアップされるわけで、ある意図を持った勢力がいかに熱心にメディア戦略を遂行しているか、よく見ていればわかります。

 いま、東京都知事選挙のキャンペーン真っ只中です。先の参議院選挙に続き、メディアは「事前予測」などをいう無責任な世論誘導情報を流しています。自分から情報を収集することがなかなかできない我々一般市民は、知らず知らずのうちに世論誘導情報に左右されてしまいます。しかも、こういうタイミングで候補者の過去の行いを暴き出すようなネガティブキャンペーンが打ち出されたりして、これはもう大手広告代理店やら政治勢力やらが背後でうごめいているとしか思えない状況です。主眼はその情報が正しいか正しくないかではなく、そうしたネガティブ情報を出すことに意義があるのです。ネガティブ情報は、それが出回るだけで民衆は「そうかもしれない」と考えます。しかも、芸能界でこのところ話題が連発しているような、世間で一番嫌われやすい「不倫」などというテーマだと、その効果は絶大です。芸能界で伏線を張っておいて、選挙で本番…だったというのは勘ぐりすぎでしょうか。記事を出す週刊誌について「証拠があるから記事を出すんだろう」と人々は思うでしょうが、実はそうでもないでしょう。週刊誌ネタというのは、たとえ間違っていたとしても世間からは「まぁ週刊誌だから」と、案外流されるものです。しかも、間違っていたらカネを払えばいいのです。しかも裁判は選挙が終わった後です。人びとが忘れた頃にカネで解決するなら、安いものだし、それによって得られるもののほうがはるかに大きい… 選挙が終わってから「ゴメンナサイ」でも何でもすればよい。キャンペーンを仕掛ける勢力は、そのあたりまでちゃんと考えています。

 ネガティブキャンペーンは、ある候補に集中しているように思われます。残りの候補者たちにも、カネの問題やら学歴詐称疑惑やら、実は最近辞職した2人の東京都前・元知事と同じようなスキャンダルがあるはずなのですが、そのあたりがほとんど問題になっていないのは、やはり大きな黒幕のおかげなのだろうと思いたくなります。たとえば、ある候補の学歴はきわめて胡散臭い。その候補が通っていた外国の大学のことを知っていれば、その大学のとある学部を「卒業」することがどういうことなのかはわかるはずですし、その昔にその候補が大学の講義を受けていた時代の「ご学友」諸氏からきいたところでは、キャンパスでのその候補のふるまいは、今につながるような派手なパフォーマンスだったということでした。ある大学… それはここでは言えませんけど。

 日本人というのは、自ら情報を収集したり、自ら行動を起こして何かを変えようとしたりすることをしない性質を持っているようです。いわばPassiveなスタンス。そんな日本人が、冒頭述べた学生たちのように、与えられる情報が正しいか疑わしいかを考えることもせずに鵜呑みにするようでは、悪意をもった力に簡単にねじ伏せられてしまいます。さきのイギリスの国民投票は、「物事の本質をよくわかっていない」ある意味無責任は国民が世界を不安に陥れ、イギリス自体をも揺り動かす結果となりました。後になって「こんなはずでは」と思っても後の祭りです。遠くは1979年のイラン革命での記憶。当時の王政の腐敗ぶりに不満をもった国民が「イスラム共和国」の樹立を実現させたまではよかったのですが、やってきたのは王政時代と変わらぬ、あるいはそれ以上に不自由な体制でした。革命後に多くのイラン人の知人が「こんなはずでは」と言っていたことを思い出します。アラブ諸国でも「アラブの春」などという文句に先導された民衆がその先のロードマップもないままに政権を打倒して、その後の混迷を生み出しました。そしていま日本も…

 「煽り情報や不確実な情報に惑わされ、騙されて誤った選択をしてはならない」、「人気者の顔をした本当に恐ろしいものに騙されて受け入れてはいけない」 いま、日本国内・外の政治の流れを見ていると、ますます危機感が募ってきます。

7月16日(土曜日) トルコのクーデター未遂事件

 日本時間の今朝5時過ぎにニュースが入ってきました。トルコで軍事クーデターの動きがあるという内容でした。午前8時過ぎになって、死者が出ているとの情報を日本のメディアも伝え始めました。

 反乱部隊は首都アンカラと最大都市イスタンブールを中心に展開し、アンカラではTRT(トルコ国営放送)のスタジオに兵士が入り、アナウンサーに声明文を読ませました。このシーンは海外のニュースでも紹介されました。情勢が見えない中、トルコの放送がどのようになっているかを調べてみました。

 まず、テレビのインターネットライブストリーミングは、一時つながりにくい状況になっていましたが、次第に視聴可能となりました。国内向けのチャンネルがすべてTRT NEWSに統合され、ニュースを伝えていました。ただ、海外向けテレビTRT WORLDだけは、放送設備が反乱軍の襲撃で破壊されたために、ロンドンのスタジオからの放送を行っています。

 ラジオは、国内向けTRT1を海外向けに中継している短波放送VOT=The Voice of Turkeyのトルコ語放送が平常どおり送信を行い、現地時間0730(JST1330)のニュース、天気予報は変更なしで放送されていました。ただ、JST1600ごろに確認したところでは、国内向けTRT1TVの音声が同時送信されていました。この時間、テレビチャンネルはニュース特番を放送していました。

 一方、ラジオのネットストリーミングは日本時間の午後3時過ぎまではつながらない状態が続きました。その後日本時間の夕方になって正常化しました。ラジオチャンネルは、日本時間2000の時点ではすべてが通常編成となっていて、それぞれが別の番組を放送していました。

 今回のクーデター騒ぎでは、反乱軍のメディアの使い方の稚拙さが目立ちました。まず第一点は、一旦は首都アンカラの国営テレビで声明を流させた反乱軍ですが、その後テレビチャンネルを掌握できていなかったことです。理由はわかりませんが、国営テレビ網をなぜしっかりと掌握することが出来なかったのか疑問が残ります。そしてもう一点は、アンカラの放送局は破壊せずに、イスタンブールの海外向け国営テレビのスタジオについてはなぜ破壊行動をとったのか、です。なんとなく稚拙なメディア統制だったように見えなくもありません。そのおかげで、政府側は国営テレビチャンネルで、反乱軍兵士たちが降伏する様子を写したビデオをニュース番組の中でかなり早い段階から繰り返して流すようになっていました。クーデターが失敗に終わったという印象を、テレビの画面を最大限に利用して、トルコ国民や海外に強く与える結果となりました。メディア戦略は、政府側のほうが一枚も二枚も上手だったということがいえるでしょう。

 その後、トルコ大統領はクーデターは失敗に終わったとの声明を発し、およそ半日続いた騒ぎは収束に向かおうとしています。今回の反乱軍の動きが何と連動しているのか、トルコ政局、そして中東情勢にどのような影響を与える可能性があるのか、注目していきたいと思います。

追記: 日付が変わってJST17日の0000現在、ラジオ、テレビ全チャンネルがトルコ国会審議を中継しています。

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