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中東と世界をラジオで聞く ~店主の独り言~

7月16日(月曜日) LとRの間違い

 古いLOGブックを眺めていると、赤面するような稚拙な間違いが散見されます。とくに恥じ入るのは英語表記のLとRの間違いです。1976年のきょうのLOGにはBSKSA Saudi Alabiaとの表記が… 中学校のガキンチョだから仕方がないのかどうか… いま、いろいろなホームページやらブログやら、はたまた街角の看板やらでLとRの表記を間違えているのを見るとついつい指摘したくなるのに、自らもかつては似たような誤りをしていたのです。

 で、1976年のきょうのLOGを紐解いてみると、それなりに受信成果が挙がっていたようです。いつものようにJST/周波数/局名/言語/SINPOの順で記載しています:

0030 11880 TRT Ankara in Serbo-Croat 24332
0200 15175 R.Norway in Norwegian 33433
0200 15110 R.Finland in Finnish 34443
0205 9555 R.Kuwait in Arabic 33433
0230 11940 RTB Belgium in French 24432
0300 9795 R.Minsk in Byelorussian 34443
0315 15170 R.Free Europe in Hungarian 24442
0700 9710 RAI in English 44433
1525 9690 RAE in English 24332
1530 9525 R.Havana Cuba in English 34333
1900 9570 R.Canada Intl. in English 13331 (IS only)

 英語局以外にフィンランド語やらハンガリー語やら、結構いろいろな言語の放送を受信(ザッピング)していました。ここにはリストされていませんが、この頃Radio Portugalの欧州向け英語放送が午前5時30分から9740kHzで受信できていましたので、意外にも早起きして時々受信報告を送っていました。ポルトガルは欧州局の中でもかなり地味な存在でしたので、その辺りが興味の対象となったのだと思います。

7月15日(日曜日) 1950年のきょう

 過去7月15日にどのような出来事があったかを調べてみたら、1950年のきょう「リトアニア・ソビエト社会主義共和国 (LTSR) 最高会議幹部会がLTSRの新国歌を制定し、クディルカ作詞・作曲の旧国歌を禁止」という記述が出てきました。リトアニアという名前を聞くと私思わずリアクションを起こしてしまいます。

 以前にもこのブログで書いたことがあったかと思いますが、15の共和国で構成されていたソビエト連邦は五輪などのイベントではソ連国歌(いまのロシア国歌と同じ曲です)を演奏していましたが、それとは別に14の共和国それぞれに国歌がありました。BCLファン、特にソ連圏のファンのみなさんの間ではそれは常識だったのだろうと思いますし、実際にソ連各地のラジオ局も各共和国の国歌を流していたので耳にしたことがあるメロディーも少なくないのではないかと思います。

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ロシアのMelodia版CD(ソ連共和国国歌集)のジャケット

 1950年制定のリトアニアSSR国歌は、ソ連時代のRadio Vilnius(リトアニアSSRの国際放送)のインターバル・シグナルとしてそのフレーズが使われていました。サビの部分がホルンで演奏されていました。当HPのインターバルシグナル・アーカイブにも収めてありますので、機会があればお聞きください。ソ連各共和国が実施していた国際放送のインターバルシグナルの中でも私が個人的に最も気に入っていたものの一つでした。

 リトアニアがソ連から一方的に独立を宣言した1990年3月以降、Radio Vilniusのインターバルシグナルは愛国歌Lietuva Brangiの冒頭のフレーズをカンクレス(リトアニアの弦楽器)で演奏したヴァージョンに変わりました。しかし、このインターバルシグナルは1991年1月の「血の日曜日事件」でソ連軍の空てい部隊がRadio Vilniusの建物に突入したため使えなくなり、その後も復活することはありませんでした。

 もう昔の話になってしまいましたけど、思わず書いてしまった… 笑

7月14日(土曜日) 世間は狭いものでして

 夕方、突然職場の知人から電話がかかってきました。だいたい土曜日のこんな時間に電話が入るのは仕事上のトラブルが発生した場合と相場が決まっているものですから、身構えて電話に出てみたところ…

 「あ、いま飲んでるんですけど、ぜひお話したいという方が横におられまして」とのこと。一体誰が?と不思議に思っていると、電話の向こうで選手交代。出てきたのは10年以上前に職場でアルバイトしていた女性でした。

 話をきいてみると、電話をかけてきた知人と元アルバイトの女性とは当然のことながら面識がなかったのですが、東京の飲み屋で偶然話をしたことがきっかけで、実は私が共通の知人であることが発覚し、盛り上がって電話をしてきたというのです。

 あの東京砂漠の中で本来ならばまったく接点がないはずの人と人が、しかも言葉を交わさなければ完全にすれ違うだけの相手が、ふとしたきっかけで知り合いになって、しかも共通の知人が私だったとは… まったく世間は狭いものだと驚くばかりでした。

 ともあれ、土曜日夕方の電話がトラブルがらみでなかったことに一安心。しかしそれにしても、なんで30代半ばの女性が飲み屋で私の知人と意気投合してしまったのかも不可解です。火曜日に職場で知人とは会いますのでそのときの様子をもう少し聞いてみようかと思います…

7月13日(金曜日) あすから三連休です

 例年ですとこの季節、まだ梅雨が続いているのですが、ことしはとっくに梅雨明けしているので日没時刻が遅いことが実感できます。きょうは午後7時20分に退社したのですが、北西の空が茜色に染まって実に美しい光景でした。当然まだ明るいのです。とはいえ先月21日を境に昼の時間が徐々に短くなってきているわけですが。

 明日から月曜日まで3日休みが続きます。このところメッチャ暑いので自宅にいるよりも冷房が効いた職場に居るほうが体力を消耗しないで済むというものですが、ここはひとつのんびり過ごそうと思っています。

 ところでみなさんは夏休みのプランは立てられましたか? 私は毎年仕事の予定(夏の期間会議が休止となる時期)がはっきりするのが遅いのでいつも出遅れです。これからだと航空券も宿もなかなか見つけづらいと思われ、出かける目的地も限られてきます。去年は金沢から能登半島、飛騨高山方面をぐるっと回る旅を楽しみましたが、ことしは東北地方を考えています。いっそ海外へ、とも思ったのですが、自分が行きたい場所への航空券はこの季節べらぼうに高いものですから、クルマを駆使して出かけられる国内にすることにしました。これからルートと宿を決めていきます。

7月8日(日曜日) リビアの衛星チャンネル復活

 リビア国営テレビ Libya al-Wataniyah がアジアサット衛星経由の送信を再開しています。先ほど日本時間の午前0時半ごろから暫くの間視聴してみました。

 実はリビアを含むアラブ諸国の衛星チャンネルがきのう(7日)の夜の時点で何も見えない状況になっていました。画面がどのチャンネルも真っ黒… てっきり周波数が変更されたのだろうと思っていたのですが、日付が変わることになって全チャンネルが復旧しました。ついでに、これまで長い間真っ黒な画面だけしか出ていなかったリビアの衛星チャンネルが復活していることを確認しました。画面の右上にليبيا الوطنية (Libya al-Wataniyah)と文字が出たり、青色のロゴが出ていたりしています。

Libya TV 2

 ちょうど現地では午後5時半ごろということで、子ども向けのアニメが放送されていました。しかも日本製の「鉄人28号」です。このマンガは日本では80年代に放送されたものですが、それにアラビア語の吹き替えを載せて放送しているものです。アラブ世界では日本製のアニメが多数放送されていますが、リビアでも日本のアニメが子どもたちに人気があるのでしょうか。ちなみに、この番組のオープニングとエンディングのタイトルは日本語のまま出ていて、恐らく子どもたちはな~んにもわからないだろうと思います。きょうの話は「大型戦艦を撃破せよ」とかなんとかいうものでした。

鉄人28号@Libyan TV

 それにしても、戦乱に翻弄されたリビアの子どもたちに向けて、ミサイルや戦闘機がドンパチやるような内容のアニメを放送して本当にいいのだろうか、とふと考えてしまいました。

7月7日(土曜日) 桂枝雀師匠の落語「代書屋」

 今週、桂歌丸師匠が亡くなりました。「笑点」などの番組をとおして親しんできた話芸の顔が消えてしまいました。最近、体調がすぐれず苦しそうな様子だったので心配していましたが、残念なことです。もう少し活躍していただきたかったと思うのは私だけではないと思います。御冥福をお祈りします。

 歌丸師匠の訃報をうけて、もう一度Youtubeで落語を聞いてみることにしました。桂歌丸師匠の落語だけでなく、私がこよなく愛する桂枝雀師匠の名演の数々をじっくりと。

 枝雀師匠は今から19年前の1999年4月19日に亡くなりました。没後20年近く経っているのに、枝雀師匠の話芸のキレのよさはこんにちなおまったく色あせていません。もっとも好きな演目は「代書屋」です。履歴書を書いてもらいにやってきた松本留五郎なる男と代書屋(行政・司法書士)との間に繰り広げられる珍妙なるやりとりは、何度聴いても抱腹絶倒です。

 この「代書屋」は、枝雀師匠のほかに3代目桂春団治師匠や、3代目桂米朝師匠など多くの噺家が演目に取り入れていて、それぞれ個性豊かで味がありました。中でも枝雀師匠の「代書屋」はその場の風景がビビッドに感じられる秀逸の出来です。

 さらに枝雀師匠の「代書屋」にはいくつかのヴァージョンがあり、演じるときと場所によって「マクラ」の部分が微妙に異なっていたり、持ち時間によって途中のエピソードを足したり引いたりしています。また、さまざまな場面の描写もその時々でアドリブが加わったりしています。

 「代書屋」はだいたい20分から30分程度で演じられますので、寝る前や電車の中で聴くにはうってつけです。笑いがこみ上げてきて眠れなくなったり、突然電車の中でニヤニヤして周囲から気持ち悪がられたりすることがあるかもしれませんので要注意ですけど。

7月6日(金曜日) 大雨 

 関西地方から九州にかけて、かつてないほどの激しい雨が降り、災害、死傷者が出ています。「数十年に一度の」ということばが果たしてどの程度大変なことなのか、肌感覚はないものの、ただごとではないということだけはわかります。

 京都市内も数日にわたって激しい雨が続いていて、鴨川の下流域や保津川の渡月橋(嵐山)あたりでは警戒水位を上回って危険な状況です。三条大橋付近の映像がテレビでたびたび放映されていますが、土手が崩れたりして濁流のすごさを伝えています。私が中学の頃に京阪電車(まだ当時は地下化されていませんでした)の京阪三条駅の下の土砂がえぐられて運転がストップしたことを思い出します。

 鴨川の上流、出町柳の合流地点を境に東側に高野川、西側に賀茂川が流れていますが、高野川の上流の修学院方面でも避難勧告がでています。賀茂川上流の上賀茂、柊野地区なども同様です。避難勧告が出ていますが、そもそも雨が激しくて家から出ることができない状態が続いた場合は家の中にいるほうが賢明です。もし家を出られたとしても避難所に行く際に氾濫寸前の川を渡らなければならないところもあり、逆に危険を伴います。高齢者ならなおさらです。

 私、かつてこれほどまでに長時間、激しい雨に見舞われた記憶がありません。やはり自然がだんだん荒っぽくなっているようです。資源の無駄使いと自然破壊を続けてきた人類に対する天罰が下り始めているのではないかと恐ろしくなります。警戒を要する区域にお住まいのみなさま、安全第一にくれぐれもご注意ください。

7月1日(日曜日) きょうから7月! ことしも半分終わりました…

 きょうから7月。2018年も半分終わりました。梅雨が明けた関東地方は今朝も快晴。気温も上昇していますが、風が吹いているので窓を開けておくと冷房は不要です。海開きも相次ぎ、風に乗って遠くから海水浴場のアナウンスが聞こえてきます。とても風情があります。

 きょうはEスポは一休みのようです。正午現在、FMバンドは静かです。午後から夕方にかけて、またFMバンドがにぎやかになるかもしれませんが。

 ではここで1977年のきょうのLOGから紹介します。この日は結構たくさんの局名が列挙されていまして、おそらくザッピングで受信状況を確認していたものと思われます。JST/Freq./Station/Language/SINPOの順で掲載しています。

0000 15038 BSKSA Riyadh-Holy Qur'an in Arabic 44343
0030 15330 REE in Spanish 33433
0030 15300 R.Yugoslavia in English 44433
0030 15240 R.Yugoslavia in English 34433
1400 21545 R.Kuwait in English 35443
1400 21500 IBA-Israel in English 34333
1545 21465 RBI in English 34433
1600 21695 SRI in English 44444
1600 21655 R.Norway in Norwegian 33433
1600 21735 ORF-Vienna in German 44444
1600 21630 ORF-Vienna in German 44444
1630 21700 R.Prague in English 34443
1630 25650 R.Netherlands in Dutch 35443
2130 21635 R.Sweden in English 33433
2210 21535 R.RSA in English 4443
2215 21520 SRI in English 31421 (QRM from R.Moscow on co-ch)
2330 15240 R.Yugoslavia in Russian 34433
2330 9655 R.Thailand in Japanese 34433

ランダムに聴きまくったという感じです。オランダが11メーターバンドで聞こえていたのですが、このころ16時半からの放送はたびたび受信できていたと記録されています。14時からのKuwaitの英語放送もなつかしいです。欧米のイージーリスニングが心地よい放送でした。全体的にハイバンドが良好な時期でしたが、午後早い時間の受信ではノイズ(atmospheric nose)に悩まされることも少なくありませんでした。

6月30日(土曜日) きょうもEスポ バンバン出ています

 きょうもEスポが花盛り。中国系、台湾系、韓国系の局が108MHzまでたくさん受信できています。高い周波数でも多くの局が聞こえているのは、それだけスポラディックE層が分厚いというこなのでしょう。夏の風物です。ことばが解らないし、局名がわかったとしても特に何をどうするということでもないのでIDを確認しようとも思いませんけれど 笑

 思いのほか早く梅雨明けしたので、今朝も天気は良好。でも外出すると確実に紫外線にめちゃくちゃやられるので、きょうはこれからカセットテープの修理をすることにします。

 多くの皆さんが経験されていると思うのですが、カセットテープは経年劣化が進むといくつかの特徴的なトラブルが発生してきます。一番多いのは、テープにカビが生えたり癒着してしまったりして再生できなくなるケース。そのほかに、リーダーテープと磁気テープとのつなぎ目が切れてしまい、再生できなくなるケース。あるいはテレコのヘッドがあたる部分に四角い小さなクッションがついているのですが、それが外れてしまって音がこもったようになってしまうケースなどがあります。

 きょうはとりあえずリーダーテープと磁気テープの接続部分の修理をしようと思います。幸いずっと昔に使っていたスプライシングテープが残っているので、それを使います。あと、四角いクッションについては廃棄する予定のカセットテープから外して廃品利用をすることにします。

 ここのところいろいろなメディアに「ラジカセ復権」「カセットテープ復権」という記事が載っています。音のよいカセットデッキやプレーヤー、ラジカセが復活してきてくれるととてもありがたいですね。何しろ、今手に入るラジカセの多くが造りも音も薄っぺらくてとても使える代物ではないからです。カセットテープのプチブームが一過性のものに終わるのかどうか、手許に多くの未使用のカセットテープを抱えている身としては、その動向がちょっと気になります。

6月29日(金曜日) あらまぁ もう梅雨明けですか

 関東地方は史上最速の梅雨明けとなりました。当ブログで「夏至の頃の太陽が楽しめない」などと書いたことがお天道様に通じたというわけでもないでしょうけれど、これは驚きました。天気図を見ていると梅雨前線が北上してしまっているので、どうなるのかと思っていたのですが。
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 ただ、他の地域では大雨になっているというニュースも伝わってきています。ここのところ天気の地域差が大きいと感じます。豪雨や突風に見舞われている地域にお住まいの皆様にはお見舞い申し上げます。

 こうなると心配なのが夏の渇水です。とくに利根川水系の上流のダムはことしはすでに貯水率が下がっているようです。東京圏は取水制限に悩まされるのか、はたまた梅雨明け宣言後に思わぬ豪雨に見舞われたりするのか… いずれにしても天候には要注意です。

6月24日(日曜日) 梅雨の晴れ間 

 梅雨の晴れ間というか、午後からとても天気がよくなり、先日グチをこぼしていた夏至の頃の太陽を堪能することができました。洗濯もはかどりました。

 この季節、野鳥の雛たちの巣立ちがピークを迎えていまして、我が家の周囲でもスズメ、ムクドリ、カラスなどの雛がおぼつかない様子でヨチヨチ歩きをしたり、羽ばたきの練習をしたりしています。

 でも困るのはやはりカラスです。とにかくカーカーガーガーとやかましいのです。親鳥が飛ぶように促すのですが、幼鳥はまだうまく飛ぶことができずに親を呼ぶのです。それも早朝からです。さらに困ったことに、どうも我が家の屋根がカラスたちの憩いの場になっているようで、きょう久しぶりに点検をしたらカラスの糞と、何だかわからない木の実がいっぱい散乱していて、しかも樋のところに木の実が詰まっていてえらいことになっていました。ことし1月に屋根を見たときにはこんなことにはなっていなかったのですけれど。

 Amazonで調べたら、カラスが寄り付かなくなるようなグッズがいくつか出ているようです。屋根の上にとまれないようにするトゲトゲや、超音波で追い払うものなどさまざまです。天気がよかったので屋根の大掃除をしたのですが、またこのようなカラスの汚れがつくようなら、いくつかのグッズを試してみようと思います。またくもう…

 でも、久しぶりに屋根の掃除もできて、ラジオとテレビのアンテナの点検もやれたので、まぁよしとしますか。うかつにも日よけクリームを塗らなかったので首筋がヒリヒリしています。

6月23日(土曜日) もう夏至を過ぎてしまいました

 去る6月21日(木曜日)がことしの夏至でした。日本では毎年梅雨の真っ只中の夏至となることから、冬至よりも5時間ほど長い昼の時間帯の恩恵を感じることができずに過ごしてしまいます。そして、もうだんだん昼の時間が短くなり始めているという現実。これから12月の冬至に向けてだんだん日没が早まっていって… と考えると、一年というときの流れの速さを改めて感じずにはいられません。

 きょうは沖縄地方が梅雨明けだというニュースが伝えられました。本州はつい先ごろ入梅したばかりだというのに、沖縄地方は本格的な夏を迎えたということですね。

 6月23日は沖縄では「沖縄慰霊の日」です。沖縄では公共機関は休日となっています。アジア・太平洋戦争で唯一地上戦が展開された沖縄では戦後73年経ったいまも戦争の傷みは消えていません。基地の問題を含め、解決すべき課題が山積している中で、日ごろついつい忘れがちになる沖縄の現状についてこの日に改めて意識を向けることは大切なことです。

6月22日(金曜日) 海外衛星テレビチャンネルを見ていると…

 私がいつも視聴している海外衛星チャンネルは、アラブ諸国のものが主なのですが、ザッピングするとインドやパキスタン関係のチャンネルも視ることができます。言語もさまざま、またニュースの伝え方もさまざまで、興味は尽きません。

 ザッピングをしていて「お!?」と思わず手を止めてしまうのが、お堅いイメージがある(と皆が思い込んでいる)イスラーム圏向けのチャンネルで時々(結構頻繁に?!)流れるエログッズやSEX関連商品のCMです。これがなかなか面白いのです。よく目にするのが強精剤のCM。日本の衛星チャンネルで深夜になると延々と流れる番組なのかCMなのかわからないようなショッピング番組がありますが、あんな感じで結構延々と商品の宣伝が流れます。

 この種のCM、必ず登場するのがいかにもという感じの豊満なおねえちゃんたち。体をクネクネ、カメラ視線でテレビの前のいたいけな(笑)男性たちを挑発し「私たちを悦ばせるにはパワーが必要よ♪ このパワー●●を使えば…」なんてセリフをのたまうのです。そして必ずその後には胡散臭い医者や研究者のオッサンが登場して「医学的にも証明されています」などとおっしゃるのです。

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 そして「普通なら●●ルピー(パキスタンの通貨)のところ、●●本限定で●●ルピー。いや、さらに値下げして●●ルピー!」という字幕とともにフリーダイヤルの番号が表示されます。衛星テレビチャンネルのメリットを活かし、他の国の連絡先やそれぞれの国での価格も表示されるところはさすが!です。

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 ちなみに、わたくし、こうしたCMを制作する側の人たちと話をしたことがありますが「あんなもの、イカサマですぜ。効き目があるわけないじゃないですか。登場している研究者もニセモノです。でも売れるんですよぉ♪」などとショッキングな証言を軽~く話してくれたことに「さもありなん」と思いつつ少しショックを受けました。

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 きょうその種のCMをまた見ていると、男性の下半身を大きくする(と効能を謳う)ポンプが売られていました。かなり刺激的な男女のクネクネ映像も時折流れて、これは絶対家族と一緒には見られないだろうと 笑  イスラム圏向けなのに開けっ広げに下半身の話をするような構成で、イラストで使用法まで解説していました。制作はおそらく東欧のどこかの国なのだと思いますが、そもそもイスラム文化圏では友人の間はともかく、メディアではこの種の話題・情報は流さないので、視聴しているほうにとってはどんな感じなんだろうと興味があるところです。ましてやフリーダイヤルにアクセスして商品を買う人がいるのかどうか…

 いずれにしても、この種のCMを見ていると、イスラム圏であれ非イスラム圏であれ、性をめぐる問題や興味というのは万国共通なのだということを感じます。ちなみに上述のポンプのCMは中国や香港でも購入できるようです(香港ドルでは500ドル=約7000円!!!)が、日本は対象にはなっていません。興味のある方はお近くの「ドンキホーテ」にでも行ってください 笑

6月17日(日曜日) パラボラの修理

 今朝海外衛星チャンネルを視ようとしたら、信号がぜんぜん来なくなってしまっていました。先週関東地方南岸を通過した台風のときにもさほど強い風が吹いたわけでもないのにどうしたことか、と思って点検することにしました。

 アンテナの向き、仰角をチェックしてみましたが、殆どズレた様子は見られません。でも、何度かアンテナの角度を動かしてみました。しかしまったくチューナーのシグナルインジケータは反応しません。Dishからチューナーまでの同軸ケーブルが途中で切れている可能性も考えにくい状況の中、ひょっとして?と思ってチェックしたのがLNB(パラボラの中心のところで信号を集める装置で、フィードホンとも呼ばれている部分です)と同軸ケーブルの接続ターミナルでした。何しろ、アンテナを設置してかれこれ7年近くが経ち、いろいろなところに錆びが出てきているので、防水加工を施しているとはいえ点検するべき箇所だということで。

 結果はビンゴでした。LNB側の同軸接続端子の中が錆びていて、同軸の心線が折れてしまっていました。これでは信号が来ないのも当然です。LNBの感度がいまいちなので、この際買い換えようかとも思いましたが、たとえLNB一つが数千円だとしても出費としては小さくありませんから、ここは修理を試みることとしました。

 同軸接続端子を紙やすりで磨いてサビを落とし、折れた心線をカッターナイフの先でほじくり出し、ターミナルのほうは準備万端。同軸ケーブル側も錆びた接続端子を切り落として、新たに接続端子をつけました。LNBにつないだ上で防水テープを巻いて雨水が入って再び錆びないように対策しました。

 衛星チューナーのスイッチを入れると、元通りAsiasatの映像がきれいに受信できるようになりました。このHPの自己紹介のページにも書いてあるとおり、私、一つのパラボラでAsiasat5と7の2つの衛星を受信できるようにダブルフォーカス仕様で衛星チャンネルを視聴しています。アラブ諸国の衛星テレビ・ラジオチャンネルのほか、Al-Jazeerah EnglishやDW、France24、RT(Russia)など多くのチャンネルが見えます。時代はインターネット全盛ですが、やはりテレビ番組はパソコンではなく大画面テレビでストレスなく視聴できることが一番だと思います。IPTVの普及にはまだ時間がかかると思います。

6月16日(土曜日) 未だに謎の録音

 昔の録音を整理していたら、1980年7月4日付けのEスポの音声を発見しました。チェックしていたら、その中に当時私を悩ませた謎の録音が含まれていました。その音とは…? まずはこの音を聞いてみてください。

 これは京都の自宅で受信した音ですが、録音されているのは明らかにインドのフィルムミュージックです。当時使っていたSONY ICF-2001でザッピングしていたところ、急にこの音楽が浮かび上がってきて、そして音楽の途中であっさりと消えていってしまったのです。西日本とはいえ京都においてEスポでインドあるいはバングラデシュが開けるとは到底思えず、資料をあれこれ調べたり、周囲の仲間にも話をしたものの訳がわからずずっとお蔵入りしていた録音です。

 唯一手がかりとなるかもしれないのは、当時中国の中央人民広播電台には外国の音楽を流す時間があったらしく、その中でインドのフィルムミュージックが放送されたのではないかということです。ただ、当日の記録にはこのインド音楽が流れたのは一つの周波数だけで、他の中央人民広播電台(全国中継)の周波数(FMで複数波受信できていました)は別番組だったとも記されています。おそらく中国のローカル局が外国の音楽を流したという可能性が高いのではないかと推測しつつも、結局のところこの録音の正体について最終的な答えは得られないままとなっています。

【追記】
 インドの知人から、この楽曲は有名なインド映画「Caravan」(1971年作品)の挿入歌でGoria Kahan Tera Deshというタイトルだということを教えてもらいました。Youtubeで調べてみると、ありました! 次のリンクをクリックすると 映像とともに見ることができます。しかし、やはりなぜEスポのときにこの曲が聞こえたのかはわかりません。やっぱり中国説が有力ですけど。

6月15日(金曜日) عيد مبارك Eid Mubarak

 ラマダーン月が終わり、断食明けの祭り「イードゥル・フィトゥル」が始まりました。

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6月10日(日曜日) こんなこともあるんだ…

  • Posted by: KAUNAS
  • 2018-06-10 Sun 04:11:52
  • 未分類
 近所のスーパーで清涼飲料水を箱買いすることにしました。まとめて買ったほうが断然安いからです。箱を見たら、運がよければQUOカードが当たる…と書かれていました。まぁ大体そんなものに期待をしてモノを買うわけではなく、今回も全然気にせずに無作為、無造作にカートに乗せました。

 清涼飲料やアルコール飲料のキャンペーンは、たいていシールか何かを台紙に貼ってメーカーに送るようになっていて、そこでさらに抽選が行われて… というおおよそ期待なんてできない手順となるのですが、今回箱に書かれている文章を読んでみたら、当選している場合は箱の中にQUOカードが入っているとのこと。

 この文書を読んでいる方は、もうこのへんで「当たりが出たんでしょ」と思われていると思いますが、はい、そのとおりです。なんとQUOカードがヒラリと手許に現れたではありませんか。物事、期待していないときによいことがおきると一瞬何が起きたかわからずに??という感じになりますが、今回もそう。おかげさまで商品価格の半分ぐらいが戻ってきた勘定になりました。よかったよかった。

 メーカーのキャンペーンのうたい文句はウソじゃなかたということで、これまで散々インチキだのどうのと毒づいてきた身としては、逆に裏切られたような気にすらなりました。と同時に「こんなことでことしの運を使い果たしてしまったのでは??」という一抹の不安も涌いてきました。

 そういえば、こうした「当たり」は結構続くものでして、かれこれ15年ほど前に海外旅行に出かけた際にショッピングセンターで50ドル相当の商品券が突然当たってしまい、ほとんど買うものを買い終えたタイミングだったので、何を買うべきか迷った経験を思い出しました。それがきっかけでその年は年末ジャンボ宝くじを買ってみたところ見事に1万円に当選しましたし、年賀はがきのくじにも当たるという幸運に恵まれました。これはホントの話です。ということは、今回の清涼飲料の当たりをきっかけにまだ「当たり」の運気は続いていると考えて、夏の宝くじなどを試してみる価値があるかもしれません。

 などといい気になっていると、怖い「当たり」に出くわさないとも限りません。ほどほどに、というところでしょうかね 笑

6月9日(土曜日) EスポでワイドバンドFMは大変

  • Posted by: KAUNAS
  • 2018-06-09 Sat 12:19:32
  • 未分類
 朝からEスポが出ています。中国、韓国がかなり強力に聞こえています。

 最近は中国局も多様化しているので昔のような単純なIDじゃなくハイカラな局名が出るケースも多く、中国語を解さない身としてはなかなか難物が多いのです。その反面英語でのアナウンスが併せて出ることもあるのでそのような場合は助かります。

 Eスポで海外のFMが多数聞ける状態になると、国内のワイドFMに影響が出てきます。去年も同じようなことを書いたかもしれませんが、この1年で関東地方で聞けるワイドFM局が少し増えましたので、問題はさらに深刻になっています。きょうのEスポでは近隣のFM局は何とか聞けるものの、中・遠距離の弱い電波は完全に混信でやられてしまっています。ワイドFMを始める際、Eスポのリスクがどの程度考慮されていたのか… ワイドFM(補完FM)は緊急報道にも活躍することが期待されていますが、大切な情報がEスポの混信で届かないなどということが起きないとも限りません。めったにないことでしょうけれど。

 学生時代にはEスポが発現すると本当にワクワクしたものです。時報直前になるとどの周波数に固定してIDを待つのかパニックになるほど迷ったり、ID直前で深いフェーディングの谷に入ってしまってガッカリしたりということもありました。きょうのような夏の明るい太陽を尻目に家の中でラジオにかじりいていました… 

 いまはもうIDが出るまで粘ろうなどというこだわりもなくなりましたけど、FM帯で朝鮮語や中国語が聞こえてくると「夏がきたなぁ」と思います。"Eスポ"はまさに夏の季語です。 

6月8日(金曜日) 1980年のきょうのLOGから

 1980年のきょうのLOGを覗いてみることにします。いつものとおり、JST/kHz/局名/使用言語/SINPO の順で表示しています。

0000 21505 BSKSA in Arabic 44443
0005 21735 RTM-Morocco in Arabic 34443
0200 17930 LJBC-Libya in Arabic 44444
0300 6550 Voice of Lebanon News in French & English 34433
0330 9022 VOIRI in English 34433
0430 9670 TWR-Monaco in German 44443
1200 15170 Radio Liberty in Russian 43443
1200 15135 Radio Liberty in unID language 43443
1900 21700 RCTV Dubai in Arabic 24432

 この日はなんと午前4時半まで起きていたようです。普段なら午前3時というのが「お化けの出る時間」への扉で(これはいまも変わりません)その時間を超えると罪の意識すら感じたものですが、何があったのでしょうか。Crazyだったとしか言いようがないです 笑

6月3日(日曜日) 正統政府側のイエメン国営ラジオ(11860kHz)

 イエメン在住の知人(イエメン人です)から連絡が入り「あなたの手紙がイエメンの正統政府側のラジオ放送で読まれた」というのです。驚天動地とはこのこと(そんなにオーバーなことではないかな? 笑)です。

 ご存知のとおり、イランの支援を受けたフーシー派が首都サヌアと周辺都市を占拠しているイエメンでは、正統政府側がサウジアラビアに拠点を置いて短波で放送を行っています。日本では午後の時間帯に同じ周波数の中国局と混信しながら何とか確認できるほか、深夜から朝方にかけても受信が可能です。

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 この放送は郵便での受信報告は受け付けていませんが、Facebookのアカウントは開設しています。記事の更新の頻度が低いので果たして担当者がチェックしているのか怪しいと思いつつメッセージを送ったら、担当者から返信があり、その後何度かメッセージのやりとりをしました。もちろん私「あなたがたを支持します」などという無責任なメッセージは送らず、「かつてイエメンを訪問した身としては、現在の状況は憂うべきものである。平和が再び戻るように願っている」という当たり障りのないメールを送っただけでしたが、それが「リスナーの手紙のコーナー」で紹介されたというのです。

 当然のことながら私はその番組を聞いていませんでしたのでたいそう驚きました。正確な放送日と放送時間を知人に教えてもらおうと問い合わせ中です。

 これまでは、正統政府側のイエメン国営放送の11860kHzは果たしてどのくらい聴かれているのか疑問に思う気持ちもあったのですが、私の知人のようにラジオを聴いていて私の手紙が読まれたことを教えてくれるようなケースに遭遇したことで、現地の人びとの中にはがBBCやSawaと並んでこの放送も聴いている人が少なからずいるのだろうという認識に到りました。

6月2日(土曜日) 有難いけど もう結構なんですけど…

 郵便受けを見たら大型の海外郵便が届いていました。最近は受信報告などまったく送っていないので、またRadio Kuwaitからかな?と思ったら、やはりその通りでした。

 封筒の中身についてはイヤ~な予感(Kuwaitには悪いのですが)がしました。開けてみたらその予感は的中。また卓上カレンダーが同封されていました。ことしに入って3つめのカレンダー、しかももう6月ですよ。封筒の消印をみたら4月18日付となっています。航空便と封筒には書かれているのに、混載便に乗せるために待ち時間が長かったのでしょう、今回も1ヵ月半を要して日本に届いたことになります。

 以前にも書きましたが、このカレンダーにはスケジュール表がついています。Radio Kuwaitは通年で同じ周波数を使用するつもりのようで、当然のことながら年初に受け取ったカレンダーに書かれていたスケジュールと同じものです。

Kuwait calendar

 いまになってよ~く思い出すとRadio Kuwaitは放送局としてはさほどサービスのよいほうではなかったことに気づきます。昔からQSLが送られてくるまでには時間がかかっていましたし、QSL自体も頻繁にデザインが変わるようなこともなく、70年代から今までに5種類ほどの確認証が発行されてきた程度です。QSLカードのほかにはスケジュール表やステッカー、そして絵葉書が送られてくることがあり、中東の局の中ではリスナーに向き合う姿勢が見える局ではありますが…

 私自身はなぜかRadio Kuwaitとは相性が比較的よく、局のメーリングリスト(どうやら存在するようです)に重複登録されていることが、今回のようなカレンダー連発につながっているのだと思います。せっかく送ってもらったカレンダーですが、もう置き場所がありません。しかも休日がKuwaitの休日になっているし、金曜日と土曜日が休日(赤で表示)されているなど、職場に持っていっても混乱するだけです。唯一使えるのは、西暦とイスラーム暦が混記されていることで、ことしのラマダーンがおそらく6月14日に最終日となるだろうことがわかる点でしょうか。

 こんなことを言うと罰が当たるかもしれませんが、さすがにもうカレンダーは要りませんねぇ。 

6月1日(金曜日) 国際放送記念日

 6月1日は日本では「電波の日」です。1950年6月1日の電波法・放送法・電波監理委員会設置法のいわゆる「電波三法」の施行に際して、国民への電波利用に関する知識の普及啓発を目的として翌51年に「電波記念日」を制定しました。その後54年に郵政省によって「電波の日」として新たに定められてこんにちに到っています。

 私たちにとっては、6月1日は83年前に日本で国際放送が始まった「国際放送記念日」のほうが馴染み深いものがあると思います。

NHK 1935

 1935年6月1日に始まった戦前の国際放送は「ラジオ・トウキョウ」としても知られましたが、45年8月の敗戦後GHQの命令により7年間国際放送の実施が禁じられました。1952年に新たに「ラジオ・ジャパン」の名称のもとに戦後の国際放送が再開し、きょう6月1日で通算83年を迎えました。

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 これまで国際放送開始25年、50年の際には記念切手が発行されましたし、30年、40年、50年などの節目には記念ベリカードが発行されたこともあります。

Radio Japan QSL 65th anniversary
2000年の「65周年」の際に発行されたQSL(同じデザインの絵葉書もあり)

 日本の国際放送は、他国の国際放送と同様にメディア変革の波にもまれています。次の節目は2035年の国際放送開始100年になるかと思いますが、その頃まで「国際放送」というサービス形態が果たして続いているかどうか…

5月31日(木曜日) 更新停滞すみません

  • Posted by: KAUNAS
  • 2018-05-31 Thu 22:40:53
  • 未分類
 みなさま、すでにお気づきのとおり、先週末はこのページの更新ができませんでした。仕事とプライベートで雑務がたまってしまったのが原因です。ただ、いただいたメッセージやメールには目を通しておりますので引き続きよろしくお願いします。おそらく今週末には何か駄文をしたためることができると思います。

5月20日(日曜日) 1980年(38年前)のきょうのLOGから

 38年前のきょう、つまり1980年5月20日のLOGを紐解いてみます。ハイバンドが絶好調だったこともあり、朝から中東や北アフリカが13メーターバンドで受信できていました。いつものとおり JST/周波数/局名/言語/受信状態(SINPO) の順で表示します。

0730 21725 Voice of Free Sahara via RTA-Algier in Arabic 23432
1800 21695 Swiss Radio Intl. in English 44443
1805 21615 BSKSA Saudi Arabia in Arabic 34443
2100 21565 BSKSA Saudi Arabia in Indonesian 34443
2100 21545 Radio Kuwait in Arabic 44443
2100 21605 Radio Kuwait in Arabic 33433
2100 21685 Radio Kuwait External Programme in Arabic 34443 (21545、21605とは別番組)
2110 25790 Radio RSA in French 45444
2130 21635 Radio Sweden in English 44443
2130 12070 Radio Ulan-Bator in English 44444
2215 21505 BSKSA Saudi Arabia in Arabic 32422 (QRM Radio Moscow on co-channel)

 このころ21725kHzのアルジェがとても安定していて、当時アルジェ中継で出ていた「自由サハラの声」が何度か聴けました。他の日には21735kHzで0800JSTごろにモロッコが良好に受信できていて、10kHz離れて対立する二つの放送が聞こえるという状態でした。南アフリカから驚くほど安定して届いていた25790kHzにも思い出深いものがあります。今後11メーターバンドが再び使われることはほぼないかもしれません。短波放送全盛期ともいえる時代でした。

5月19日(土曜日)  久しぶりの歌謡祭

 私、20代の頃には週に2~3回カラオケに行くこともあったほどアクティブ(?)だったのですが、最近は年に4~5回がいいところでしょうか。いまは何人か気の合った仲間で「歌謡祭」と称して楽しむ程度ですが。

 そんな中、昨日は久しぶりの歌謡祭が開催され、参加してきました。それなりの年齢の仲間ですので「演目」も70年代からせいぜい00年代にかけてが中心です。

 昨日のテーマは当然のことながら「西城秀樹追悼」となりました。63歳という若さで亡くなった西城秀樹さんの楽曲はほんとうにたくさんあるのですが、実際我々の記憶にはっきりと残っているのは数曲というところでしょうか。このところBSで「寺内貫太郎一家」が再放送されていて、そこに出演していた西城さんの姿を見ていたので、訃報を聞いてとても残念な気持ちになりました。追悼の意味も込めて仲間とともに数曲を捧げました…

 それから昨日の歌謡祭では「TOKIO」の楽曲も登場するなど、今般の時の話題とシンクロした楽曲が続きました 笑

 最も頻繁に通っていたSHIDAXの主要店が東京で相次いで閉店した結果、行き場を失っていた我々ですが、やっと新規開拓ができました。音がよくて、清潔で、ある程度広く、それでいて利用料金がリーズナブルなところなどそうあるわけではありませんが、なんとか条件を満たす店が見つかったのです。仕事の息抜きに、これからお世話になれそうです。

5月18日(金曜日) バカヤロー♪ ふたたび

 先日このブログで書いたギリシャの歌の「空耳」についてですが、結論からいうとまだ曲名の断定には到っていません。ただ、きょういつも聞いているラジオ局をネットで聞き流していたら、ついに例の「バカヤロー♪」が流れました。通勤途中の電車の中で半分居眠りをしていたのですが、急に流れてきた「バカヤロー♪」のおかげで一気に目が覚めました。

 あれこれ手を尽くしてみてもそれらしい楽曲がYoutubeで見つからないのですが、何とか執念で正体を突き詰めてやろうと思っています。きょうの唯一の収穫は、曲が流れた時刻が特定できていて、「バカヤロー♪」のすぐ後に流れた歌がよく知っている曲だったということです。

 ラジオ局のContact Usはどうも機能していない様子なので、Facebookでその局のアカウントを見つけてメッセージを飛ばしてみました。ただ、こちらも効果があるかどうかはよくわかりません。とりあえずやるだけのことはやりましたけれど…

 また続報があれば報告します!

5月16日(水曜日) رمضان كريم  Ramadan Karim

 ことしのラマダーン月がはじまりました。

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 去年もこのページで書きましたが、ラマダーン(رمضان)というのは「断食」という意味ではなく、イスラム暦の9月の名前です。つまり、8月のことをAugustと英語で呼ぶのと同じようなことです。

 イスラムの教えでは、このラマダーン月の間、日の出から日没までの時間は食べ物はおろか飲み物も口にしない「断食」をすることが五行(信仰の告白、断食、一日五回の礼拝、喜捨、巡礼)のひとつとされています。とても厳格なムスリムの中には、唾を飲み込むことすらやってはいけないと解釈する向きもあるようですが、普通のムスリムはそこまで突き抜けているわけではありません。

 「断食」を行う理由は「貧しい人びとの気持ちをともに分かち合う」などがあります。しかし、若い世代の中には断食を行わない者も増えているようですし、マッカ、マディーナから東西に離れるほど断食をきちんとしない傾向が強いようです。多くの国のムスリムが酒も飲んでいますし、中にはひそかに「豚肉」を食べた(あるいは食べている)ムスリムもいます。イスラム世界にとっては大きなイベントであるわけですが、何時の時代、どこの場所にも例外というものは存在しているわけです。

5月13日(日曜日) 古い住所録

 午後から天気が荒れ模様になり、雨も激しく降り出したためまた資料整理をしています。いつまでも資料整理が終わりません。これまでの整理がいかにいい加減だったかを思い知らされております…

 古いLOGブックをひっくり返してみていくと、ページのところどころにメモが挟まっています。その中に、当時作成した住所録が何枚か見つかりました。もちろん手書き。ラジオ関係あり、学校関係あり、ですが、いずれも40年近く前のもので大半の方々はもうその住所にはおられないのだろうなと思いつつしばし眺めておりました。自分自身も、学生時代から数えると6回転居しているわけですから。

 ラジオを通じて知り合った仲間のうち、いまも音信があるのはほんのわずか。大半のみなさんには本当に不義理をはたらいてしまって、申し訳ないというか、残念というか複雑な気持ちにもなります。まぁ、大学進学~就職という流れの中で、趣味の世界から離れた方も多いでしょうし、ついつい仕事に没頭するあまり没交渉になり、そのまま…というパターンが殆どです。

 手紙だけのやり取りで実際に会ったことがない方も多かったのですが、古い住所録というのは眺めているとタイムスリップしたような気分になります。あ、もちろん今さらそれを悪用しようなんて気持ちは毛頭ありませんのでご心配なく…

5月12日(土曜日) サウジアラビアのジャミングは

 先週このブログで触れた、イランのVOIRI(IRIB)のアラビア語放送に向けたサウジアラビアからのものと思われるジャミングですが、新たにVOIRIのアラビア語放送13785kHzにサウジアラビア国営放送BSKSAの海外向けウルドゥー語放送が「意図的に」混信するようになっています。

 カイロのTarek氏からの情報によりますと、5月2日のUTC1353に、VOIRIのアラビア語放送に急にBSKSAのウルドゥー語放送が混信してきたとのことです。つまり、サウジアラビアが突然周波数を変更してイランのアラビア語放送と同じ周波数でウルドゥー語放送の発信を始めたということです。

 このようなサウジアラビアの電波攻撃は、先日この項目で触れたモロッコによるイラン非難の動き、そして何よりも日本時間の9日午前3時に米国トランプ大統領が発表した「イラン核合意からの離脱」という動きなどとシンクロしています。私の知人のイラン人は「次はイランが攻撃される」と心配しています。

 折りしもトランプはことし11月の中間選挙を控え、ユダヤ人票を狙ったパフォーマンスを繰り広げることに躍起です。イランの核疑惑が根拠のないものであったとしても、イラクやシリアに向けて行ってきたのと同様にイチャモンをつけた上で派手に攻撃することがイスラエル側の利益につながり、米国内のユダヤ票の取り込みが可能になると考えるのはさもありなんという感じです。中国という後ろ盾がついている北朝鮮とは異なり、イランはロシアとのつながりがあるとされるものの、地政学的に見ると米国が軍事攻撃を仕掛けてもすぐさま米国本土や同盟国に対する軍事的リスクが跳ね返ってくるリスクが少ないという点でちょっかいを出しやすいのではないでしょうか。

 「イランの核疑惑」を理由にイランを悪者に仕立て上げて「地域のリスク要因を減らすことに成功した」と喧伝する一方、朝鮮半島の非核化のプロセスを軌道に乗せる(ように見せかける)ことで、トランプが「ノーベル平和賞」候補になるという話まで出ています。11月までの間は特にこのような動きは活発であり続けるでしょう。

 さて、そうした動きの中でのサウジアラビアによるジャミング攻撃・混信作戦です。サウジアラビアは、ジャミングのほかに自国の放送を意図的に混信させることで目的の放送局を聞きづらくするという攻撃を過去にも実施したことがあります。放送の周波数を変えて意図的に混信させる攻撃は、中国の常套手段でもありますが、サウジアラビアも常習犯といえます。1981年のエジプトのサダト大統領暗殺事件直後には、反サダト・反米メッセージを発信するリビアの国際放送「アラブ世界の声」(17930kHz)の周波数に突如BSKSAのアラビア語放送が混信してきて驚いたことがあります。そのときの「意図的な混信」は数か月続き、当然のことながらリビアの国際放送は聞きづらくなりました。今回のイランVOIRIアラビア語放送に対する混信作戦と同じことが行われました。

 中東の親米国サウジアラビアは、米国が沈黙させたいイランの主張がアラブ諸国、特に現状ではイランと関係が深いとされるシーア派反政府勢力(フーシー派)が首都を占拠し続け、内戦状態に置かれているイエメンや、自国内にシーア派住民の多い湾岸のバハレーンやイラク、シリアなどに届くことを極力押さえ込むべく、さまざまな手を使って国際放送ラジオを妨害していくことと思われます。衛星テレビチャンネルについても、イランのチャンネル、特にアラビア語によるSahar TVなどのブーケ(同じ周波数のトランスポンダに割り当てられている複数のチャンネル)からの締め出しや、地上から強力な電波をトラポンに発射する妨害工作などが行われている可能性があります。情報収集を続けます。

 一方で今回のサウジアラビアの動きは、中東地域において短波ラジオがまだ一定の影響力を持っていることを米国やサウジアラビア政府が認識している証であると考えます。冷戦時代が終わり地域紛争の時代に入ってすでに30年近くが経ちますが、電波の世界ではいまも目に見えない闘いが続いています。

<追記>

 サウジアラビアによるジャミングの背景について、書き忘れたこと、しかも大切なことがあります。それは、サウジアラビア自体の問題です。つまり内政。

 サウジアラビアではサルマーン皇太子による改革が進められているとされています。女性の権利拡大、汚職追放等々です。しかしその一方で、サウジアラビアの経済は行き詰まりを見せていますし、皇太子による改革を快く思わない勢力もいます。むしろ皇族や政治家たちの中には快く思わない人たちのほうが多いともいわれています。外交面でもカタールと断交したことを失敗だったと見る国内勢力も少なくないようです。隣国イエメン情勢については、首都サヌアをはじめ、北部の主要都市をイランとつながりが強いとされる反対派(フーシー派)の掌握されてしまっていて、サウジアラビアが影響力をもつ正統政府側は失地回復をはかれていません。

 そうした中、アラビア湾を挟んだ対岸のイランからの挑発行為は続いています。とくにこのようなサウジアラビア国内の状況についてイランメディアが伝えてサウジ国内の不満分子を扇動すること、あるいは隣国イエメンのフーシー派に対するイランからのさまざまな支援は、サウジアラビア政府にとっては看過しがたいことであるでしょう。

 アメリカの動き、モロッコをはじめとするアラブ諸国のイランに対する「イチャモン」、サウジアラビア自身の内憂外患… このような要素も、アラビア湾を挟んだ電波戦がエスカレートする一因となっていることは間違いありません。

5月11日(金曜日) これは秀逸だ と思ったギリシャの歌

 通勤途中に聞くギリシャの音楽局のライブストリーミングで「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」に出したいぐらいのおもしろい楽曲が流れていました。でも、この放送局は楽曲名を知らせずにほぼノンストップで音楽を流し続けるものですから、タイトルがわかりません。

 きょう、帰りの電車の中でのことです。普段聞き慣れている楽曲が何曲か続いた後、突然ギリシャ音楽(この放送局はいつもは民謡系の楽曲を中心に流している)にはおおよそ似つかわしくない、子どもの合唱曲が流れてきました。このラジオ局は毎日同じ楽曲を流すことも少なくないのですが、長年聞いていながらきょう流れた曲を聞くのは初めてのことでした。

 この楽曲、確かにメロディーラインはギリシャ音楽の基本を抑えています。しばしその響きを楽しんでいると、時折明らかに「バカヤロウ」と聞こえるフレーズが入ってくることに気づきました。しかも、とてもやさしい感じで「バカヤロウ」と語りかけてくるような… そのフレーズは曲の中のいわゆる「サビ」の部分で何度かリフレインしていました。「馬鹿野郎」という言葉の意味と、ギリシャの子どもたちがやさしく歌う「バカヤロウ」の落差に思わずクスっと噴出してしまうほどでした。まさに秀逸の一曲といったところでしょうか。

 家に帰って早速ギリシャ語で「バカヤロウ」に近い音がないか調べてみましたが、そのような単語は出てきません。Youtubeにギリシャ文字でβακαψαλοだとかβακαψαροだとか、RとLを入れ替えたり、kの音を重ねてみたりとあれこれ工夫を凝らして検索かけてみましたが、結局はヒットせず。仮に、いつも聞いているギリシャ音楽ラジオ局がこの曲をもう一度流してくれたとしても、おそらく調べようがないのではないかと… 「何時何分に流れた楽曲のタイトルを教えて」とラジオ局に尋ねたとしても、う~ん、望み薄かも。しばらくはあきらめずに検索をかけてみます。見つかったら、ぜひ「タモリ倶楽部」に投稿したいです。

5月6日(日曜日) 大型連休最後の日 ~ コーラン辞典のはなし

 午前中は天気がよかったので家の片付けをして、冬の暖房機をしまいこむと同時に扇風機を据えつけました。まだ朝夕は少しひんやりするものの、確実に季節は切り替わり時期を迎えています。いわゆるクールビズというのも始まっていますし。午後からは天気が急に荒れ模様になるようで、すでに強い風が吹き始めています。洗濯ものは早めに取り込んでしまおうと思います。それにしてもあっという間に連休が終わります。寂しい限りです。過ごし方にもよると思いますが、一週間というのはこんなにも早く過ぎるものかと…。連休明け初日の天気が雨、しかも荒れた天気となると、出鼻をくじかれて辛いです。

 …と、どうもグチばかりでいけません。失礼しました。

 さて、本題に話を移します。タイトルにも書いたとおり、きょうは辞典の話です。本の名前は「コーラン辞典」。チュニス留学中の5月に購入し、以来大切にしてきた本です。

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 コーラン辞典というのは、コーランの一節(キーワード)で検索すると「何章の何節」かがわかる辞書なのです。神の名前「アッラー」はあまりにも多く登場するのでキーワードとしては不向きですが、それ以外の単語で引きます。この辞書を使いこなすにはアラビア語の知識が必要ですが、少しでもアラビア語を学習した人には実に便利です。そして私の利用法は、もちろんラジオ放送に紐づいています。

 中東をはじめ、アラブ・イスラム圏の放送とコーランは切り離せない関係にあります。放送ではしばしばコーランの朗誦が流れます。放送を聞いている側にとってはコーランが流れる時間は(非ムスリムにとっては)とても退屈な時間です。しかし、この辞書が傍らにあると、状況はまったく違ってきます。

 まず放送に耳を澄まします。そして朗誦されているコーランのフレーズの中で、自分で理解できる特徴的な単語を聞き取ります。それを辞書で調べます。そうすると、いま放送で流れているコーランの朗誦がどこの章のどの節あたりなのかを知ることができます。あとは、コーランの日本語訳がいくつか出ていますから、それと照らし合わせながら「なるほど、こんなことを言っているんだ」と納得しながら放送を聞くことができるというわけです。当然のことながら受信報告を書く際にも、放送局側の心象は非常によくなりますし、なんと言っても報告書の信頼度が桁違いに高まります。退屈だったコーランの朗誦が、目の前の霧が晴れるようにクリアになる… そんな本です。

 コーランの朗誦は、特に意味なく章の順番どおりに放送している放送局もありますが、何らかの目的を持つ放送、たとえば地下放送であったり、特定の放送対象にむけてオンエアしている放送であったりする場合には、決まった章で放送を開始したり終了したりすることも多いです。また、国家元首が死去したとか、国の記念日だとかの場合、それからラマダーン月の始まりと終わり、イード(祭礼)に際してはそれぞれにふさわしい章、節を朗誦します。

 たとえば1980年代にアフガニスタン向けに放送を実施した地下放送局「アフガニスタン・ムジャーヒディン放送(俗称) ⇒ のちに"統一の声"と改称」は、コーランの第93章「朝の章」で毎日放送を開始・終了していました。この章は、現世よりも来世はより素晴らしく、物乞いを追い払わず、孤児を大切に扱うなど現世において善行を積むべきである…と説いています。アフガニスタンへのソ連の侵攻をきっかけに放送を開始した地下局がこの章に込めたメッセージは「迫害、抑圧を受けるとも信仰を固く持ち続けること」をも説いており、信仰を固く持つということは、自らの信仰が冒される危険に際しては聖戦も辞さずという生き方につながるのです。

 このほかイラン・イラク戦争当時のテヘランからのアラビア語放送も毎日同じ章・節で放送を開始していましたし、湾岸戦争終結前のRadio Baghdadでは「相手側が和平を望むなら彼らとともに行くがよい」というコーランの朗誦が流されたりもしました。そういう意味では、コーランというのは実にメッセージ性が高いものであり、中東情勢を読む際に放送で流れる朗誦に注意を払うことには大きな意味があります。「コーラン辞典」は、情勢分析には必要欠くべからざる辞書なのです。

 最近では、インターネットの普及により、聞き取ったキーワードをGOOGLEに入れるなどして検索すると章と節の番号がわかったりしますが、自分の場合はネットの画面を動かすよりも紙媒体のほうがページ内を俯瞰し、いくつもの候補からすばやく目的の部分を発見できるなどのメリットもあるので、今もこの辞書を活用しています。 

 

5月5日(土曜日) 期待したほどじゃなかったかな…

 東京上野の博物館で開かれている「人体展」を観にいってきました。評判の展示会で、混雑しているという事前情報がありましたが、実際に訪れてみて驚きました。何しろ、入場規制をやっていて、入場券を買ったあとに博物館に入ると展示をすぐに見ることができるかと思ったのに、整理券を配られて、1時間半後に入場口に来るように言われました。

 結局、午後1時半ごろに博物館に行ったのに、中に入れたのは15時過ぎでした。しかも混雑していて、皆がゆっくり展示を見て回るものですから、とにかく混んでる… 

 ただ、残念なことに展示の内容は、正直なところそこまで感動するようなものではありませんでした。以前に放送されたNHKスペシャル「人体」と連動しての企画だとのことですが、テレビ番組で見た内容をなぞるような感じだったことと、目玉になる展示品(たとえば人間の脳の切片だとか)以外は説明文が多くて展示品の比率が低いし、人体といっても取り上げられていない部位も多く、期待していたのに肩透かしを食らった気分。学生時代、理科室の標本で目にしたものを充実させたような(ま、もちろんはるかに充実しているのでしょうけれど)印象で、やや消化不良な感じで展示を見終わりました。入場料は1600円(大人)でしたが、ちょっと高いかな…。

 でも、きょうは天気がよくて、少し暑いぐらいの一日でしたので、外出して気分転換をするにはうってつけでした。連休の後半、郊外に遠出している人が多かったのか、電車は普段の休日よりも少し空いている感じでした。上野からの帰りにアメ横に立ち寄ってちょっと買い物して帰宅しました。

5月4日(金曜日) たくさんの訪問ありがとうございます

 昨日Interval Signals Archiveを復旧したところ、突然多くの方々の訪問をいただきました。ありがとうございます。以前のArchiveと比べて収蔵音源の数は増えておりませんし、記載内容も一部を改定したものの基本的には以前とさほど変わっていません。しいて言うなら、これまでフォントや色味が統一できていなかったところを可能な限り揃えるように手直しした点ぐらいでしょうか。にもかかわらずこのHPにとってはこれまでになく多数の来場をいただけてありがたいと思っております。

 多くの皆さんが当HPのインターバル・シグナルの音源をおもしろいと感じていただければわたくしも大変嬉しく思います。昔の音源というのは、カセットテープのまま置いておくと劣化が進んでいずれは再生不能となります。そういう事態になる前にデジタル化してHPにアップするというのは、必要な作業だと思っています。我が家にある録音の一部でしかありませんが、それでもやらないよりはマシですから。

 連休も後半に入り、徐々に連休明けのことを考えて気が重くなり始めています。まだ土日の2日を残しているにもかかわらず、その先のことを考えてしまうとは、我ながらなんと貧乏性なのでしょうか。あす土曜日、そして連休最終日の日曜日はともに天気がよいようです。やり残した家の仕事、とくに冬の暖房器具の掃除と片付けに追われながら、新たな週を迎えることになりそうです。

5月3日(木曜日) インターバルシグナル・アーカイブ 復旧

 しばらくの間閉鎖していたインターバルシグナル・アーカイブを復旧しました。

 記載内容が古くなっていたのと、音源の不正使用に対抗するためページを一時閉鎖し、一部内容の書き換えを行った上で再び公開を始めました。音源は基本的には以前と同じものを使用しています。音源のファイル形式はMP3ではなくrm形式としています。対応するプレーヤーを準備していただければ聞くことができます。MPC-HCというプレーヤーが一番軽くて便利です。検索すると出てくると思います。

 インターバルシグナルの音源は、基本的にはインターバルシグナルが収録されているものを公開していますが、一部で放送の終了時のアナウンスと国歌が流れるものも含んでいます。音源はできるだけ受信状態がよくて聴きやすいものを選んでいますが、一部は受信状態があまりよくないものもあります。また、リンク切れになっているファイルがいくつかありますが、現在調整中ですので、しばらく時間をいただきます。

 現在公表している音源のほかに、デジタル化途上のものがいくつかあります。また、以前からお伝えしている「地下局」のシグナルも多くはありませんがデジタル化の方向で動いています。どこかで公開できればと思います。

 なお、このHPで公開する音源の権利は当方に帰属していて、Youtubeなどで無断で使用されているケースについては見つけ次第削除要請をかけていきます。これまでに3件の不正使用を発見し、対応しました。マナーを守っていただけるようお願いします。

 ご意見やご指摘、お問い合わせはコンタクト用のリンクからご連絡ください。可能な限り対応させていただきます。よろしくお願いします。

5月2日(水曜日) 中東情勢が緊張の度を高めているようです

 昨日、エジプトのDXerとして知られるTarek Zaidan氏から「イランのIRIBのアラビア語放送に強力なジャミングがかかり始めている」という情報が届きました。Tarek氏によると、サイレン音タイプの妨害電波で、おそらくサウジアラビアが発信源なのではないかと推測されるとのこと。

 一方、サウジアラビアからの短波送信は特に妨害を受けてはいません。17時台の17723、17740kHz(なんと、近接した周波数2波で同じ番組が聞こえます)など複数の周波数をチェックしましたが、いずれも妨害はかかっていないようです。ただ、アジア向けのHoly Qur'an17895kHzには5月1日日本時間午後3時の時点で電子音の妨害が乗っているように聞こえたのが気になります。

 また今朝ほど入ってきたニュースによると、モロッコ政府は、敵対する「サハラアラブ民主共和国」に対する軍事的支援を理由にイランとの外交関係を断絶しました。サハラアラブ民主共和国は、旧スペイン領サハラの独立を主張するポリサリオ戦線(POLISARIO)によって宣言(1976年2月)され、国際的には76カ国が同国を承認しています。一方のモロッコは旧スペイン領西サハラを併合し、領有権を主張しており、双方は91年に国連が仲介するまで武力衝突を繰り返していました。

 イランのアラビア語放送への妨害の情報の直後にモロッコとイランの断交のニュースが飛び込んできたので、妨害電波の発射がこの問題に起因しているのかとも思いましたが、真相はどうでしょうか。

 実は、サウジアラビア政府はたとえば1980年代初頭のリビアとスーダンの政治的緊張の際にはリビアの国際放送LJBCに妨害電波を発射しましたし、その後90年に起きた湾岸危機~湾岸戦争(イラクによるクウェート侵攻)の際にはイラク国営ラジオに大規模な妨害を行いました。サウジアラビア政府は自国の利益のみならずアラブ諸国のうち王政や親米政権の不利益になるようなアラビア語放送に対して、こうした「電波介入」を実施した実績を持っています。ですから今回サウジアラビアが、モロッコとイランの関係悪化に際してイランのアラビア語放送へ妨害を行っても不思議ではありません。ただ、この妨害が本当にサウジアラビアからのものなのかどうか等を確認する必要があります。何か新たな情報が入ればこのページで紹介していきます。

5月1日(火曜日) 5月になると思い出すのは…

 世の中は連休の谷間。9連休中の人も少なくないのでしょう。私はカレンダーどおりきょうは出勤でした。通勤電車は心なしかいつもよりも空いていましたので、いつもよりも穏やかな通勤風景となりました。

 さて、以前何度か書いたことがあると思うのですが、5月1日というとメーデーです。東京などでは例年通り大規模な集会が行われました。景気がよくなったといわれているにもかかわらず、私たちの日常生活ではそうした感じがないという中、基準賃金のアップや働き方についてのスローガンが目立ちました。

 「メーデー」という言葉には、私にとっては「集会に参加したあとデモ行進。きょうは仕事をしなくてもいい日だ」という、なんともノスタルジックな響きがあります。かつて自分がまだ社会人として駆け出しだったころは、労働運動もいまよりは盛んで、メーデー集会にも多くの人びとが動員されていました。私も動員に応じて集会に参加したことが何度かありました。集会では当時の野党の指導者たちがスピーチし、その後グループごとに分かれてデモ行進(といってもダラダラ歩く)を行いました。5月の陽気が気持ちよくて、普段のオフィスワークを合法的に抜け出すことができる一日は、貴重でした。そんなメーデーイベントも、何時の頃からか5月1日ではなくて直近の休日に開催されるようになり、催し物色が強くなっています。

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 5月1日というと、ラジオファンとしては冷戦終結前の東側諸国の放送の記憶を忘れるわけにはいきません。社会主義圏のメディアはメーデーイベントを大々的に取り上げていました。モスクワ放送は赤の広場で行われるメーデーパレードについて伝え、あの有名な「5月のモスクワ」という楽曲を流していました。チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、アルバニアなどの国際放送もこぞってメーデー関連の情報を流しました。各国の指導者のスピーチやコメントもニュースなどで報じられました。5月1日は旧東側の国際放送にとっては特別な日だったのです。

4月30日(月曜日) イメージ戦略

 すでにメディアがイヤというほど伝えているのでここで多くは書きませんが、先週行われた南北首脳会談をみなさんはどうご覧になったでしょうか。

 歴史的な会談だった… というのはそうかもしれませんが、韓国の世論の8割までが「北の委員長のイメージがよくなった」と感じていることには違和感というか、イメージ戦略の恐ろしさを抱かざるを得ません。

 もちろん、米国や中国の圧力もあって今回の会談が実現したのでしょうけれど、だからといって多くの人びとを抑圧し、収容所に送って殺害し、餓えさせている独裁者が一夜にして善人に変化するなどということはあり得ないと思うのです。独裁者が行うパフォーマンス、時折発するジョークも含めて、テレビを見て「まずはよかったじゃないか」とは決して手放しで喜べないと感じています。人権蹂躙で国際的に裁かれなければならない人物が、笑顔をふりまく図というのには違和感があります。

 かつて金大中・金成日会談が行われ、一時は東アジア情勢が大きく変わると期待されましたが、それもつかの間、結局は元の木阿弥でした。もちろん日本人を含む拉致問題にも進展は見られず、です。今回の「歴史的」会談の結果はどうでしょうか。

Radio Korea

 唯一前回と異なるのは、今回は南北だけでなく、その後に米朝首脳会談が控えていることです。動機は不純であれ、よい結果を生んでくれることにかすかな期待を抱きたいものです。ただ、いずれにしてもこうした流れの中で日本はますます蚊帳の外です。そもそもレームダック状態の政権、首相には米国のジャイアンに頼ることぐらいしか打つ手はない。とっとと別の政権になって、急いで体勢を立て直さなければますます置いてきぼり。中東歴訪なんかしている暇はないはずです。というか、この期に及んでいつまでも居座ることが国益に反していることに気づかないとうのは情けないです。

4月29日(日曜日) どんなに着飾っていてもあのマナーでは…

 用事で東京方面に出かけました。連休中とあって比較的電車は空いていました。向かい側のボックスシートに母親2人とそれぞれ2人の子どもの計6人が座っていました。

 母親同士は話をしています。子どもがおやつを取り出しました。透明なプラスチックの筒状の入れ物に入ったラムネ粒のようなものです。でも、一人の子どもがふたを開け損ねてラムネを床にブチ撒けてしまいました。ところがその子の母親は慌てる様子もなく、ラムネの容器を子どもから受け取って、中身がほんの少しだけ残っていることを確認すると、そのままカバンの中にしまいこみました。ゴミとはいいませんが、車内に巻き散らかしたラムネは本来ならば可能な限り拾うのがマナーというものだと思うのですが、そのことにはまったく関心がない様子です。もちろん電車の床にはブチ撒かれたラムネが車体の揺れとシンクロするようにコロコロと行ったり来たりしていますが、母親は気にも留めずに話に夢中です。

 母親の身なりはそれなりのよそ行き風。それなりのマナーを身に着けていても不思議ではないはずなのに、そういうものがまったく備わっていないというヒドさです。このような非常識な母親に育てられる子どもの行く末は知れたもの。かわいそうです。こういう母親は、自分の家だけきれいにしておいて自宅から出たゴミを隣家の敷地や門の前にポイ捨てするような輩に違いありません(と、決めつける…)。

 その親子連れはすぐに電車を降りました。「ゴミを拾いなさい」と声掛けをする勇気もなかった私がブツブツ言うのも変ですが、ほんとに驚いた一件でした。ま、私の会社にもこの手の利己主義者がいるので、そんなに珍しい種類の人間ではないのかもしれませんけどね。

4月28日(土曜日) ラジオ局からもらったステッカー

 ことしも大型連休が始まりました。といっても特段何をするでもない… と言うと元も子もありませんが。この時期、国内外に旅行される方も少なくないと思いますが、わたくし、ことしは連休の中休みの1日は仕事なので、続けて9日というわけではありませんから、せいぜい庭いじりやら近郊でゴソゴソする程度になりそうです。

 休みになるごとに古いラジオ関係の資料を整理するのですが、きょうは放送局から送られてきたステッカーの扱いについて少し書いてみます。

 ベリ・カードやペナントと並んでDXerが多く所有しているのがラジオ局のステッカーではないかと思います。受信報告に対してベリ・カードとともに必ずステッカーを送ってくれるRadio Kuwaitや、トルコのVoice of Turkeyのほかに、何かの記念日などにちなむ放送を受信して投書を送った際にもらえるステッカーもあります。最近ではステッカーを送ってもらうこともRadio Kuwaitを除けばめっきり少なくなりましたが、手許にはそれなりの数のステッカーが残っています。

 皆さんはこうして送られてきたステッカーを貼るほうですか、それとも貼らずに残すほうですか?欧米では(他の国々もそうかもしれませんが)クルマにお気に入りの放送局のステッカーを貼っている人を結構よく見かけますが、私は後者です。まぁ、ステッカーを貼る場所もありませんし、珍しい局からのステッカーは貼ってしまうと色あせたり傷ついたりして、結局は失われてしまいますから、保存してしまうのです。

 でも、20年、30年と過ぎたステッカーには経年劣化という問題が生じてきています。材質にもよりますが、①裏の接着剤が乾いてしまって台紙からぱらりと外れてしまうケース ②ステッカーの周囲に接着剤が漏れ出てきてなんとなくネチョネチョになるケース ③ステッカーが少し縮んでしまい台紙のほうが大きくなったように見えるケース ④以上3つの複合ケース などの問題が生じてきています。クリアファイルにステッカーを保存する際には、接着剤部分がクリアファイルの台紙(紙の場合)にくっついてしまわないように配慮するようにしています。
IMG_20180428_0002.jpg

 ペナントやステッカー、そしてもちろんベリ・カードも、価値がわからない人たちにとってはそれこそゴミ同然なのでしょうけれど、やはり私は相当のこだわりを捨てられません…

4月27日(金曜日) 1976年のきょうのLOGから

 久しぶりに過去LOGを覗いて見ます。きょうは1976年の4月27日の記録からです。JST/FREQ/Station/Language/SINPOの順で表記します。

1900 15105 Radio Finland in Finnish 23432
1900 15190 All India Radio GOS in English 44443
1930 17850 Sri Lanka B.C in English 44433
1930 17710 Radio Budapest in English 34433
2000 15175 Radio Norway in Norwegian 33433
2000 18080 BBC in Japanese 24432
2000 9690 RAE in Japanese 32332
2035 15135 DW in Japanese 34433
2330 17710 Radio Budapest in English 25432

 いたって平凡な受信記録ですが、1900のRadio Finlandはまだアジア向けが始まる前だったので受信は簡単ではなありませんでした。ISの後鐘の音が流れる(現地時間の正午だからでしょう)のですが、なんとなく寂しい響きでした。あと、2000のRAEの日本語放送については、この時期時折聞こえる日があったようです。この日は放送内容とアルゼンチンタンゴが少しだけ楽しめたのですが、他の日はジャミングで全然聞けないとの記述が残っています。ハンガリーのBudapestもアジア向けが始まった頃で、放送開始のISとラコッツィ行進曲(ハンガリー行進曲)を聞くだけでも楽しかった記憶があります。

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