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2016年04月 Archive

4月30日(土曜日) 何でもカネ、カネ、カネ

 朝、通勤電車の中では毎日ラジコで民放ラジオを聞いています。ワイドFM放送が始まったので電波を受信してもそれなりに聞けるようになったのですが、FMでも走行区間によっては音が途切れたりするので、安定してきけるネットストリーミング放送はありがたいです。

 さて、先日の放送の中で地球温暖化の影響で北極圏の氷が融けてきている問題に触れていました。氷が融けることにより、生態系への影響が出てきているとのこと。氷が融けて、海中に日光が届くようになり、植物性プランクトンが増え、魚が集まり、漁場ができたと。また、氷で閉ざされていた海が開けたことにより、新たな航路が確保できること… などのメリットがいくつか紹介されていました。

 そして、そうした状況を商機と捉えて中国やアメリカ、そして日本など各国が動き出しているという話も紹介されていました。確かに新たな漁場が生まれつつあり、そこを目指して各国の覇権争いが生じることは自然なことかもしれません。

 しかし、このニュースを聞いてどうしても釈然としないことがあります。それは、こうした状況は実は地球規模ではとても悪いことなのではないかという危惧から生まれているものなのですが、どのような状況であれ目先にカネになることがあればとことんまで利用して富を得ようという各国・企業の姿勢に違和感を抱いてしまうのです。

 こうした状況がなぜ生まれてきていて、それは地球規模ではよいことではないのではないか。もしそうであれば、まず現状を少しでも改善するために何をしなければならないのかを考えるべきなのに、それをすることなく、やみくもに利益ばかりを追求していていいのだろうか、と考えてしまいます。

 北極圏利権を追求している連中は、環境のことは誰かが解決してくれると思っているのか、あるいは次の世代が何とかしてくれると思っているのか。とにかく刹那的なものの考え方、利己主義的なものの考え方が、世界を支配してしまっていて、走り出したら止まらない。自分だけが止まったら誰かがよい思いをするから自分も走り続ける。目標に向かって走っているので、途中のことは後回し… 何かにとりつかれたようでもあります。

 消費と成長がすべてのような現在の世界の風潮に対しては、きっとそのうち天罰が下るのではないかと思っています。人類の身勝手に対する自然の警鐘を甘く見ていると、ほんとうに取り返しのつかないことになるのではないか、あるいはもう手遅れの状況まで来てしまっているのではないかと感じています。

4月29日(金曜日) 39年前のLOGから

 古い受信記録をここで紹介したら、意外にも好評をいただきましたので、苦しいときのLOG頼みというわけで、きょうは39年前、つまり1977年のきょう(4月29日)のLOGを引っ張り出してみました。

 LOGによると、短い時間にけっこうたくさんの局をチェックしています。腰を落ち着けて聴いたというよりも、バンドサーベイのような状態だったようです。

JST             
0000 Radio Norway 15175kHz Norwegian  44443
0000 Radio Free Europe 15170kHz Hungarian 33433
0000 EIRT 15345kHz Greek 34433
0005 Radio Vatican 15165kHz Hindi 34433
0030 Radio Beograd 15240kHz English 32432
0030 Voice of Nigeria 15120kHz English 23432
0030 Radio Canada Intl. 11935 English 32432
0055 Radio Free Europe 15115kHz Bulgarian s/on with IS 44444
0100 Radio Tanzania 15435kHz English 33433
2000 Radio RSA 21535kHz English 25432
2000 BBC London 21550kHz Japanese 25332
2000 Radio Norway 21730 Norwegian 25432
2300 BSKSA 17765kHz Urdu 34443

 この頃は、まだ中東方面ばかりでなく欧州方面やアフリカ方面も時間が合えば聞いていました。受信状態が良好であれば、インターバルシグナルから開始アナウンスまでを録音しました。今から思えば、本当はニュースや番組の内容も大切だったのですが…

 LOGには、別の日に複数回にわたりスペイン向けの地下放送Radio Espana Independienteを聴いていた記録が残っています。日本時間の16時ごろと22時ごろに、いずれも周波数は14480kHzです。状態があまり良好ではなかったのと、言語が英語ではなかった(スペイン語など)ことから番組内容の詳細についての記録は残っていません。これまた残念なことです。

4月23日(土曜日) Radio Vilniusの録音(1991年1月13日~12月18日)

 先日、リトアニアのRadio Vilniusの海外向け英語放送でレターボックスを担当していたラサ・ルカイテ女史から連絡があり、1991年1月1月13日にリトアニア国営ラジオ・テレビセンターにソ連軍が攻撃を仕掛けて占拠した「血の日曜日事件」から、Radio Vilniusが仮設スタジオからの放送を行った時期を経て約11ヶ月後に再び放送センターに戻るまでの間の放送の録音が残っているかどうか、と訊かれました。

 ルカイテ女史によると、仮設スタジオから放送を行っていた時期は、番組の録音テープが少なく、毎日の放送はいわゆる「重ね録り」をせざるを得ず、当時の放送の録音が残っていないとのことでした。

 リトアニア国営ラジオ・テレビ(LRT)はことし創立90年を祝っています。その歴史の中で、1991年という節目はリトアニアがソ連の支配から独立を取り戻した時期であり、大変重い意味を持っています。その時期の放送について、我が家のテープ箱をチェックしてみたところ35日分の録音が残っていることがわかりました。ちょうどその頃は、イラクをめぐって湾岸戦争が勃発し、その後も中東情勢がゴタゴタしている時期で、Radio VilniusとともにRadio Baghdadの放送もモニターしていたため、毎日録音を残すことはできていませんでした。かなり残念ですが、それでもリトアニアがスイス、米国との外交関係を回復し、当時の指導者だったランズビルギス議長が国連演説を行い、日本との外交関係が回復し、そして仮設スタジオから放送センターに戻って… という歴史の流れが克明に記録されており、録音を改めて聞きなおすとある種の感動がよみがえってきます。

 これらの録音はデジタル化した上で、リトアニア国営ラジオに寄贈することになるかもしれません。何らかの動きがあれば、またこのブログで紹介したいと思います。

Vilnius77 QSL



 なお、このページを読んでおられる方々の中に、Radio Vilniusの1991年1月12日から12月18日(日本時間の日付)までの放送の録音をお持ちで、コピーを譲ってもいいという方はおられますか。当方が所有している録音と併せてリトアニア国営ラジオに寄贈することを考えたいと思います。よろしくお願いします。

4月22日(金曜日) 報道の自由度ランキング

 <<国連調査が日本の報道機関への「政府の圧力」指摘。国際NGO「国境なき記者団」(フランスのパリに本部)による「報道の自由度ランキング」でも前年比11位後退の72位に…>>

 先日、二つの報告が一部のメディアで報じられました。とても憂慮すべき海外からの指摘です。政権からの介入や恫喝に対して、日本のメディアが萎縮し、忖度していることなどを指摘しています。「国境なき記者団」によるランキングでは、かつて日本は10位台に入っていたこともあったと記憶していますが、2011年の福島原発事故以降に正しい情報が出なくなったことや、現在の政権による不当な報道への圧力などによって、韓国や香港よりも報道の自由度が低い国として認識されるようになってしまいました。

 「国境なき記者団」は、そのほかに記者クラブ制度についても自由な報道を妨げているとしてその弊害を指摘しています。記者クラブに属していなければ情報が得られないというシステムの中で、メディア側が権力に都合の悪い情報を出すと締め出される、ということで自己規制してしまうことや、逆にクラブに属していないメディアには情報がもたらされないなど報道の自由が制限されてしまうことなどが問題視されています。

 これらのニュース、日本のメディアの扱いが思いのほか小さかったことも大変気になります。

 国会の論戦をテレビ中継やネット中継(衆院テレビや参院テレビ)で見ていると、政権側のあまりにも頭の悪い連中によるしどろもどろの答弁が何度も審議を中断させています。絶対多数を確保している与党は、どれだけ無能な大臣が醜態をさらしても開き直ってどこ吹く風といった様子です。しかし、公共放送、民放を問わず、こうした「面白い」シーンがニュースで放送されることは極めて稀です。政権に配慮して編集していると思われても仕方がないほどの体たらくです。

 わたくしは、国会の論戦は自分で中継を実際に見なければ、メディアの情報(ニュースなど)だけではポイントを理解することができない状態になっていると感じます。テレビのニュースだけを見ていると、わたしたちはバカになってしまうと危機感を抱いています。最近の例では、熊本の災害についても、その報道のしかたについては「??」と首を傾げたくなるような報道も少なくないと感じます。

 海外のジャーナリストからは何度も「外国人が知っているのに日本人が知らされていない日本の情報が結構ある」という話を何度もきいたことがあります。その指摘は正しいと思います。自由は知らない間に失われていきます。最も恐ろしいものは人気者の顔をしてやってきます。わたくしたちが享受している自由を自ら手放すような馬鹿なまねだけはしてはいけません。

4月16日(土曜日) そのような輩は地獄に落ちろ!

 熊本を中心に発生している地震は、当初の予想をはるかに上回る被害を出しています。亡くなられた方、怪我をされた方も多くおられます。お見舞いを申し上げます。2年前の旅行で訪れた場所も多く、それらが倒壊したり壊れたり、土砂災害に見舞われたりしている様子を見ると心が痛みます。早く余震がおさまり、人びとの生活が早く正常な状態に戻ることを祈るばかりです。

 このような大変な時期に、私の携帯には不愉快な迷惑メールが届いています。「支援金・保険金が支払われる」というものです。私は関東地方に住んでいますから、支援金・保険金といわれても、まぁ「関係ない」と無視することができますが、地震の被害を受けている方々が似たような迷惑メールを受け取ったらどう思うでしょうか。迷惑メールとはいえ、何をやってもいいわけではありません。人の気持ちを逆なでするような、まったく不謹慎極まりない内容で、強い憤りを感じます。

 携帯電話会社には、迷惑メールフィルターの設定をすり抜けて送られてくるこのようなメールの排除に一層力を注いでもらいたいと思います。

4月15日(金曜日) テロ集団ISのラジオ放送

 中東のテロ集団ISによるラジオ放送はAl-Bayan(Idha'atu-l-Bayan)という名称で放送を行っています。Al-Bayanは、2013年3月にテロ集団がシリアのAl-Raqqah(ラッカ)を掌握して間もなくFMで放送を開始ました。また、2014年6月にイラクのAl-Mousl(モスル)を掌握して以降はモスルのFM送信所経由でも放送を行っています。

 いずれの都市からの放送もAl-Bayanの名称でアラビア語のニュースや番組を放送してきました。ラッカからは99.9MHz、モスルからは92.5MHzと99.3MHzの2波での放送が行われているとされています。Youtubeには、カーラジオでラッカのAl-Bayanを受信している様子がアップロードされていたりします。

 その後、ISが勢力を拡大する中で、イラクではFallujah(ファッルージャ)、シリアではPalmyra(パルミラ)などでも一時期放送が行われていたとされます。

 ひところまでAl-Bayanの音声は「ニネヴェ県からのアル・バヤーンラジオ」とIDを出していたのですが、最近は「ニネヴェ県」とは言わなくなっています。ニネヴェはモスルを州都とするイラクの行政区(県)の名称です。現地の放送を直接FMで受信することができないので断定的なことは言えないのですが、この動きはひょっとするとISの勢力拡大にともない、それまでラッカとモスルなどの都市で異なった番組を放送してきたのを改め、共通番組を放送するようになったのではないかとも推測されます。

 このAl-Bayanの放送の内容についてはニュース以外の時間にどのような内容の番組が放送されているのかがわからなかったのですが、最近になってニュース以外の時間の番組を聞く機会があり、その片鱗をうかがうことができました。

 それによるとAl-Bayanの放送は、以前は一日8時間程度の放送だったものがどうやら24時間放送になっているようです。また、およそ一時間おきにアラビア語ニュースが放送され、そのうち平日(金曜を除く)のJST2000にロシア語、2300に英語のニュースも出ていること。そのほかにフランス語とクルド語のニュースの時間もあるらしいこと(ただし未確認)。ニュース以外にはインタビュー番組やコーランの朗唱、唱明(アカペラの歌)などが放送されていることなどがわかりました。

 私が聞いた番組のうち、インタビュー番組では15歳の少年がこれから自爆テロに向かう(彼らは「殉教行為」と言う)決意を語り、その父親の声とともにBGM(アカペラの歌)が流れるという内容でした。また、「尋問」という番組では戦闘で捕虜としたイラク国軍の兵士へのインタビューや、イラク人警察官捕虜への尋問の様子が流され、尋問の直後に銃声が聞こえ(おそらく捕虜たちを殺害したのでしょう)る中で男たちのタクビール(「アッラーは偉大なり!」の雄たけび)が聞こえます。そのほか「戦線へ集え!」という呼びかけや、エジプトのSisi大統領や「ムスリム同胞団」を非難する内容のトーク、さらには「逃亡するな!」という、住民への脅しのような番組(コーランの一節を引用しながら)が流されています。

 ただ、ニュース以外の番組は何度も繰り返して放送されている模様で、番組制作の技術は高い(音の処理など)ものの、制作体制はかなり脆弱であるように感じられます。Al-Bayanには番組表があるわけでなく、またニュースがいつ放送されるのか、放送の中でアナウンスされるわけでもないので、ここで紹介した情報はあくまでも断片的なものではありますが、正直なところ聞いていて気分が悪くなるような醜悪な放送であることだけは確かです。何かに似ている… と思いついたのが、サッダーム・フセイン時代の湾岸戦争(1991年)末期のRadio Baghdadが、占領下にあったクウェートの送信施設から海外向けに放送していたプロパガンダ放送Mother of Battle Radio(Idha'at Ummu-l-Ma'arik)の内容です。とても魅力がない内容がてんこ盛りで、しかも同じ内容が繰り返されて… 結局サッダームの場合は和平を申し出ざるを得なかったわけですが、テロ集団はそう簡単には殲滅することはできないでしょう。

 一方、ISが勢力を拡大したリビアでもIS系のラジオ放送が行われているとの情報があり、Syrte(スルト)、Benghazi(ベンガジ)、Darnah(ダルナ)の3都市の名前が挙がっています。リビアのIS系のラジオ放送はAl-Tawheedという名称だといわれています。およそ半年前のことですが、アラビア語の衛星テレビチャンネルAl-Arabiyahが、IS系のAl-Tawheedがチュニジア南部のジェルバ島で受信できたと大騒ぎになったことを伝えました。Al-Arabiyahによると「Al-Tawheedが受信できたことで、ISの力がチュニジアに迫っていると人びとが感じた」としています。これは、おそらくリビアのSyrteから出ているFM波がジェルバ島で受信できたものなのではないかと思います。

 地中海地域では冬場でも対流圏伝播によってFMやテレビの音声・映像が遠方で受信できることが多々あります。スルトとジェルバ島の距離は直線で約450キロメートルですが、この距離はエジプトのカイロとキプロスのニコシアとを結ぶ距離よりも少し短い程度です。このHPのインターバルシグナルのページでも紹介しているように、エジプトのカイロではキプロスのFM放送やレバノン、イスラエル、ヨルダンのFM放送がよく受信できますから、ジェルバ島でリビアのFMが聞こえても不思議ではありません。また、欧州のDXerの中にはEスポによってAl-Tawheedを受信したとの報告も見られるようです。

 ウエブ上ではAl-Bayan、Al-Tawheedともに音声が聞けることになっていますが、Al-Tawheedのほうはリンク切れとなっていて確認できていません。一方のAl-BayanはYoutubeなどでニュースの音声をきくことができます。

 モスルやラッカ、そしてリビアの人びとがこのような放送を毎日聞かされているのかと思うと、彼らの辛い気持は日々の生活の不自由さとともに、いかほどのものかと思います。人権を無視して拡大を続けるテロ集団が早い機会に消滅、壊滅することを願わずにはいられません。

4月9日(土曜日) 34年ぶりのQSL!

 先日、34年前に受信したある放送の受信報告に対してQSLが送られてきました。

IMG_20160409_0004.jpg

 Italian Broadcasting Corporationというイタリアの小電力短波局(民間局)です。1979年に放送を開始したと局の記録には記されていますが、私がTunisに在住していた1982年から83年当時は週末の土日に6275kHzで放送が行われていました。UTCの14時頃に放送を開始し、イタリア語が中心の音楽番組が組まれていました。時折DX番組も放送されていました。この放送を偶然に受信したことから、週末に暇なときは時々聞いていましたが受信報告は送らずじまいでした。

 それが、数年前にFacebookでItalian Broadcasting Corporationを偶然に発見し、メッセージを送ってみたところ、当時の関係者とつながることができました。昔の話をする中で、実は短波で復活放送(テスト)を実施するという情報が出てきました。ことしに入ってテスト放送は実現し、数回の放送が行われました。日本向けにも放送が行われました。ただ、出力が小さい(たしか1.5kW)のと周波数が6970kHzで中国の汚いレーダー信号が出ている時間が長いのとで、良好な受信はできませんでした。

 1982年の週末にこの放送を聴いていたこと、そして当時の録音とLOGが残っていることを先方に伝えたところ「改めて正式に受信報告を送ってくれたらQSLで確認する用意がある」とのうれしい返事をもらいました。そこで古い録音を引っ張り出し、MP3フォーマットにして送ったところ、QSLカードが送られてきました。受信日は1982年11月14日、周波数は6275kHzときちんと記載されています。

IBC Italian Broadcasting Corporation


 局のメンバーの好意には大変感謝感激しているところです。SNSというのは本当に役に立ちます。うまく使えば、ですが。

4月8日(金曜日) 40年前のLOGから・・・

 このところ、これといった収穫がないので、40年前、1976年のきょうのLOGを引っ張り出してみました。

1976年4月8日の受信局
JST
0000 Voice of Turkey   11880kHz Greek
0000 Trans World Radio Monaco  11760kHz German
0030 Radio Beograd  11735kHz English
1600 +SBC  15305kHz English
1800 Radio New Zealand  9520kHz English
2000 Radio Norway  15175kHz Norwegian
2000 Radio Liberty  15290kHz Russian
2015 Deutsche Welle  15135kHz Japanese
2120 Voice of Vietnam  15012kHz Japanese
2130 Radio Sweden 11705kHz English
2230 Radio Tirana 15405kHz Russian
2330 Radio Prague  15110kHz English

 こうしてみると、一日中(日中の受信がないのは学校に行っていたからだと思います)ラジオを聴いていたようです。勉強はいつしていたのでしょうか?(笑) おそらくこの頃はTRIO R-300で聞いていたような気がします。もうTFM2000Fでは物足りなくなっていたはずです…

 そのほかの日のLOGを見てみると、1930の「マラヤ革命の声」だとか、2100のRadio RSAなども結構良好に受信できていたほか、2230にETLF(エチオピア)を聴いていたりしています。受信できる局のバラエティーは、現在とは比較にならないほど多彩でした。

 当時、いまのような高性能な受信機があったらどうだっただろう?などと想像してしまいますが、当時アナログ式のラジオで必死になって遠方からの番組を聴いていたからこその面白さもありました。

 なんとも懐古趣味的な内容になってしまいましたが、これからも時々古い受信記録を振り返ってみることにします。

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