Home > 2018年10月

2018年10月 Archive

10月28日(日曜日) 謎の?小型ラジオ SONY ICR-5

 引き出しを整理していたら、小さな中波(AM)専用の、しかもどう見ても学校の理科の実験用じゃないのかと疑うようなSONYのラジオが見つかりました。そういえばそのようなものが存在したかもしれない、見たことがあったかもしれない、という記憶はおぼろげにあるのですが、いつ、どのような状況でそのラジオを手に入れたのか、まったく記憶がありません。ICR-5という型番をSONYの商品検索で調べてみましたが、該当がありません。ネットで検索をかけても、当該の型番はヒットせず、当然のことながら写真も見つかりません。

 このラジオ、小さなプラスチック(ポリプロピレン?)のケースに入っていて、チューニングダイヤルやボリュームつまみが申し訳程度についています。単5型乾電池2本で動作します。専用のイヤホンで聞く方式で、スピーカーはついていません。取り扱い説明書を見ると、1988年という数字が書かれています。とてもシンプル、というかきわめて安っぽいつくりです。

SN3V0651.jpg

 わたくし、このラジオを入手した(であろう)88年当時から乾電池を一度も入れ替えたことがありません。というか、裏蓋を開けたこともありません。しかし、スイッチを入れるといまも問題なく放送を聞くことができます。結構感度はよいようです。ふつうなら30年前のラジオに乾電池を入れっぱなしにしていれば液漏れしてつかいものにならなくなると思うのですが、奇跡的に無傷です。

 いつ、どのような目的でSONYが販売したラジオなのか、謎の小さなラジオ。しかもめちゃくちゃ基本機能しか備えていないラジオですが、災害時など緊急事態になるとこうしたラジオが実はもっとも力を発揮するのかも…。きちんと包装して我が家のラジオラインナップに収めるこにします…

10月27日(土曜日) DATテープの音源

 DATテープに収められた音源を別のメディアに移し替える作業を始めました。DATテープをお持ちの方は意外と少ないのではないかと思います。ちょうどカセットテープからMDに移行する時期に、併行して存在した録音媒体だったのですが、頭出しなどがMDほど簡単ではなかったことや、テープ自体の耐久性にも問題があって、流行らずにいつのまにか消えてしまった感があります。

 我が家ではMDとともにDATに録音された音源が複数存在します。ところが、貴重な音源の一部を別メディアに移し替えようとした際に、なんとテープが切れてしまい、永遠に再生ができなくなったものがあるのです。幸いにもその前にカセットテープに音声をコピーしていたので、音質は少し落ちるものの音声そのものが失われることだけは避けられました。原因は我が家のDATデッキとテープの相性がよくなく、おそらくテープを引っ張る力が強すぎたためだと思われます。

 どうしようかと思っていたら、知人が使わなくなったDAT WALKMANを貸してくれました。すごいですね、WALKMANにDATヴァージョンがあったんですね。こちらのほうはどうやら引っ張る力はさほど強くないようで、心配していたテープの断裂はいまのところ発生していません。1993年のイエメン内戦のときの録音や、1991年の湾岸戦争の際のさまざな放送の録音などが甦りました。2000年のユーゴスラヴィア民主革命の際のRadio Yugoslaviaの録音も残っていました。確か、アフガニスタンのRadio Shari'ahが放送した「オサーマ・ビン・ラーディンは我々の客人だ」という声明もあるはずなので、探しているところです。

 技術の進歩はメディアの進化をもたらす一方で、アーカイブ映像や音源の継承を難しくするという側面があります。以前にも話したことがあると思いますが、どこかでデジタル化をしたり、デジタル音源を他の媒体にまとめて移したりと、タイミングを逸することなく作業をすることが求められるのですが、とてもそんな作業をできるだけの余裕がありません。聴けなくなる、見られなくなる前に何とかしなければ…

10月26日(金曜日) 日本人ジャーナリスト解放

 シリアで長期間拘束されていたフリージャーナリストが無事に解放されて帰国しました。一時はダメかと思われましたが、生還という結果になりました。拘束されている期間に何が起きたのか、拘束していた集団の正体は何かなど、今後真相が徐々に明らかになると思われます。ジャーナリスト本人も、話すことが義務だと語っていますから。

 先日の、トルコでのジャーナリスト殺害もそうですが、事件が起きると(解決した場合も)さまざまな「識者」たちがメディアに登場してその背景などについて分析して話をします。まぁ、何をどう語ろうと勝手ですが、「識者」たちの話をきいていると彼らの中にどれだけ「一次情報」を自分の力やネットワークを通して得ている人がいるのかなぁ と思ってしまいます。他のメディア情報をかき集めて「まとめサイト」のような解説を行う人や、Assumptionに基づくコメントをする人もいるようですし。まぁ、どの世界にもそういう動きはありますね。

 メディアを賑わす人たちの中には立場上「知ったかぶり」をせざるを得ない、というか「知らない」と言えないケースもあるかもしれません。よく見ていると、たとえば元々はイランの研究をしている人なのに、なぜか中東情勢やイスラム全般についてのコメントを求められているケースなどがあり、なんとなく危うさを感じてしまうことがあります。ゲストとして無理に専門外のことをコメントさせられることでその人の信憑性が低められてしまうというリスクもあるのではないかと… でも「これはわたくしの守備範囲外なので、わかりません」とは言えない立場、場面設定があるのでしょう。かなり荒っぽいと感じます。

 今回の日本人ジャーナリスト解放をめぐっては、実行犯グループの上部組織だとの疑いがかかっている急進派グループはウエブ上で嫌疑を否定する見解をいちはやく発表しています。そして「シリアの現状を外国人のジャーナリストに知らしめることのほうが大事だという見地に立つと、我々は彼ら(外国人ジャーナリスト)を守ることはしても拘束して身代金を求めることなどない」とも述べています。さらに、この組織に近いグループによるとみられるニュースサイトでは「現在のシリアの真実を本当に外国のジャーナリストに知られたくないのはアサド政権側だ。拘束事件はジャーナリストに取材を思いとどまらせたい、政権側の息がかかったグループによるものだ」とまで述べています。

 身代金については、あるサイトでは100万ドル(1億1500万円)、またあるサイトは300万ドル(3億4500万円)だったと伝えています。「日本政府は身代金の支払いを拒否したが、複数の人間が金策に動いた結果としてカネは動いた」と伝えているサイトもあります。日本政府は身代金の支払いを拒否したとのことですから、支払い自体もなかったと当然否定すると思いますが、たとえば巷間伝えられているようにカタル政府が立替を行ったとしたら、その後政府間支援など何らかの形で日本政府からカタル政府にカネを支払えば帳尻が合います。

10月21日(日曜日) アンテナ品切れ

 親戚の家でテレビが映らないので調べてほしいという要請があり、でかけてきました。

 そういえば、いつもは道路から見えているはずのUHFアンテナが見えません。親戚の家は陸屋根なので脚立を使って屋根の上に上がってみたら、先月の台風で見事にアンテナが崩壊しておりました。経年劣化でアンテナポールが錆びていたこともあり、真っ二つに折れて、屋根の上で残骸となっていました。逆に、これでよく一部のチャンネルが映っていたと感心するほどでした。

 早速配線の状況をチェックして、必要な部品をホームセンターで調達することにしました。我が家の近所には大型のホームセンターが2つあるのですが、出かけてみてビックリ! アンテナ関係の品物がほとんどないのです。店の係員に尋ねてみたら「台風の影響でアンテナが品薄になっていて、次は何時入荷するかもめどが立っていない」という返答。

 結局、壊れたアンテナを何とか補修して、新しいアンテナが入荷するまでのつなぎとして応急措置を講じることしかできませんでした。考えてみたら、確かにアンテナが折れたり飛ばされたりした家が我が家の近所にもいくつかあります。そこまでの被害でなくとも、いわゆる「屋根馬」がずれてしまっている家が散見されます。こんなところにも台風の爪あとがまだ残っているとは驚きました。それでもアンテナ程度でゴチャゴチャ言っていられる我々はむしろいいほうです。まだ被害から復旧できていない地域のみなさまのことを考えると…

10月20日(土曜日) 記者暗殺

 トルコのサウジアラビア総領事館で行方不明になったジャーナリストは、どうやら殺害されたらしいことがわかってきました。サウジアラビア政府はジャーナリストが死亡したことを認め、総領事館内での「個人的な」喧嘩が原因だったことにするようです。この事件がどのように決着するか、とくにサウジアラビアがどう言い訳をでっち上げるかに注目してきましたが、サウジアラビア側の発表に「なるほどそういう話にするんだ」と思わず口走ってしまいました。

 トルコ政府側があんなにいろいろと証拠(といわれるもの)を公開して、サウジアラビア側から多くの実行犯らしき男たちがトルコに入国し、その日のうちに出国するという事実が映像つきで流れている中で、要するに「どんなウソをつくんだろう?」と興味がありました。

 サウジアラビア内政、トルコとサウジアラビアとの関係など、背景には複雑な要素がからみあっているようです。わたくしは実際の音声を聞いていないので、正直この事件そのものについてコメントすることはできません。さまざまなメディアが伝える情報がどこまで信憑性があるかもわからないですし。

 ただ、この事件に関する報道を見ていて、アラビストの端くれとして違和感を禁じえないのは、殺害されたであろうジャーナリストの名前のことです。

 日本のメディアは「カショギ記者」という呼び方をしていますが、なんでこんな音になるのかわかりません。この記者の名前はアラビア語ではجمال خاشقجي アルファベット表記をするとJamal Khashuqjiとなります。「ジャマール・ハーシュクジー」という音がもっとも正則語に近いのです。

 「カショギ」という読み方は、かなり無理があります。アラビア語の破裂音であるKh音が日本語にはないため、しばしばKhの音を「カ」と表記するケースが見られ、今回もそれが採用されているようですが、その後のQ音とJ音の扱いも変なのです。サウジアラビアではQの音をGと発音しますが、逆にJの音はJです。Jの音をGと発音するのはエジプトとイエメンです。ですのでサウジアラビアでの読み方では「ジャマール・ハーシュグジー」となるべきです。

 実のところKh音を「カ」と読むかどうかはカタカナや英文字表記に転記する際の規則はありません。なのでメディアなどではKh音の扱いにはブレがあります。逆にKh音がいつも「カ」と表記されるかというと、そうではないケースの方が多数です。Khameneiというイランの宗教指導者の名前は「カメネイ」ではなく「ハメネイ」ですし、アルジェリア系フランス人のライシンガーであるKhaledも「カレド」ではなく「ハレド」として知られています。わたくしは、Kh音は常に(一部すでに定着しているものを除いて)「ハ」と表記するようにしています。そのほうが原音のニュアンスに近いと考えています。

 細かいことを言っても読んでいるみなさんにはわからないと思うので、これで止めておきますが、日本のメディアにおいて(欧米においてもそうかも)のアラブ・イスラム系の名前の読み方にはときにきわめて不自然あるいは奇怪なものがあり、今回の「ハーシュクジー記者」の名前の表記もその一つです。

10月19日(金曜日) 少しスッキリした話

 以前このブログで、最近やたらと「日本すごい」「日本人すごい」という内容のテレビ番組が多い気がすると書きました。違和感バリバリで、決して日本はそんなに特別ですごい国でもないし、日本人としてここに住んでいて民度が低いことを痛感することもしばしばなので、これは一体??と思っていたのです。

 知人の中にはわたくしの感覚・違和感に賛同する人もいますが、そんな違和感はないという人もいます。果たしてこのページをごらんの皆さんはどう感じているのだろうかと思っていたら、最近になって「東洋経済」のウエブサイトに記事が掲載されていて、その見出しが「日本賞賛番組の信憑性」というのです。

 この記事はフリーライターによるもののようですが、中身は要するに海外からこの種の番組を見たときの違和感について書かれています。その記事は<<こちら>>

 記事の内容はわたくしが感じていたモヤモヤとした不快感と違和感をある程度共有できるもので、読んだ後少しスッキリしました。自分の感覚とある程度同じベクトルを共有している人がいるのだと。

 いろいろと人の話を聞いている中で「テレビ局が外注するプロダクションに対して広告代理店などからこの種の番組を制作すると「ご褒美」がもらえる。そのお金はもともとは政府から出ているが政府が直接関与するのではなくて、大手広告代理店などを経由している…」といった情報を耳にすることがありました。真偽のほどはわかりませんが、まんざらありえない話ではないと思っています。本当だとしたら、まさに戦前のプロパガンダみたいです…

10月14日(日曜日) 悪夢

 きょうも仕事でした。

 多忙だからとか、ストレスフルだからという理由じゃないとは思うのですが、このところまた「悪夢」をよく見ます。もともとわたくしは夢を見ること(見た夢を覚えていること)があまりなかったのに、ここにきて夢をよく見るようになってきました。しかもこの数か月というもの、頻繁にいやな夢、悪夢に遭遇するのです。(ことし3月8日のブログも参考にしてください)

 3月のブログでは「自分が死ぬ夢」をよく見ると話しましたが、ここにきてもっとも多いのが、国際線のフライトの時間が迫っているのに、まだ全然遠方にいて、当然のことながら間に合わない…というシーンです。これが何度も出てきます。しかも、夢の途中で目覚めて「あ、夢だったんだ。よかった」と安心して再び眠っても、また悪夢の続きが出てくるというたちの悪さです。個人的な経験で、国際線のフライトに間に合わないなどという経験は一度もしたことがないので、何らかのトラウマというわけではないと思います。

 もうひとつ、これも最近時々出てくる悪夢なのですが、地震が起きて日本のある有名な海岸地帯がドカーンと海中に沈没するというシーンです。夢はかなり現実的で、夢の中では海岸線が数十キロにわたって海中に沈んでいってしまうのです。海岸線だけでなく、数キロ内陸までも海底に沈没するという恐ろしい映像つきです 苦笑 

 これはおそらく最近日本各地で地震が相次いでいて、深層心理で「また恐ろしい災害がもたらされるのか…」などと考えているからなのかもしれません。現実の世界でこのようなことが起こることはまず絶対にないと信じたいところですが、目覚めはよくないです。朝からとても疲れてしまうのです。

 なんか幸せな、目覚めたときに「もっと見ていたかった」と思えるような夢に遭遇したいものです。

10月13日(土曜日) 週末の渋谷スクランブル

 今週末は土曜日、日曜日と仕事で東京方面に出かけることになってしまいました。きょう土曜日の昼前、世界中に知られるようになった渋谷のスクランブル交差点を歩きました。

 以前にも書いたかもしれませんが、いま、渋谷のスクランブル交差点を眺めていると、多分そこにいる人たちの3割ほどは外国人だと感じます。日本人と見分けがつかない台湾や中国などからの人もいるとして、ひょっとして時間帯によっては4割ぐらいが外国人かもしれないです。それぐらいすごい。聞こえてくる言語もさまざまです。

 スクランブル交差点の何がおもしろいのかはあまり理解できませんが、彼らのほぼ全員が交差点の写真を撮影しています。交差点はただでさえ混雑しているのに、グループで固まって記念写真や自撮りをするものですから、歩くのに邪魔になります。交差点の真ん中であれこれとパフォーマンスまがいのことをやる連中もいて、信号が赤になっているのに中央分離帯に取り残される人もいます。ちょっと危ないかな?

 来日外国人が増えている中で、時代の流れを感じさせることがひとつあります。それは、かつて外国人から時々道を尋ねられたことがあったのが、ここ数年はぜんぜんそのようなことがなくなったことです。皆、スマホやタブレットで地図情報を見ながら目的地に向かっているので、わざわざ日本人に道を尋ねる必要がなくなったということなのでしょう。こちらとしては、時々珍しい国からやってきた旅行客と話してみたいという気持ちになることがありますが、技術の進歩というのは、海外旅行のスタイルまで大きく変えているんですね。

10月12日(金曜日) 涼しくなると分厚い音が心地よくなります

 毎日めっきり涼しくなってきました。涼しくなると夏の間は聞く気にならなかった重厚なクラシックなどの音楽を聴きたくなります。逆に夏の音楽はなんとなく軽く感じてしまいます。これは音楽のせいではなくて、自分の中でそういたジャンル分けが行われていて、季節と音が関連付けられているのだろうと思います。

 夏の音楽の代表というと、とても単純ですがわたくしにとってはハワイアンです。それも、スチールギター系の楽曲ではなくてなぜかビリーヴォーン楽団のそれがとても気に入っています。ビリーヴォーン楽団はアメリカのオーケストラで、1950年代から70年代に日本でも一世を風靡しました。日本公演も何度も行っていて、わたくしも小学生の時代に親と一緒にコンサートを聞きに行きました。わたくしのひと回り上の世代のみなさん辺りは、ハワイアンのブームを体験された方も多いようで、先輩方の中には大学でハワイアンバンドを組んでいたという方もおられます。その方とカラオケに行くと、自然と一緒にハワイアンを歌ってしまいます 笑

 ビリーヴォーン楽団の演奏はいまも結構耳にします。FMラジオを聴いていると番組のテーマ音楽として流れていることが多く、世代を超えて受け入れられている音楽という感じです。でも、ビリーヴォーン楽団の明るいハワイアンは真冬には少し不向きかもしれません。

 一方で、寒い季節に聞きたくなるのはクラシックの名曲の数々でしょう。特に交響曲など、じっくりと腰を落ち着けて聴くような楽曲です。小編成の弦楽曲もなかなかいいです。チャイコフスキーの交響曲1番なんか、ほんとうに雰囲気があっていいです。その昔、東京のサントリーホールにマリス・ヤンソンス率いるオスロフィルがきて、チャイコフスキーの1番を演奏するというので聴きに行ったことがあります。第一楽章のバイオリンの囁くような導入部を聴いただけで鳥肌が立ち、思わず失禁しそうに(失礼!)なったほど感動したことを思い出します。

 BCLを趣味としている人たちの中には、意外に多くのクラシックファンがおられるようです。国際放送局のテーマ音楽などを通してクラシック音楽に触れるという経験も、クラシック音楽のファンになるきっかけになったりして。

 きょうはとんでもない駄文を重ねてしまいました(いつものことですが)。物憂い午後のひと時や夜の時間帯にじっくり音楽を聴くのが心地よい季節を楽しみたいと思います。

10月8日(月曜日) ない、ない と思っていたものが…

 ものが行方不明になるときというのは、往々にして無意識のうちにどこかに置いたり仕舞い込んだりというのが原因ですが、意識的に片付けたものであっても時が経つにつれて忘却の彼方に追いやられてしまうものです。

 きょう、本棚を整理していたら、ある本の「しおり」として昔のベリ・カードが挟まっているのを発見しました。アフガニスタン関連の書籍で、挟まっていたのはRadio Afghanistanのカード。その本は2007年発行のもので、筆者からもらった時に一気に読んだきりになっていますので、しおりとして挟んだベリ・カードは10年以上そこにとどまっていたことになります。

Radio Afghanistan QSL


 時折古いベリ・カードを整理したりする中で、どうもRadio Afghanistanのカードが一枚行方不明になっているようだということには気づいていました。しかし、まさか本のしおりとして使ったとは! 全然記憶に残っていないのです。わたくし、基本的には書籍類を処分することは好まない上に、万一処分する際にはきちんと中をチェックするようにしているので、間違ってもこのカードを捨てることはなかったと思いますが、それにしても、偶然手にした本の中から10年以上ぶりにカードがポロリと出てきたことには驚きました。

 10年間本の中で過ごしたカードは、いい感じにプレスされていて、しわがとれてピンと張った感じになっていました 笑  実は我が家には「あるはず」のベリ・カードで行方不明になっているものがあと数枚あります。どこにしまいこんだのか、見当もつきません。またひょんなことから「こんなところに!」という驚きの発見があるかもしれません。

10月7日(日曜日) そういえば…

 イラン国営ラジオの海外向け日本語放送の短波・ネットによる音声サービスが9月22日を最後に打ち切られたというニュースは、みなさんご存知の方も多いと思います。1999年7月に日本語サービスが始まったときには、中東から唯一の日本語放送だということで、久しぶりに日本語放送が「増える」という明るいニュースとなりました。

 今回のサービス廃止の理由は明らかにされていないものの、おそらくはコストパフォーマンスが悪いと判断されたからだと思われます。他の国際放送局と同様に、IRIB日本語サービスもネットの文字情報に特化したサービスへと形態の変化を余儀なくされたのだろうと。日本語放送(9月21日)の中では「今回のラジオ放送の停止は、ラジオという古いメディアから現代的なメディアに移行しようというIRIBの方針の一環であるようです」という話も出ていましたが、果たしてどうでしょうか。そもそも「ラジオが古いメディアだ」と言い切って、切捨ての大義名分にする風潮には同意しかねます。電波媒体(あるいは少なくとも音声サービス)を手放した国際放送でうまく顧客を掴み続けられているところは皆無だといえ、IRIB日本語サイトの将来も決して明るいものではないと思います。

 わたくしは、イランのプロパガンダが何語で行われようとさして興味があるわけでもないので、いまさら「日本語ラジオサービス廃止反対!」などと声を上げる気はありません。そもそもめったに聴いていなかった人間にそのようなことを言う権利はありませんから。ウエブサイトが存続されるので、最低限イラン政府の見解などはそこを通して知ることができます。情報が早いかどうかというとあまり期待できないかもしれませんが、とりあえず日本語で読める生の情報が存続されることは悪い話ではありません。

 イラン国営ラジオは1979年のイスラム革命以降は一貫してイランのプロパガンダを世界に広める役割に徹しています。国際放送だから当然のこと、といわれればそうなのですが、わたくしの場合はIRIBのラジオサービスのすべての情報を身構えて聴いてしまうので、イスラム共和国の本音、素顔(それが何なのかも含めて)はなかなか垣間見ることができない思っています。イランは北朝鮮よりも本音が見えにくい国だと感じています。

 革命前には、名歌手Googooshなどが歌う華やかなイラン歌謡をたくさん放送していて、豊かな文化を世界に発信していたイランの国際放送でしたが、往時の姿はもう遠い昔の話になってしまいました。

10月6日(土曜日) スーパーの伊藤さん

 地元のスーパーに名物おじさんがいます。勝手にわたくしが「名物」だと決めているのですが。その人の名は「伊藤さん」。歳はおそらく60代後半ぐらいでしょうか。背が高くスラッとしたおじさんで、最初この人は店長なのかと思っていたら、そうじゃなくて、しかも売り場責任者かと思ったのですが、それでもない、一般の店員らしいです。

 この伊藤さん、素晴らしいのはそのソフトで上品な語り口です。普通、どのこスーパーの店内でもセールのお知らせなどを威勢のいい声で案内していますが、この伊藤さんのアナウンスはとっても柔らか。囁き、とまではいきませんが、静かに呼びかける声は聞く人を落ち着いた気分にさせてくれます 笑  品格と知性が感じられます。下品な痴性が売り物のわたくしとは正反対!

 伊藤さん、ことしの花見の季節にはなんと和歌を織り込みながらちらし寿司を勧めるインテリぶりを発揮してブイブイいわせていました。この人、とにかくアドリブがおもしろいのです。

 春のある休日のこと、じゅんさいが目玉商品で売られていたときの口上は「みなさま、じゅんさい、おいしゅうございます。でも、みなさま、最近はお子様方の中にはじゅんさいをご存知ないかたも多いのではないでしょうか。そこで、今夜は、美味しいじゅんさいのお吸い物や酢の物をお子様とご一緒に楽しまれてはいかがでしょうか。お子様にとりましては、じゅんさいを見て、味わう、いわば理科のお勉強のチャンスでもございます…」。 最近では、駅弁フェアの際に「●●弁当、いよいよ残りが4つとなってまいりました。きょうは当店自慢のお弁当を多数取り揃えておりまして、お客様がたの多くがお手にとってごらんになり『まぁ美味しそう』と言ってお買い求めくださっております…」といったアナウンスを堂々としておられました。

 だいたい、じゅんさいを「理科の勉強」に無理やりこじつけたり、弁当を手に取った客が「まぁ美味しそう」などと声を上げたりという設定自体に無理があるし、そりゃウソでしょう(笑)などと言いたくなるところですが、この伊藤さんならすべてが許されてしまう雰囲気なのです。そのほか伊藤さんは「今夜は●●はいかがでしょう?」という表現ではなく、必ず「みなさま今夜のお献立は●●などいかがでございますか」という、いまどき「お献立」などという上品な語彙がすらすら出てくる。お育ちのよさが随所ににじみ出てくる方なのです。

 あ、そろそろ今夜の「お献立」を考えて「お買い物」にお出かけする時間となってまいりました。今宵も「伊藤節の名調子」が聞けるでしょうか? 楽しみでございます。

10月5日(金曜日) リモコンが壊れた!

 先週末の台風は本当に怖かったのですが、幸いにしてアンテナ類をはじめ、我が家の屋外設備にはトラブルは起きませんでした。停電もなく何とか生活は通常のリズムに戻りました。近所にはブロック塀がフェンスとともに完全に壊れてしまい、道路をふさいでしまったところもあり、自然の猛威を改めて感じているところです。

 さて、台風を無事にのりきったのに、我が家の衛星チューナーのリモコンがダメになってしまったようです。いくらボタンを押しても、数字の1を押していると認識されるようになってしまい、チューナーのSETUP画面が出てきません。パラボラの微調整をしようと思っているのに、それができません。

 衛星チューナーは、Amazon.co.jpで3000円ほどで購入したものですが、意外にもコスパが良好でびっくりしていたのです。なのにまさかリモコンが暴走して故障するとは… しかも、Amazonでもう一度購入しようと検索したら、もう品切れだとのこと。海外衛星チューナーは他の場所で購入しようとするとけっこうな値段ですので、困っていたのですが… ふと中国のアリババで扱いがないか調べてみました。以前アリババから何点か衛星受信用のパーツを購入したことがあったのであ。すると、やはり同等品の扱いがありました。しかも値段も送料込みで3000円を切る程度。Amazonで買うよりも安いのです。届くまでに半月ほどかかることを除けば、まぁ許容範囲かと。これまでもアリババで買い物をしたことがありましたが、トラブルなく商品も届いたので、今回も発注をかけました。

 商品が届くまでしばらく待つことになります。

10月4日(木曜日) Shall we dance?

 電車の中の変な人。きょうもいました!

 帰りの電車の中のことです。帰宅ラッシュが少しおさまった午後8時台。ドア横の「戸袋地蔵ポジション」に、年のころなら30代前半とおぼしきメガネの男が立っていました。でもなんとなく挙動が不審。落ち着きがないのです。

 よく見てみると、ドアに向かって一生懸命ステップを踏んでいる様子。いくらピークを過ぎたとはいえ、車内にはひとが大勢います。みな不審者を見る目でその男をチラ見しています。男の周囲だけ人がいません。みな迷惑を被っています。

 メガネの男のステップは、社交ダンスのそれか、あるいはジャニーズのどこかのグループのそれなのか… いずれにしても、右足から踏み出して長方形を描くようにステップを何度も何度も踏んでいます。ダンスをやりそうにない男の風体とあいまって、ちょっと異様な風景でした。

 途中駅でさらに車内が混雑し、一方でわたくしの目の前の席が空いたので着席することができ、男がどの駅で降りたのかは確認できませんでしたが、あれでよく周囲の人間と喧嘩にならないなぁと思うぐらい大きなステップを踏む男。頭の中ではShall we dance?の楽曲が流れているのかもしれません。

 ちなみに、電車の中の不思議な人では、もう一人、つり革を持ちながら多分「ハンマー投げ」の動作を練習しているのではないかとみられる(でも、ピンクレディーのUFOの振り付けだといわれると、そうかな?とも思える)20代後半の男もかつては存在しました。その男とはもうかれこれ8年以上遭遇しておりませぬが。

10月3日(水曜日) 東西ドイツ統一からことしで28年だって?!

  1990年のきょう、10月3日、旧西ドイツ(ドイツ連邦共和国)と旧東ドイツ(ドイツ民主共和国)が統一されました。テレビはこぞってこの歴史的なできごとを伝えました。我々の記憶には新しいのですが、もう28年も前のことです。

 メディアが伝える情報とは別に、国際放送を聴いている我々にとってはこのドイツ統一というできごとは、一つの国が消滅し、一つの国際放送局が消滅するという、大きなできごととして重い意味を持っていました。

 わたくしは、統一前日の10月2日、1545JSTからの東南アジア向け英語放送を聴いていました。しかし、この時間はドイツではまだ朝。前日の番組のリピートの時間だったので、残念ながら最終日の番組ではありませんでした。通常のニュースではなく、女性のアナウンスで「10月3日、ドイツ民主共和国は消滅します…」という言葉で放送は始まり、音楽で45分の番組は終了しました。

 Radio Berlin Internationalはアジア向けに日本時間の夜にも放送があって、おそらく2日のその時間には最終日の番組を聞けたのだと思います。受信状態がよくなかったのと、仕事の関係で聴くことができなかった記憶があります。欧州のリスナーがYoutubeなどに最終日の放送の録音をアップしているので聞くことができます。

IMG_20140706_0004.jpg

 東ドイツの国際放送は所詮はプロパガンダ放送だったわけですが、放送開始時に流れる東ドイツ国歌の演奏は好きでした。いまYoutubeなどで公開されている東ドイツ国歌の演奏とはヴァージョンが異なるオーケストラによるインストルメンタル曲です。この演奏を聞くたびに往時のことを思い出します。

 いまはなきRadio Berlin Internationalの送信設備は、その後統一ドイツの国際放送を世界に発信することになります。局舎は使用されることなく廃墟となったそうです。

10月1日(月曜日) 家が揺れています…

 いま、日付が変わって午前0時をまわったところです。きょうから10月です。

 南関東地方は猛烈な風雨の真っ只中です。家が揺れています。こんなことは恐らく初めてです。外を見ると、道路に叩きつける雨が強風に煽られて霧のように舞っています。いつかテレビで見たブリザードを髣髴とさせる光景です。時折電気がチカチカしています。停電するかもしれません。高層マンションの上層階などはもっと揺れているでしょうね。

 アンテナのことも心配ですが、それよりも窓ガラスが割れたりしないかが気がかりです。よそからモノが飛んできたりしたら、この風雨の中大変ですから。

 台風の進路にあたるエリアにお住まいのみなさま、どうぞくれぐれもご注意ください。

Index of all entries

Home > 2018年10月

Tag Cloud
Search
Links
Feeds

Return to page top