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2020年05月 Archive

5月24日(日曜日) 変な夢 驚いた

 昨日見た夢が面白く不気味でショッキングな変な夢だったので、ここに書いておきます。夢といえば一時期悪夢をいっぱい見たものの、最近はあまり夢を見なくなっていたのですが…

 夢の舞台はどこかのラジオ放送局のスタジオ。自分はどうやら出演者として何らかのラジオ番組で話をしているようです。話のテーマが何だったかは全然記憶に残っていません。自分が出演したラジオ番組は生放送だったのか、それとも収録だったのかもわかりません。そして、その後わたくしは自分が出演している番組をラジオで聞く機会を持つわけです。

 驚いたのはここから。なんと、ラジオから流れてくる自分の声と話し方が北朝鮮の平壌放送の日本語サービスのようだったのです。平壌放送の日本語サービスは、ご存じの方も多いと思いますが、昔からそのアクセントやイントネーション、語彙が独特で、高校や大学時代にはラジオ仲間とよく真似をしていたものです。それがまさか夢の中で自分の、そしておそらくまじめに話をしているシーンであのようなけったいなイントネーションを伴う話し方になっているとは… 

 夢見がとても悪かったことはいうまでもありません。それにしても、なぜよりによってあの平壌放送の日本語が自分に乗り移ったのか、実に不思議です。くわばらくわばら…苦笑

5月22日(金曜日) 在宅勤務のおかげで

 在宅勤務ベースの仕事が長引き、思い出せばもう1か月以上続いています。この間、大型連休も含めてほとんど会社に行かず、自宅で運動不足を嘆きながら業務を続けてきました。通勤時間が省略できることは、普段片道1時間以上をかけて通勤している身としてはとてもありがたい面もあり、そろそろ在宅勤務にも慣れてきたところです。ただ、喜ぶべきことでしょうけれど、そろそろ緊急事態宣言が関東首都圏でも解除になりそうな雲行きなので、このような働き方もあと僅かになってきているのかもしれません。

 在宅勤務中は、自分の部屋で音楽を流しながら仕事をすることも結構あります。あるいは好きなFMラジオ局の番組を流しっぱなしにしておいたり。そしてわたくしにとって、在宅勤務でありがたかったことは、過去に録り貯めたラジオの録音をかけっぱなしにして、カセットテープの中身をついでに確認することができたことです。

 テープの中身の整理がきちんとできていないことは以前にも何度も書きましたが、たとえこれまで整理していたとしてもその中身をきちんとテープのラベルに書いてあるものはあまりありませんでした。そこで、BGMとしてテープを次々に流して内容を確認し、必要に応じて中身についてメモを作成していきました。その結果、内容が詳細に記載できていなかったテープのうち60本にきちんとした内容メモをつけることができました。

 当HPのインターバルシグナルのページには、放送開始部分の録音を紹介していますが、整理した録音の多くはニュースや番組部分で、HPでは紹介していないものです。受信状態さえよければ抜き出して資料として保存したいものもかなり含まれています。さて、このような資料をどうするか… 数十年後にはおそらくゴミとして人知れず廃棄される運命なのでしょう、いずれにしても… 😢
みなさんは古いラジオ放送の録音なんかどうしていますか?

 ところで、ラジオ放送の録音と並んで意外にもいくつか出てきたのが、1980年代初め頃のラジオ深夜放送(国内)の録音です。ビートたけしのオールナイトニッポン、笑福亭鶴光のオールナイトニッポン、つボイノリオのハイヤング京都など、延々と録音されています。あまり記憶がないのですが、当時学生だった私は深夜に起きているのが苦手だったので、番組を録音して別の時間に流しながら勉強をしていた(勉強になってなかった可能性大)のかもしれません。いま聞いてみても40年近く前の番組だと思えないぐらい身近な感じがするから不思議です。そのほか変わり種として出てきた録音テープは、たとえばKBS京都の「プリエンファシス実験放送」の録音だとか、「FM横浜テスト放送」などです。時代を感じさせてくれるところがなかなかいい感じです。どこかでご紹介できるといいのですが…

5月9日(土曜日) 人工音声か人間の肉声か

 我が家は関東南部の地方都市の境目に近いところに位置しています。このところ午前10時ごろになると市民無線(防災無線)で「不要不急の外出を控えてください」という呼びかけが毎日放送されます。隣町の市民無線の音も風に乗って届きます。まるで南北朝鮮の国境地帯のスピーカー放送のよう… というわけでもないのですが、少し離れた距離のスピーカーからの放送でもまぁ内容が確認できます。

 ただ、二つの町の放送には決定的な違いがあります。隣町の放送は役所の職員の女性の肉声。一方自分が住む町は人工音声(女声)による呼びかけです。

 どちらが聞きやすいかというと、音声的には人工音声のほうが音が透るような気がします。多分、人工的な音なので発音の隅々までエッジが立ったような音作りになっているのだろうと想像します。肉声のほうは、語尾などが時々聞き取りにくかったりするのです。ただ、メッセージ性では断然肉声でのアナウンスの方に軍配が上がると思います。9年前の東北での大津波の教訓にもあるとおり、肉声ならではの感情が人工音声では出せないのです。だから、緊急事態宣言下での不要不急の外出自粛「要請」というメッセージの本質が、人工音声のヘンテコなアクセントでは伝わってきません。やはり肉声でのメッセージは、たとえその読み方がぎこちなかったとしても、腑に落ちるような感じがします。

 最近では一部のコミュニティーFM放送局で、人工音声にニュースを読ませているところがあります。もうすでに数年にわたって人工音声が活用されているのですが、初めてそれが登場した時には強い違和感というか拒否感を抱いてしまったのを覚えています。あれから数年、人工音声も代替わりし、アクセントもかなり改善されて肉声に少しずつ近づいてきていることに驚きを感じますが、それでもやはりアクセント、句読点(ブレス)、抑揚などの点だけをとってみても本物のアナウンサーには遠く及びません。もっともコミュニティーFM局においては、ニュースの読み手がいないわけで、素人が下読みもしないままニュースを読んで、とんでもない読み間違いをしている例も枚挙にいとまがないので、それならば人工音声の方がいいという考え方も成り立つかもしれません。

 人工音声を活用する場面はいまのところ、平時で、人の生き死ににかかわらない場合に限られるという感じです。電車の駅のアナウンスも人工音声の導入が進んでいますが、人身事故や大幅なダイヤ乱れの際にはやはり駅員の肉声のアナウンスに切り替わります。ラジオの人工音声読みも、たとえば「ラジオ日経」の株価情報や、気象予報などではまぁ受け入れられるでしょうけれど、ニュースではまだ???という面もあります。

 で、ここでひらめきました。内容もぜんぜんなくて緊急性のかけらもなく、しかも人の生き死ににも関係しないニュースといえば、そうです隣の独裁国家の日本語放送のニュース。あれをいっそのこと機械読みさせたらどうかと。条件的にもぴったりですし、声の気持ち悪さも五十歩百歩といったところですから、意外とうまくはまるのではないかと思うのです。

5月7日(木曜日) 久しぶりの出勤

 大型連休もきのうで終わったという方も少なくないかと思います。わたくしも今日は久しぶりに仕事。しかも連休前の30日以来の出社となりました。

 人出がどうかと思っていたら、まず通勤電車の混雑具合が連休前までとは異なり、けっこう人が乗っている。もちろん緊急事態宣言が出る前の2月上旬の混み具合とは比べ物にならないぐらい空いているのですが、このところガラガラだった電車内の雰囲気が若干変わってしまったような感じでした。きょうから自治体によっては自粛要請を解除したり軽減したりしているので、そうした影響が気の緩みとして波及してきたともいえるでしょうか。いずれにせよ、電車の中には明らかに不要不急の外出だとわかるような人たちもいて、これが原因でまた大きな第二波、第三波がこなければいいと思います。

 東京の街中も人出があきらかに増えていました。昼間もそうですし、帰宅時もそうでした。久しぶりのいわゆる「営業日」ということで、きょうだけは在宅ではなく出勤する必要があったという、わたくしのような人たちも多かったと推測されますが、そのほかの暇そうな人たちの人出が多いのがやはり気になりました。

 COVID-19についてはさまざまな薬が開発承認され始めていますが、とはいえまだそれらにも一長一短がありますから、インフルエンザのようにものごとは簡単にはいかないと思われます。夜になって外交評論家の岡本行夫氏が亡くなっていたことがニュース速報で伝えられ、驚いています。人口1億1千万を超えるこの国で数百人の死者がでている中、つまり罹患率・致死率から考えると決して高いとはいえない数字なのに、志村けん氏、岡本行夫氏などよく名前が知られている人々が犠牲になっているという事実を目の前にすると、やはり都市部での感染リスクは侮れないと感じます。

5月3日(日曜日) これも古い録音整理の愉しみ方です…

 きょうも何とはない話をひとつ。

 たくさんの古いカセットテープの整理にも一定の方向性が出てきて、いまは主としてアラブ諸国の放送局の古いニュースなどの録音を整理している段階です。その中で、いかにもネット時代ならではの愉しみ方を見つけ、実践しています。

 アラブ諸国のラジオニュースでは、たいていの場合その時に担当しているアナウンサーの名前を名乗ります。「この時間のニュースは〇〇△△がお伝えします」というスタイルです。実はこれまでほとんどアナウンサーの名前を気にしたこともなかったのですが、気をつけてチェックしてみると、当然のことながら読み手によってアラビア語の雰囲気が異なることに新鮮な気づきを得ています。そして、アナウンサーの名前をネット検索してみると、面白いことに結構その人の写真や経歴が見つかります。

 70年代から80年代にかけてのラジオの録音から、実はそのアナウンサーはある放送局の花形アンカーだったという事実が今になってわかったり、あるいは今はもう物故者になっているという事実がわかったりと、たった一つのニュース録音から情報がどんどん広がっていくのが面白いです。先日は、シリア国営ラジオのニュースをチェックして、ある男性アナウンサーの名前を検索してみたら、その人は2017年に亡くなっていたこと、2011年のアラブ諸国での相次ぐ政変の中でシリアでも反政府の動きが渦巻いたにもかかわらず政府系メディアがあたかも全国で何も起きていないと盛んに宣伝し、特にそのアナウンサーが政府のプロパガンダを頻繁に伝えていたことから「裏切者」と呼ぶ人も多いこと、などがわかったり。

 日本についてもかつてのNHKの名アナウンサーたちのニュースなんかを聞いてみると面白いと思います。例えば西沢祥平アナ、平光淳之助アナ、今福祝アナとか… 我が家には1980年ごろのニュースの録音が少しだけ残っていて、川上アナウンサーが読んでいます。口調、テンポなどがいまとはかなり異なっている点は興味深いです。

 さて、話を戻して資料整理についてです。
 ことし8月2日は、サッダーム・フセイン率いるイラク軍が隣国クウェートに軍事侵攻し、いわゆる「湾岸危機」が勃発してからまる30年を迎えます。あれからもう30年とは… ことしはあの当時のラジオ放送をあらためて検証するいいタイミングではないかと思います。1990年というと、湾岸危機だけでなくソ連や東欧などにも変化の波が押し寄せている時期でした。個人での作業にとどまらず、さまざまなメディアが節目の年に際してドキュメンタリー番組などを制作してくれるのではないかと期待しています。が、昨今のCOVID-19感染拡大のご時世。新たなテレビ番組の制作が難しくなっているともききますから、せっかくの節目にもかかわらず企画は流れてしまうという恐れもあります。さて、どうなるでしょうか。(また話が脱線した…)

5月2日(土曜日) マスクがだんだん流通し始めた…

 ドラッグストアなどからマスクが消えて久しいのですが、ここにきて東京ではドン・キホーテやその他の店で不織布立体マスクを手に入れられるようになってきました。それも、一時売られていたような粗悪品(むかしの奥様ズロースのような生地で作られていてすぐに破れたりする)ではなく、比較的質の良い立体マスクです。中国製に変わりはないのですが、個別の袋に入っていて衛生面でもいままで高値で売られていたいかがわしい商品とは少し趣を異にしています。それでも残念ながらもちろんCOVID-19の感染拡大前と比べるとかなりの高値で売られています。もともとの仕入れ価格が高騰しているので仕方がないとのことですが、まぁ変なマスクじゃなければ背に腹は代えられないところでしょうか。

 冒頭で書いたドンキのマスクは7枚入りで600円(税別)、その近くの別の店では「マスク工業会」のマーク入りのマスクが一箱5枚入りで420円(税別)で売られていたりします。ドンキでは一人3パックまで、つまり21枚まで買えます。一方、5枚入り420円の良質のマスクを販売している店は一人3箱までとしながら、実際のところは必要なだけ売ってくれます。この店は繁華街から少し奥まったところにあるため、あまり知る人がいないのか、とても穴場的な存在となっています。うまく探せばそのような場所がいまは結構あるみたいです。

 世の中にはマスクの高騰を狙って変な買占め・転売で儲けようとする輩が跋扈しているわけですが、このようにマスクの供給が徐々に復旧していることはとても喜ばしいことです。もう少し辛抱すれば不当な高値で粗悪品を売りつける連中を壊滅させることも可能かと思われます。不織布マスクは丁寧に手洗いすればかなり何度も使うことができます。少なくとも、一度洗っただけで縮むような、しかも飛沫が完全に通り抜けてしまうような意味のないアベノマスクよりは効果的でしょう。だからいまは少し工夫でしのいで、3000円も4000円も出して粗悪で不潔なマスクを掴まされるのはやめましょう。騙されてはいけません。

5月1日(金曜日) 「5月のモスクワ」

 緊急事態宣言が発令されてそろそろ1か月、毎日の生活も大きく様変わりしていますが、季節は着実に移り変わっています。きょうから5月。かつて東西冷戦時代には5月1日といえば「メーデー」で、東側陣営の各国ではパレードが開催され、指導者たちがひな壇に並んで… という風景がお決まりでした。いまは昔、しかもことしは日本のメーデーもオンラインでメッセージが流れるという、かつてなかった流れになっています。

 東側諸国のメーデーパレードの見ものは、ひな壇に並ぶ指導者たちの序列をそこで確認すること、そしてわたくしはパレードで演奏されるさまざまな音楽を聴くことだったように記憶しています。特にモスクワの赤の広場でのメーデーパレードではソ連指導部が居並ぶ中、モスクワ放送や平和と進歩放送などで流れる楽曲が聞かれ、そうした馴染みの楽曲を聞くとちょっとうれしかったりしました。

 ソ連のメーデーを象徴する楽曲というとやはり筆頭は「5月のモスクワ」ということになると思います。ソ連時代のレコード会社「Melodiya」が出していた「メーデー記念楽曲集」などのレコードやCDのアルバムには、この「5月のモスクワ」が必ずといっていいほど収録されていました。そのような刷り込みがあるため、わたくしにとってこの楽曲は初夏の到来を感じさせるのです。

 ところで、この「5月のモスクワ」ですが、実は日本でもある年齢層以上の方々には結構知られた楽曲らしいです。東京はもちろん日本各地に「うたごえ喫茶」なるものがたくさんあった70年代には、そこで配られる「歌本」の中にこの楽曲が掲載されていて、日本語の歌詞までついていたようです。歌本の中身をどこで見たのか記憶が定かではないのですが、たしか東京新宿にある店(現在もあるらしい)のHPだったかなぁ…  ちなみに「うたごえ喫茶」では、ウクライナのRadio Kievのインターバルシグナルになっている「ドニエプルの嵐」(「広きドニエプルの嵐」などタイトルの邦訳は何種類かある)も日本語歌詞つきで掲載されているのをどこかで見た記憶があります。あの楽曲も日本のある世代の人びとの間では結構知られたメロディーだということは、歌本に掲載されているのを見るまで知りませんでした。いずれの楽曲についてもググってみたらおそらく日本語の歌詞も出てくるのでしょうけれど、そこまでは調べておりません。すみません。

 ということで、例年通りきょうは「5月のモスクワ」のCDを引っ張り出して聴いてみることにします。折しも南関東地方は晴れて気温が上昇し、初夏の様相です。さて、そろそろ在宅勤務が始まります… ではまた。

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