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5月14日(土曜日) 冨田勲さん逝く

 少し前のことですが、日本を代表する音楽家の一人、冨田勲さんが亡くなられました。朝日新聞は: シンセサイザーを使った電子音楽の第一人者で、音響作家としても世界的に知られた作曲家の冨田勲(とみた・いさお)さんが5日、慢性心不全のため東京都内の病院で亡くなった。84歳だった。 と伝えました。

 冨田さんの作品には、NHKの「きょうの料理」「新日本紀行」などの番組テーマや、70年代に一世を風靡したシンセサイザー演奏によるクラシックの名曲集など、強く印象に残る、そして皆が知っている楽曲がたくさんあります。わたくしも、高校生のときに冨田さんのシンセサイザー演奏によるドビュッシーの「月の光」を収めたLPレコードを買って、その音の面白さに惹かれたものです。

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 音楽家であると同時にテクニカルな部分にも興味を持ち、シンセサイザーを駆使して新しい世界を開拓した功績は大きいと思います。そんな冨田さんですが、あまり知られていないラジオに関係したエピソードがあります。

 NHKが1954年から放送した「立体音楽堂」という番組がありました。ラジオ第1とラジオ第2の電波を使ってそれぞれラジオ第1が左チャンネル、第2が右チャンネルの音声を放送し、同時受信をすることでステレオ放送(立体放送)として聴くことができるという画期的な番組で1966年まで続いたと記録が残っています。1952年からこの方式でのステレオ番組は随時放送されていたのが、1954年から定時番組として「立体音楽堂」が放送されていました。

 わたくし、幸運なことに、仕事で冨田さんにお目にかかってラジオ放送の思い出について話をうかがったことがあります。いまから11年前の秋のことでした。品川にあるオフィスにお邪魔して話をうかがったときに「ラジオ放送の思い出で一番印象に残っていることは?」という問いに対して、冨田さんは即座に「立体音楽堂」が一番印象に残っていると、当時の思い出を熱心に語られたのがとても印象的でした。冨田さんご自身が「立体音楽堂」の「仕掛け人」の一人だったというお話をされていました。とても愛着ある番組だったとのことでした。

 この「立体放送」を受信するためのステレオセットが、わたくしの小学校のときの先生のお宅や、友人の家に置かれていました。大きなステレオセットで、前面パネルの左右に別々のチューナーが組み込まれていました。短波もついていたと記憶しています。AMのチューナーは別々にチューニングができ(当然のことながら)ました。当時は、なぜこのようなステレオ装置が存在するのかを知らなかったので、とても不思議なものを見たと感じたものです。FM放送の登場までの間、AM立体放送がかなりの人気だったということが、先生や友人の家のステレオセットからうかがい知ることができました。冨田さんはラジオ放送発展においても功績を残されたと言えるでしょう。

 こうしたエピソードを思い出し、ご冥福を祈りながら、シンセサイザー演奏の「月の光」を聴くことにします。

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